3:旅立ちの時
街歩き用のゆったりめの服から冒険用の服に着替える。ファッション性より実用性を重視した服だ。
その上から革製の防具をつける。革のブーツに革の手甲、腹部を守るために革の腹巻きもつける。
動きが阻害されるので腹の防具をつけない人もいるけど私はつける派だ。それでも動きやすさは大切なので、ないよりはいくらかましといった柔らかめのものではある。
男性用には胸と胴を守る一体型の鎧もあるのだけど、私達女性の冒険者には男性向けでは都合が悪い。胸が潰れてしまうのだ。
とくにミーナのように恵まれた胸には致命的で、既製品では合うサイズが絶対にないのでミーナの胸防具は特注品だ。しっかりサイズが合わないと、胸がゆれて邪魔なのだとか。うらやましい悩みだ。
私のものは既製品でまぁまぁサイズの合うものを使っている。隙間には布をつめて調整はしているが、今後の成長も考慮してのことだ。見栄ではない。
一通り防具を着込んで最後にフードつきのマントを羽織る。雨風を防ぎ、夜は寒さを防ぐ寝具代わりにもなる冒険者の必需品だ。
女子にはちょっと大きめのバックパックを背負って準備完了、部屋を出る。時刻はまだ正午前といったところだろうか。
人が少ないフィアザドの街にも一応冒険者ギルドがある。外観は小さな雑貨屋のようだけど、ちゃんとギルドの看板がついている。
ただし道に面した軒先には果物や生活雑貨なども並べられており、どちらかというとそっちが本業のようにも見える。冒険者の立ち寄りが少ないから仕方がないのだろう。
私達が大陸から到着したのが島の北部にある港町カハスプエルト。外航船も停泊できるだけの港を持つ新しい街だ。そこまで戻って大陸行きの船に乗せてもらおう。
私達は冒険者、そこいらの戦闘の素人よりは十分強いとはいえ、数で攻められればひとたまりもないし、夜襲でもされればなおさらだ。
女二人の徒歩の旅なんて、野盗の格好の餌食なのだ。ということで、なるべく北へ向かう護衛のような仕事を探す。
私達はこのあたりに詳しくない。旅慣れた商人の護衛なら道に迷う心配をしなくて済む。できれば私達以外にも護衛の冒険者がいてくれれば心強い。
ちょうどいい依頼がないかなと、探したがそれっぽいのが見当たらない。というか掲示板になにも貼ってないのだ。
「えーっ、なんもないんだけど。どうするミーナ?」
「ほんとね、このあたり人も少ないし、依頼自体出てないってことなのかしら」
女二人で来た道を戻るしかなさそうだ。カハスプエルトからここまで半月かけてやってきたのを、また戻ることを考えると結構憂鬱だ。
「あんたら、冒険者かい?」
軒先で果物を並べていたおばちゃんが声をかけてきた。
「そうです、北に向かう用事のある依頼があったらなぁって思いまして」
「あら、だったらちょうどいいのがあるわ! 間に合うかしら」
おばちゃんがギルドのカウンターに入っていった。おばちゃん、ギルド職員だったみたい。
「これ、昨日町に宿泊した旅商人さんからの依頼なんだけど、もう出発する頃だから依頼をひっこめたとこだったのよ」
「やりましょ!」
ミーナが即決する。
「ミリアは商人さんのところに急いで! 間に合わなくなるわよ!」
おばちゃんに渡された受託書に記入しながらミーナが急かす。
依頼受託の手続きはミーナに任せ、私は商人さんを探しに走った。
街の出入り口まで走っていくと、馬車がみえた。二頭引きのよくある旅商人の馬車だ。荷室は箱型で、上にもいくつか荷物が乗っているのが見える。
ほんとうに出発直前だったようで、私が手をふるのに気がついて止まってくれた。追いついたミーナが依頼書を見せると、ちょっといかついおじさんが馬車の中に入るように叫んだ。
「おう、ねーちゃんら、乗った乗った! ちょっと狭いが我慢してくれや!」
言われるままに荷室に入るとすぐに、馬車は出発した。
荷室には気の良さそうなおばさん、そして私達と同年代くらいの女性の冒険者が木箱を椅子代わりにして座っていた。
「あらあら、冒険者さん、増えたのねー、ついてるわ」
にこにこ笑顔のおばさんは、いかついおじさんの奥さんで、二人で旅商いをやっているそうだ。
目的地はカナルという街でここから5日ほどの距離だ。シューラ国の北方の街で、私達が目指す港町カハスプエルトの近くだ。本当は冒険者を4、5人は雇いたかったのだけど、二人しか雇えていなかったので助かったと教えてくれた。
人数が多ければそれだけ襲ってくる獣や野盗の危険も減る。こちらが十分強そうに見せるのは大切なことなのだ。
「私はマルバダ、もうひとり、今御者をしていてここにいないのがペロテラ。護衛は私達二人だけだったから助かるわ。宜しくね」
「私はミリア、こっちがミーナ、こちらこそよろしく!」
先に雇われていた冒険者の女性と挨拶を交わす。
マルバダは肩を越えるくらいのさらっとした髪に涼しげな目をした落ち着いた雰囲気だ。歳は私達よりそこそこお姉さんって感じがした。
「もしかして大陸の人? それにしても随分しっかりとした装備なのね」
「あ、はい。怪我とか怖いですし」
大陸と島で言葉は同じだけど、微妙にイントネーションなんかが違う。
それから名前が随分違う。マルバダにペロテラ、大陸では聞き慣れない名前を私は覚えられるのか心配になる。
