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9:残されたもの

 次の朝、天気は曇り空。バルコニーでセストドが用意してくれたライスで簡単に朝食を済ませた。

 ロバたちの餌が思っていたよりも少ない。現地調達しようにも、ここの野菜が魔素に侵されていたので足りないのだ。明日の朝には戻ったほうがいいだろうということになり、今日はこの村の調査だ。昨夜のことで、ラクト達とは面と向かって話をするのがなんだか嫌な私は、あちらのパーティーとの話はミーナに任せてしまっている。

 そういえばバルコニーに置いたままにしていた魔物化した角根菜(ルナル)が一本だけものすごく葉っぱを出して育っていた。夜の間に湿気を吸ったのだろうとシーラが言っていた。水気のあるところの近くに置くと、激しく根っこが動いて水を吸って育とうとするのだという。そのかわり根っこは栄養を使い切ったようで、しおしおになっていた。こうなるともう動かなくなるので商品価値は無くなるそうだ。これにどんな価値があるのかはまったくわからないけど。


 ラクト達は村の中を、私達はこの建物の一階を調べることになった。冒険者パーティー『烈風斬』の残した荷物から、何かわかるかもしれないのと、室内のほうが魔素が溜まっていて危険そうだったからだ。ミーナは魔素を除去する魔法が使えるけれど、シーラは感知はできても除去する魔法は持っていないのだ。シーラはもうちょっと冒険に向いた魔法を揃えておくべきだと思う。


