4:紅い月
フィアザドの街から北へ向かう道は荒れていた。元は低木の茂る平地を切り開いて作られた道で、所々に背の高い木が茂る林がある。当然舗装されておらず、かろうじて砂利が敷かれ、馬車が通れる程度の幅の道になっていた。
途中でメルカドスから北へ向かう道と合流すれば道は良くなるのだが、利用者が少なくなったこちらの道は、砂利をものともせず草が長く伸び、それほど速くない荷馬車の速度をさらに遅めていた。
日が暮れる頃、どうにか今日の野営地に到着した。夜を過ごすのはどこでもいいわけじゃない。よく使われる街道には旅商人たちが利用する野営地があり、共同のかまどがあったり水場が近かったりと便利なのだ。
また、複数の旅商人が集まって野宿すれば、それだけ野獣や野盗に襲われにくくなる。数は力なのだ。
予想はしていたけれど、野営地には私達だけだった。明日にはメルカドスから北へ向かう道に合流できるそうだ。そこからは他の旅商人の姿もあるだろうが、人気のないフィアザドからの道を利用する旅人は皆無。期待するだけ無駄だった。
あまり使われていない野営地のようだったけど、かまどは最近使われたようで炭になりきれていない薪が残っており、火起こしはすぐに終わった。
まわりは木々に覆われており、昼間は日光を遮って休憩するには良さそうな場所だ。すぐ近くに水場もあり、ここまで頑張ってくれた馬たちにたっぷり水を飲ませることができた。
野営地に到着したのが遅かったこともあり、食事は簡単なもので済ませた。乾燥野菜をお湯で戻して固形の調味料を溶かしただけのスープとぱさぱさに乾燥したパンだ。パンを小さくちぎってスープに浸して食べた。
夜中はマルバダとペロテラが見張りをし、4時間ほどで私とミーナに交代ということになった。
今日は晴れているうえ、癒しの象徴である白い月はまだ月のはじまりのため月明かりがほとんどない。おかげで星がよく見える。特徴のある星座をみつけ、時間の目安とする。
狂気の象徴である赤い月は満月のようだけど、そんなに高くは登っていないので、禍々しい血のような暗い赤色が木々に隠れてかすかに見えるだけだ。こんな夜は決まって悪いことが起きると言われているけれど、赤い月が出ていない夜でも悪いことは起きるので、私はあまり気にしていない。
マルバダとペロテラはかまどの近くで火の番も兼ねて見張りをする。私とミーナは御者台で寝る。なにかあったらすぐに出れるように装備はつけたままだ。商人夫婦は荷馬車の中で就寝だ。
「そういえばさ、私が泣いて部屋に戻ってきたとき、何があったか聞かなかったけど、わかってたの?」
交代に備えて眠れるうちに寝たほうがいいと思ったけど、私はちょっと気になっていたことをとなりで横になっているミーナに聞いた。
「なんとなく察しはついていたわよ。あの二人、こっそり二人だけでいることもあったし。それに、昨日の夜、男部屋でなにかやってるの私気がついてたし」
「え? 昨日って、私が見ちゃったやつ!?」
「ジャスパーが随分慌ててたわよ。セレサのほうはぜんぜん気がついてなかったけど。私が隣の部屋にいるのに気が付かずにはじめちゃったときはびっくりしたわよ」
私が決定的瞬間を見たとき、ミーナは隣の女部屋のほうにいたのだ。ミーナはひとり静かに読書をしていたので誰もいないと思われたみたい。
知ってたなら昨日のうちになんか言ってくれればよかったのに。
いや、あのあと私、もうわけわからなくなって、夜遅くまで街を歩き回ってたんだっけ。
「ちゃんと帰れるかなぁ… ねぇミーナは帰ってどうすんの?」
これ以上あいつのことを思い出すのも嫌なので話題を変えた。
「しばらくは魔角石の研究かなー、こっちじゃ大したものはみつかんなかったけど」
ミーナは魔術師。装備がそれっぽくないけど結構すごい魔術師だ。
そして旅の目的は魔角石、鬼と呼ばれる魔獣の角だ。魔角石を魔法の杖に組み込むと、鬼の使う魔法を使えるのだ。
但し、杖に組み込めるよう加工し、呪文で制御できるよう解析と調整が必要とあって、結構面倒くさくて難しいらしい。普通の魔術師は自分でいじらず加工専門の魔法職、いわゆる魔技師と呼ばれる人が作った魔角石を使っている。ミーナは魔技師寄りの魔術師といったところだ。
「実家は大丈夫なの? 戻ったら結婚させられるんじゃなかった?」
ミーナの家は貴族だ。本来私と冒険なんてやるような身分じゃないんだけど、結婚したくないからって家を飛び出し、こうして冒険の旅をしている。
「親としては行き遅れないうちに決めてしまいたいみたいなんだけど。うちは貴族といっても下の下もいいとこ。良縁なんてありゃしないわよ」
貴族にも位があり、ミーナの実家ジニアスカー家は田舎の下級貴族だ。政略結婚が一般的な貴族の結婚に置いて、ジニアスカー家はどうにかしてより上の家と縁を結びたいわけで、より好みができる立場ではない。
「だいたいうちの両親、旅先で知り合って意気投合して結婚してるのよね。だったらお見合いなんてすすめないで私の好きにさせてくれればいいのに」
「だったらミーナも旅でそういうの見つければいいのに。あ、アーサムはどうなの?」
「あー無理無理」
アーサムは元パーティーメンバーのひとりで魔術師だ。年齢も私達よりちょっと上。顔も整っていて悪くはない。しかも貴族の出のはず。八人兄弟の末っ子で、領地もなにも貰えないとか言っていたのを思い出した。
ひとつのパーティーに魔術師が二人もいるのは珍しい。魔術のことで二人が話をしていることもよくあったので、そういう可能性もあったのかなと思ったが即否定された。
「あいつとは根本的なとこでなにか違う感じなのよ」
「あー、なんかわかる」
アーサムとは普通に会話はしたけど、なんというか、価値観に微妙なずれを感じることがあった。
「結婚するなら一緒にいて疲れない人じゃないと。ミリアが男だったらよかったのにねぇ」
ミーナいたずらっぽく笑う
「もう、私が男だったら毎晩大変なことになっちゃうぞー」
ミーナをぎゅっと抱きしめ、胸に顔を擦り寄せたけど、革鎧でしっかりガードされていて柔らかさを堪能できなかった。残念!