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5:眠れぬ夜

「起きて! マルバダがいないんっすよ!!」

 ペロテラの声で目が覚めた。

「状況は?」

 ミーナも起きてはやくも緩めていた革鎧の紐を締め直しはじめた。

「マルバダがちょっと、って離れてって、ションベンかと思ったっすけど、ぜんぜん戻ってこないんっすよ!」

 ペロテラの声から焦りが感じられる。

 私は荷物からフィアザドで買っておいたエミュの実を取り出して口に入れる。程よい酸味で目覚ましにいいかと思ったら、予想以上のすっぱさと塩辛さで、たちまち目が覚めた。甘酸っぱいのを期待してたのにびっくりだよ!

「どれくらい?」

「に、20分くらいっす」

 ミーナがペロテラと話しながら装備を整えていると、人の気配を感じた。それも一人ではなく、複数、十人くらいいる!

 わずかな星あかりにちらっとみえた姿は、闇にまぎれやすいように黒い布のマントを羽織り、手には剣を持っている。どうみても野盗だ。


「守りは女三人だ! やっちまえ!」

 野太い男の声とともに、野盗が私達に向かって距離をつめてくる。

「ペロテラは入り口守って!」

「わ、わかったっす!」

 依頼人になにかあったら大変だ。

 まだ御者台にいる私達より、下にいるペロテラのほうが荷室車の後ろの入り口に近い。

 ペロテラの腕がどれほどで、これだけの人数を凌げるのかはわからないけれど、期待するしかない。

 御者台に向かって数人の野盗が近づいてきているのが見える。まずは落ち着いて全体を見渡し、敵の数を把握する。こちらに七人、ペロテラのほうには三人かな。

 星あかりだけ、しかもまわりは森。ほぼ真っ暗な中、気配だけである程度目星をつける。

 大きく一つ深呼吸。心を戦闘モードに切り替える。

 野盗は私が苦手な敵のひとつだ。倒さなければこちらがやられるのはわかっているけれど、人を相手にするのは気持ちがいいものではない。


「ミーナ、とりあえずいつもので!」

「了解!」

 ミーナがぶつぶつと呪文を唱え始める。

 ミーナの棍棒は魔法の発動体、よくある魔術師の杖を短くしたものなのだ。短いのでもはや杖としての機能を果たしていない。長いと洞窟とかで邪魔になるからと、ミーナ自ら加工したオリジナルだ。

 私の革鎧に魔法の加護がかかる。続いて私の剣にも魔法の加護がかかる。私が攻撃、ミーナが支援。私達のいつもの戦い方だ。


 こちらに近づいた野盗をとりあえず二人斬り倒す。内蔵を切った、ぐにゃっとした感触が伝わってくる。

 私の武器は切れ味を重視した双剣。重さとスピードで相手を叩き切るのではなく、刃を引いて肉を切断する戦い方だ。

 相手の装備をみてカバーできていない部分を狙う。布の服に部分鎧程度の野盗は切りやすい。動きも素人よりはましな程度だ。それほど驚異ではない。確実に一撃で動けなくしていく。手加減はしない。

 彼らの攻撃をすべて余裕で避けながら、さらにもう一人を斬り倒す。それでもまだ数でこちらが不利だ。囲まれないように荷室車を背にする。

 ペロテラのほうはまだ一人も倒せていないようで苦戦しているみたいだけれど、幸いまだ無事のようだ。


「いくよー!」

 ミーナの声だ。いつの間にか荷室車の屋根に登っている。

 私のほうに集まっている野盗たちの注目がミーナに集まった瞬間、ミーナの杖、いや棍棒が光を放った。

 眩しい光に野盗たちが目を覆う。その隙に近くにいた野盗を三人斬り捨てる。

「魔術師だと! 聞いてないぞ!」

 目潰しの光を免れた一人が木の陰に逃げこもうとするが、ミーナの『魔法の矢』で頭を吹き飛ばされた。


 ペロテラのほうをみると、野盗をひとり倒したようだけどなんだか様子がおかしい。怪我をしたかもしれない。

 すぐさまペロテラを援護するために走り寄る。野盗を立て続けに二人斬り捨てて、ペロテラの方を見ると、腕から血が流れていた。

「大丈夫!?」

 私の声が聞こえていないのか、ペロテラは顔を伏せたままふらふらとしている。

「なんで、仲間じゃなかったのかよ…」

 ペロテラの視線の先には、野盗たちと同じ黒装束に身を包んだマルバダが横たわっていた。


「大丈夫、もういないみたい」

 探知の魔法を使い、ミーナが言う。周囲の生物とか魔法とか、なんかそういうのを調べることができる便利な魔法である。

 私は剣をひと振りし、ついていた血を落とす。魔法で刀身をコーティングしているので、汚れは簡単に落ちるのだ。鎧のほうも同様で、返り血が染みになることもなくすっと落ちる。

 今回私は一度も攻撃を受けていない。ばっちり余裕の全回避だ。防御のための魔法付与だけど、このようにお手入れを簡単に済ませられるのがありがたい。おかげで私たちの防具は使い込んでいる割には綺麗なのだ。


 その後、荷室車の商人夫婦に簡単に状況を説明し、戦闘の処理を行った。

野盗の武器をそのままにしておくと、別の野盗が拾って使うこともあるので集めて持っていく。

 品質は悪いけど、売ればそれなりの金額になる。これは護衛の仕事のちょっとしたボーナスだ。


「何人か、息があるわね。私がやっとくわ」

「ごめん、ミーナ。助かる」

 人間相手のときは、倒した敵がまだ生きているときが辛い。無抵抗の人間を殺すのは、いくら相手が悪人とはいえどうしても気が引ける。私が野盗が苦手な理由だ。甘い考えだとはわかっているけれど、人を斬ることにためらいを感じなくなるのはもっと嫌だ。


 野盗の死体はひとまとめにして道のはしっこへ運んだ。ちゃんと埋めたほうがいいんだけど、そんな体力は勿体ない。

 どうせ埋めたところで鼻のいい野生生物にすぐにみつかり掘り返されてしまうだろう。


 依頼者に余計な不安を与えるのもよくないかなと思い、マルバダは野盗に殺されたことにした。

 野盗まがいの冒険者もいるとは聞いてはいたけれど、大陸にいた頃はこんなことは一度もなかったのでちょっと驚きだった。


 とりあえず今夜はかまどの火を絶やさないようにして、狼なんかがやってくるのを警戒し、朝を待った。

 朝日が上がると食事もそこそこに出発した。

 ペロテラの怪我は幸い軽いものだった。だけど心の傷のほうが深いようでその後ずっと沈み込んでいた。


 それから三日後、目的地であるカナルの街へ到着した。道中はこれといった危険もなく、途中の野営地にも複数の旅商人がいたため安心だった。

 商人夫婦はペロテラのことを心配していたけど、カナルにつく頃には笑顔を取り戻していた。

 作り笑いにも見えたけど、冒険者の仕事はいつも死と隣り合わせ。いつまでも落ち込んではいられないのだ。

 空元気も元気なのだ。


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