 昨日はろくに見なかった一階へ私達は足を踏み入れた。

 ミーナが廊下に溜まった魔素を払いのける。魔法で除去しているというのだけれど、魔素は目に見えないので正直よくわからない。

 応接室らしい部屋に、冒険者の荷物が置かれている。持ち運ぶには嵩張るものだけで、武器はない。おそらくここを拠点として外に向かったのだろう。


「それにしても、昨日はなんかすごかったね」

 昨晩のあの声が頭を(よぎ)る。一晩経ってもやっぱりあの二人はおかしいよ。

「ええ、でも貿易船を待っていても仕方がなさそうなのがわかったのは良かったじゃない。ミオピアの話を信じるならば、だけど」

 まぁ、そんなことよりミオピアからこの国の現状について聞けたのは良かったと思う。ミオピアが本当はあんな感じだったことにも驚いたけど。


「ミオピアといえば、あの煙草、臭かったね。煙草ってあんな匂いだっけ」

「あれは薬用煙草ですよ。痛み止めになるウサンの葉を干して巻いたものですね。薬といっても痛みをごまかすだけで治るわけじゃないですけど」

 私の疑問にミオソタが答えてくれた。

「そうなんだ、大陸じゃ煙草は嗜好品って感じなんだけどね」

「そういうのもありますけど、あれはもっと南のほうで採れる葉っぱらしいです。ウサンにもいろいろ種類がありますから」

 ミオソタは意外といろんなことを知っていると思う。お貴族様のところに務めていたおかげというより、本人がきっと好奇心が強いのだろう。


 手分けをしながら部屋を物色する。ミーナとミオソタは室内になにか使えそうなものがないか、私は冒険者の荷物をチェックする。


「だめだね、携帯食があればと思ったんだけど、多分全部食べきっちゃってるよ。荷物には毛布とか火起こしとか、野営用の道具くらいだね」

「そうね、ほら、ここに服が干してあるわ。割と長いことここに滞在してたんでしょうね」

 ミーナがいる方を向くと窓の側にロープが張られ、そこに男物の下着が吊るされている。雨季なので外に干せなかったのだろう。


「あの、これ、冒険者さんのものじゃないでしょうか」

 ミオソタが少し汚い帳面(ノート)を持ってきた。床に落ちていたという。あまり大きくなく、携帯性を重視したものだ。開けてみるとあまり上手じゃない字がみえた。


「ほんとだ、なんだろう、汚い字だなぁ。ここは、日付かな。んー、日記というか、冒険の記録みたいだね」

「えっと、これ、お買い物のメモでしょうか。ほら、ここは薬草って読めますよ。あ、これは収入でしょうか」

 日記というよりパーティーの収支帳にも見える。他にもなんだかわからないことが雑に記されていてメモ帳にも見える。


「そのノート、最後はどうなってる?」

 ミーナに言われ、ノートを最後のページから辿ってみた。

「えっと、あ…」


雨月5日

痛い

喉が痛い


 最後に書かれていたのは、ひどく荒れた字だった。ただでさえ汚い字が、どうにか読めるくらいに殴り書かれていた。

「これだけだよ。痛いって、これ、魔素にやられたのかな」

「そうかもね、だとしたらもう、これを書いた人は助かってないでしょうね」

 喉を痛めるのは魔素を含むものを食べたときの典型的な症状だ。耐え難い痛みのあとは、呼吸困難になり苦しんで亡くなるという。


「日付は… 雨月って今月だよね、5日ってことは、もう10日くらい前だね」

 ノートはここで終わっている。これがもし、冒険者たちの最期の記録ならば、私達が出発したときにはもう手遅れだったということだ。


「その前は、えっと」


雨月4日

仲間はまだ帰ってこない

足が痛い。皮膚が黒ずんでいる

気をつけていたのに


「これも魔素だよね」

 魔素が皮膚に付着すると、こうなってしまう。早めに処置しないとだんだんと皮膚が黒くなり、やがて肉までボロボロになってしまうのだ。魔素は空気より重いので、足元から侵されるのだ。


雨月1日

私を残して他のメンバーが魔獣を探しに行くことにした

怪我をした私は残ることになった

この村は魔素の汚染が進んでいる

幸い、魔術が使える私がいるので汚染された食べ物や水はわかる

村を救うことはできなかったが、せめて魔獣は対治しよう

魔獣は村から少し離れた場所にある、『癒し手(ヒーラー)礼拝堂(テンプル)』と呼ばれる遺跡を巣にしているらしい


「うーん、この人、魔術使えるっていうのに魔素に気が付かなかったのかな」

「それだけ魔素が溜まるのが早いのよ。普通ここまで魔素が溜まるなんてないと思うわよ。近くに原因となるものがあるかもしれないわ」

 ノートには、この日の前のことも少し書いてあった。まとめると、こんな感じだった。


・狼の魔獣の群れが村を襲うようになった

・村の者が次々と魔素に侵され戦える者が少なくなり、魔獣を追い払うのすら困難になった

・冒険者パーティー『烈風斬』が来た時には数人の村人がかろうじて生きていたがやがて息を引き取った

・魔獣は近くの遺跡を巣にしている


「魔獣を探さずに、一度戻っていれば良かったのにね」

「まぁそれじゃ依頼の達成にならないって判断したんでしょうけど、私達も十分気をつけたほうが良さそうね」


「そうだね、あ、それと、あっちのほう、多分、あるよ」

 私は廊下のほうを指差した。臭うのだ。


「何があるんですか?」

 廊下のほうへミオソタが向かおうとするのですぐに止めた。

「私が行くよ」

 代わりに私が廊下に出る。廊下のさらに先へ進むと、やはりそこには遺体があった。


「うっ、匂いますね」

 さすがにミオソタも気がついたようだ。

「どうする? 見なくてもいいけど。どのみち冒険者としてやっていくならこれから何度も見ることになるわよ」

 ミーナに言われ、ミオソタも恐る恐る私のほうへ近づいてきた。


「多分ノートを書いた冒険者じゃないかな」

 その表情は苦痛に歪んでいた。首を掻きむしったかのような態勢だった。

 私は彼の首の冒険者証を外して手にとった。せめてこれだけは持って帰るのが冒険者としての弔いなのだ。


 ミーナもやってきて遺体の持ち物を調べた。

「あったわ、魔法の発動体よ。魔術が使えるって言ってたから持ってると思ったのよ」

 遺体のポケットからミーナがみつけたのは、20センチほどの棒状の魔法の発動体で、先端に制御核となる魔石がつけられた、いわゆる魔法の短杖(ワンド)と呼ばれるものだった。