なんとなくマルバダの視線が、初心者を見るような見下したように感じる。マルバダの装備は布の服に革の靴と手袋、武器はありふれたショートソードのようだがよく手入れがされている。動きやすさを重視といったところだろうか。
それに比べると私達は革製とはいえ手甲や胸当てなんかもつけている。しかも結構きれい。新品とまではいかないが、あまり使い古されているようには見えない。
私の武器はショートソード、それも普通のものより短めをふたつ。二刀流だ。標準サイズだと重くて使いこなせないように見られていそうかも。
ミーナのほうは短めの棍棒と小型盾。あまり戦闘は得意なようには見えない。棍棒を使うということは、上手に剣を使えないと思われても仕方がないのだ。
「わざわざ大陸からねぇ、こんなとこになにか面白いものでもあったのかい?」
おばさんからそう聞かれ、つい今朝のまったく面白くないことが頭をよぎったけれど、そっちは思い出さないように頭の隅に押しやった。
「英雄騎士ランザー様って知ってます? 一度お会いしたかったんですけど亡くなったそうで、それでもう帰ろうかなーって」
「あらそうなの。とっても凛々しい方でしたよ。これから向かうカナルの街も、あの方が作ったのよ。騎士団をいろんなところに派遣してくれててね、この頃は随分治安も良くなって、私達旅商人にとってはとても助かってるわ」
ランザー様の評価がいいことに安心した。治安維持のためとはいえ、他国の騎士が武力を持ってやってきているのだ。現地の人から疎まれてはいないかとちょっと不安だったのだ。
「へーあんたら、ランザーの追っかけっすか! あ、私はペロテラ、宜しくっす!」
御者台のほうから私たちと同年代くらいの女性がこちらに移ってきた。お姉さんっぽいマルバダに対し、こちらは元気女子。髪も私より短いショートカット。髪型は女らしくないけど、体つきはひきしまっている。そして出るとこはでている。形のいいおっぱいだ。
「それじゃ、私はおじさんに依頼の話、ちゃんと確認してくるから」
こっちにやってきたペロテラに席を譲り、ミーナが御者台の方へ移った。
契約とか手続きとか、そういうのはほんとミーナ任せにしちゃってる。ほんとミーナと一緒で良かった。一人じゃ今頃途方に暮れていたに違いない。
それからペロテラとランザー様の話で盛り上がった。
英雄騎士ランザー。彼の言葉には不思議な力がある。彼に励まされた者はその『魂の覚醒』の加護を得て大成するのだ。
彼に励まされたからといって全ての人に加護が与えられるわけでもないのだけど、重症を負った兵士が命を取り留めたとか、貧民街の子供が学者になったとか、そういう話が結構知られている。
ランザー様は貴族だけど、身分を気にせず接するため、平民にも人気があった。それはこちらに渡ってからも健在だったようだ。
とあるパン職人がランザー様に励まされ、これまでにない携帯食用のパンを作るようになったという話をペロテラが教えてくれた。
こちらについてから買った保存食のパンがそれだった。長く保存できるように水分を極限まで減らし、かちかちに焼き固められたパンは、歯が折れそうなくらい硬いのだ。
矢に打たれたけど胸ポケットにこのパンを入れていたおかげで助かったなんて話もあり、心臓防護パンなんて呼ばれてたりもするんだとか。
いくら保存性に優れているとはいえ、これはやりすぎだ。私のバッグにもこの鋼鉄のように硬いパンが旅の非常食として入っているけど、一枚食べてからは手をつけていない。硬すぎて歯がたたないのだ。そのときは唾液で柔らかくしてどうにか食べたけど、あとになってスープに浸して柔らかくして食べたほうがいいと知った。先に教えてもらいたかったよ。
「それにしても、なんでフィアザドなんかにいたの? 冒険者がいるなんて珍しいわ」
ランザー様の話が落ち着いて来た頃、マルバダが言った。
「そうだな、普通立ち寄るならメルカドスだろ?」
ペロテラもマルバダに同意する。
メルカドスって何? 私がきょとんとしていると、おばさんが教えてくれた。
かつて首都として栄えていたフィアザドは、戦争が終わったあと、街にあった施設から魔獣が逃げ出したせいで街がめちゃくちゃになり、たくさんの人が街を捨てて出ていった。
その後、少し離れたところにマーケットが開かれるようになって、そこが街になったのがメルカドスだそうだ。
メルカドスの街が栄えていくにつれ、わずかに残っていた人たちもフィアザドからメルカドスに移り住むようになって、今では残っているのは農民くらいだという。
南方へ向かう旅人や商人は、過疎化が進んだフィアザドではなく、活気があるメルカドスを中継地にするのが常識なのだそうだ。
おばさんたちはメルカドスまで旅商に来ていたんだけど、そのときみつけたエミュの実を干したものが気に入って、産地であるフィアザドの街まで買い付けするために寄ることにしたのだ。
エミュの実がなければおばさんたちと出会えてなかったんだね! エミュの実に感謝!
なお、数年前には温泉も湧いて出たそうで、さらに賑わうようになったんだって! 宿泊地をフィアザドに決めたのはリーダーの糞男だ。こっちの地理や情勢に詳しくないのは私も同じだから仕方がないけれど、温泉だよ温泉!
大陸に比べるとニーネスタ島は温泉が多いと聞いていたので一度は入りたいと思っていたのに! ああ、温泉、入りたかったなぁ…