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ルル1

「レディ、これでは流石に多すぎです」

噴水のある広場で、剣舞の大道芸を披露したばかりの少年は、投げ銭の高額さに驚いていた。

「ご、ごめんなさい、硬貨を切らしてしまって手持ちがこれしかなかったの」

彼の足下の使い古された山高帽には、観衆が銅貨や銀貨などいくつかの硬貨が投げ込まれていたが、この少女はなんと1万ルル紙幣を入れて来たのだ。

1万ルルは平民が働かなくても余裕で半年は食べて行ける程の価値がある。

「本当にいただいてもよろしいのですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「後で返せとかおっしゃいませんよね?」

「まあ、そんなことはいたしませんわ」

少女は柔らかな笑みを浮かべた。


この金銭感覚は世間知らずの令嬢ならではのものかも知れないが、少女の笑顔と矢車菊のような蒼い瞳には実直さが滲み出ていて、他意は無さそうだった。


「では、レディ、お礼に特別にあなたにだけお見せいたしましょう」

少年は黒髪碧眼の顔に手早く白粉を塗り、唇と両側の目の下にちょこんと紅を引くと、道化師の姿になった。

伴奏も台詞もない、無言劇(パントマイム)だ。

剣舞でも見せていた舞踏家のようなしなやかな動きと、滑稽な動作と表情で、少年はまるで魔術師のように、少女の目を釘付けにし、心まで奪った。

実際には目の前にはない筈の風船や花束、いない筈の子犬が、本当にそこにいるような錯覚に襲われていた。

風船や花束の色彩までもが実際に見えるようだった。

芝居が終わっても少女は微動だにすることもできなかった。

「大丈夫ですか?」

「えっ、ええ、素晴らし過ぎて我を忘れてしまいましたわ」

「そう言っていただけるのが、何よりも幸せです」

白塗りのままの顔で少年は微笑んだ。

「あなたの芸名(なまえ)はなんておっしゃるの?」

「マルセルです。どうぞお見知りおきを。よろしければお嬢様のお名前をお聞かせ願いますか?」

少女の目からは、この自分と同年代ぐらいの少年の言葉使いといい、身のこなしは、どこか貴族のようで平民離れしているように思えた。

「ソフィーと申します」

「ソフィー嬢、あなたは今後私の演目を永遠に特等席で御覧いただけます」

(まあ、本当に貴族顔負けのおべっかまで使うのね!)

「ありがとう、でもそんなに気を使わなくてもよろしいのよ」


少し離れたところで待機していた侍女が近寄り少女に耳打ちした。

「お嬢様、そろそろお戻りになりませんと」

「そうね。では、ごきげんよう」

侍女が開いた日傘を受け取ると、亜麻色の髪の少女は水色のドレスの裾を翻し去って行った。


この日思いがけずに得た1万ルルで、マルセルは大道芸から足を洗い、正式な劇団員として雇ってもらうべく演劇学校に通った。

在学中から頭角を表し、瞬く間に花形俳優として一躍時の人となった。

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