ルル 2
ソフィーは学園時代の旧友である令嬢達に誘われ、今評判の大衆劇を観にやって来た。
新人ながら、端正な容姿と確かな表現力で注目の的になっている俳優マルセルが令嬢達の今日のお目当てだった。
学園を卒業した令嬢達にはそれぞれ婚約者が既におり、もうじき結婚を控えていた。
「ソフィー、なぜまだ婚約していないの? あなたならいくらでもいるでしょうに」
「私は1人娘だから、婿を探さないとならないのよ」
「好きな殿方がいるなら、我慢しないで嫁いでしまえばいいのよ! 跡継ぎなら親戚の男子を養子にすればいいじゃない」
「そうよ、さっさと嫁がないと良い殿方がいなくなってしまうわよ」
ソフィーは誰もが自分に向けて言う同じ言葉に正直辟易としてしまう。
年寄りならばともかく、同年代の友人まで、どうしてこうもみな決まりきった考えなのかしら?
ソフィーは内心苛立っていた。
3年前に母を亡くし、それから人がすっかり変わってしまった父は、領地運営もおざなりで、愛人との生活に現を抜かすようになってしまった。
父の代わりに学業の傍ら領地運営などをしなくてはならず、こうなったら自分が家督を継いで立て直さなければと必死に努力して来た。
やっと成人してこれからという時に、父が愛人を妻にしようとしていることを知ってしまった。
愛人にはまだ子どもはいないが、これから再婚して男児が産まれてしまえば、全て愛人とその子どものものにされてしまうだろう。
自分をどこか適当なところへ嫁がせようと目論でいることもわかっている。
そんなことは絶対にさせてたまるものですか。
お祖母様と母が守って来た自分の大切な生家、デジレ伯爵家は、私が守るのよ。
女伯爵にだってなって見せるわ。
ソフィーが1人で悶々と考え事に没頭しているうちに、既に劇ははじまっていて、最初の見せ場への歓声が上がっていた。
出だしを見逃してしまったせいで筋があまりよくわからない。物語に集中することもできず、気持ちが追いついて行かないまま、第一幕が終わってしまった。
「やっぱりマルセルは素敵よね!」
「本当、観れて良かったわ、ねっ、ソフィー」
「えっ、ええ···そうね」
取り合えず相槌を打つしかない。
よく観ていなかったなんて言えるわけがない。
早く第二幕がはじまらないかしらと思っていると、 突然背後から「レディ」と肩を叩かれた。
振り向くと道化の衣装を着た子どもが、ソフィーに1輪の赤い薔薇と手紙を手渡した。
「マルセルからです。ちゃんと読んでね」
道化の子どもは、ウサギ耳の被り物を装着すると飛び跳ねながら去って行った。
「ねえ、今、マルセルって言わなかった!?」
「えっ、何、どうゆうこと?」
「······」
状況を飲み込めなかったソフィーは、手紙の宛名を読んだとたん鮮明に記憶が甦った。
「まさか、あの時の?!」
今日観劇している劇中の俳優が、2年前に偶然見た無言劇の彼だとようやく理解した。
『 1万ルルのお嬢さんへ』
この宛名は間違いなく自分へのものだ。疑いの余地はどこにもなかった。




