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#01or96:未知or既知

「まあ細かいことは置いといてですニャ、この千載一遇のチャンスに乗っかっちゃった方が諸々幸せでございますニャよ?」


 妙齢女の年齢にそぐわない語尾に真顔になる暇も与えられずに。


「不幸にも若くして亡くなられてしまわれた貴方がたに、『甦り』のチャンスを与えようという、これは慈悲深き『神』からの贈り物なのですニャ……」


 とんでもなさと突拍子もなさを煎じて煮詰めたようなこの場に満ちるは、やはり純度の高い「混沌」以外の何物でも無かったわけであって。


 足元に広がるはピンク色の雲……だろうか。湯気のような煙のような、そのような不定形。目を凝らしてまじまじと見ようとすればするほど、焦点が定まらなくなってしまうようなあやふやさを内包している。そしてその上に立っている。あの時に衝撃で脱げたであろう黒いスニーカーをちゃんと履いた両足にて。


 「亡くなられた」……死んだのか、俺は。死んだんだろう。網膜にこびりついている最後の像は、片側二車線の国道を逆走してきたおそらく返納帰りの白髪老人の驚愕で固まった皺くちゃヅラと、よく手入れの行き届いた黒いスプリンターシエロの時代を先取りし過ぎた5ドアハッチバックの洗練されたフォルムの上半分をその上空(シエロ)から放物線を描きながら俯瞰するかのようなスローモーションなる視点のものであったから。


 俺の周りには、同じように呆けた顔つきでピンク雲の上に立ち尽くすばかりの……十代から三十代くらいの男女がいる。割とわらわらと。どの顔にも浮世離れした弛緩さ、みたいなのが浮かんでいるが、まあ直後も直後なら、誰しもそうなるだろう。俺も多分そんな顔をしていると思う。


 そんな、虚無感が四方から圧迫してくるかのようなその中心で、機能美とは真逆の金ぴか装飾に包まれた玉座然としたものにアンニュイにしなだれかかるように肩肘を突いて満足気に微笑みを浮かべているのは。


「もちろん無条件というわけには行かないのはおわかりとは思いますがニャ、そうこの中の一人!! 私の『実験』に挑み、それを勝ち抜くことの出来たたった一人が、ここに集められた『九十六人』分の才気と運気を注入されたスーパーな状態で!! 復活することが出来るというニャッフゥッ!! 寸法なんでございますニャ」


 グレーのボブは滑らかに艶めいて見えたが、その耳のあるところから突き出した正にの「猫耳」の方に視点は奪われていく。猫耳……そういう生え方もあるのか。いやいや。そもそもこの自信に満ち溢れた感は何処から来るのだろう……見た目、オーバーエイジ枠側のアラサーと思しき首年齢だが、身に纏ったギリシャ的な白い布に包まれたというか所々が絶妙に露わになっていたりギリギリの所で性悪にも隠されていたりするその肢体は妖艶さに脂が乗り切っているように思われ、死んだとは言え今まさに青春謳歌中の俺にとっては非常に脈動に悪い。いや、諸々のよしなしごとに流されるな。猫耳女の言っていることの逐一は意味不明だが、有無を言わさぬ響きがあるのだけは確かだ。万が一夢かも知れないが、最悪を想定しろ。そしてどれほどの荒唐無稽とは言え、訳が分からないままでも負けるわけにはいかない、だろ。


 そうだ、「一人だけ」とか言ったよな。「実験」とか「勝ち抜く」とか。


 ……それなら分があると、思えなくもない。


 生まれてこの方、でかい勝負には取りこぼしなく全て勝ってきたと自負している。中学受験、そこから高校三年の正念場まで、常にトップを維持してきた。この間引退したが、主将を務めた水泳部では、自由形四百でインハイに出場した。つきあっている彼女もいる。努力を奮い立たせる運気と、その努力によってさらに裏打ちされる才気。それが俺の中で歯車のように噛み合って最大限の駆動を見せてきた勝ち確の人生だった。


 人生だった、か。


 なら何で死んだんだ。あんな、何てことのない場所で。この訳の分からない場に落とし込まれてから初めて感じるはっきりとした感情は、悔悟だった。何で、俺は。


 悔やんでいる場合じゃない。把握しろ。この場の誰よりも順応して、今回も、いや今回こそは必ず、勝ちを奪い取らなくてはならない。例えこれが夢想だったとしてもだ。実体がまだ存在しているのかは分からなかったが、深く腹底まで吸気を落とし込む。落ち着いてきた。フラットになった。よし。相変わらずアンニュイ余裕笑みを見せたままの猫耳の、年齢を一見では掴ませてこない童顔を力み無く見据える。一言一句漏らさず、そして誰よりも早く深く理解し、対応してやる。意気込みを深い呼吸で抑えることで集中力を高めていく俺であったが。


 刹那、だった……


「この『四十八年間』の間の、『六月九日』ないし『九月六日』に亡くなられた、ハタチ未満の若者、それがここに集められたる条件なのですニャ。そして集約する『真ん中の年』、『一九九六年』ッ!! この時代に飛んでいただき、各々の遺伝子を共有するものの実体に『憑依』することで活動可能となった状態から、この『天頂』を目指す激しい戦いは始まるのですニャ……」


 言ってることが、やはり一マイクロたりとも分からなかった。こんなことは初めてだ。怖ろしさすら感じて脊椎辺りがうすら寒い。そんな内外の混沌に包まれ浸食されながらこの俺の、


 美ヶ原高原(みかげこうげ) 竜道(りんどう)の、


 奇妙な戦いは既に始まっていたわけであって。


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