「それ、どうするんですか?」

「ギルドに持って帰るわよ。遺族がいれば遺族に渡るし、そうでなければギルドのものになるわね。どっちにしても私達にもその分の礼金は出るわ。もしギルドのものになるなら優先的に買い取る権利も貰えるわよ。大陸の冒険者ギルドと同じルールならね」

 ミオソタにミーナが答えた。魔法の発動体は結構高い。とくにニーネスタ島(こっち)ではあまり出回っていないものだ。野盗からの戦利品ならともかく、冒険者の遺品を勝手に自分にするのはギルドの規則にも反しているのだ。


「とりあえず、この短杖(ワンド)はしばらく使わせてもらいましょう。私しか魔素感知ができないってのは危ないわ」

 そう言うとミーナは短杖(ワンド)についている魔石に軽く指を触れ、小さな声で呪文を唱えた。

「んー、魔素感知の術式は組み込まれているんだけど、ちょっと使いにくいわね。待ってて、使いやすく魔句を組むわね」

 私にはよくわからないけど、短杖(ワンド)に登録されている魔法を確かめていたようだ。しかもそれを改造するらしい。私は魔法を使うことはできるけど、そこまではわからない。以前、簡単だから教えてあげると言われたこともあるけれど、聞いてもさっぱりわからなかった。大丈夫、魔術師を名乗っている人の半数以上が私と同じように発動体に組み込まれている魔法を使うくらいしかできないのだ。ミーナがそれだけ異常なのだ。


「もとはその都度実行しないといけないんだけど、それじゃ面倒だから、一度起動すると一定間隔で繰り返し実行するようにして、それから感知した魔素の強さに合わせて振動するようにしてみたわ。これなら検知結果をわざわざ確認しなくてもすぐに危険度がわかるわよ」

 私がちょっと魔術師のことに考えを巡らせている間に、ミーナは作業を終わらせていた。早いよ、早すぎる。


「これはミリアが持っておいて。魔句は『マソブルーン』に設定してるから。実行と停止のやり方はわかるわよね」

 ミーナから短杖(ワンド)を受け取り魔石に触れる。ふわっと頭の中に短杖(ワンド)に登録された術式のリストが流れてくる。その先頭にわかりやすく『マソブルーン』という文字を感じ取れた。すぐに起動と停止方法もわかる。ちゃんと使う人のことを考えた作りにされている。

 ミーナは凄い。だけどやっぱり命名感覚(ネーミングセンス)は酷かった。


「それじゃ、私達も外の探索へ行ってみましょうか。他の冒険者の遺体があれば、冒険者証を持って帰りたいからね」


 外に出て早速短杖(ワンド)に仕込まれた『マソブルーン』を実行すると、短杖(ワンド)がブルルっと震えた。


「そのくらいならまだ大丈夫よ。危険なレベルだともっと強く振動するわよ」

 ミーナの言葉に改めて振動の強さを確かめる。一定の間隔でブルッと震えている。なるほど、これなら毎回自分で魔素感知の魔法を発動させなくてもいいから楽だ。しかも振動の強さでわかるのは確かに便利だ。その分マナの量が必要になるけれど、魔素に気が付かずに病気になることを考えたらこのほうが断然いい。


「それじゃ、移動するときはゆっくりとね。ミオは私から離れないように」


 村の中を歩く。水たまりや茂みに近づくほど短杖(ワンド)の振動が大きくなるようだ。魔素が溜まりやすいところがわかってくると、振動が大きくなる前にある程度気がつくことができるようになってきた。だけど油断は禁物だ。先入観は死を招くのだ。


 しばらく用心深く村の中を歩いた。人の気配も家畜の気配もしない村は不気味だった。

 そもそもそんなに大きな村ではなく、すぐにラクトたちのパーティーに遭遇した。


「そっちはどうだったかい? 俺たちのほうはとくに収穫はなしだ。いくつか村人の遺体をみつけたくらいだな」

「こっちは冒険者の遺体をみつけたわ。ひとりだけどね。他の冒険者は魔獣を倒しに村を出てから帰ってきてないわ。この村を襲ったのは狼が魔素で変異した魔獣で間違いなさそうよ」

 ミーナがラクトと情報を交換する。お互い生存者を見つけることはなかったようだ。


「ここまで魔素汚染がひどいとは思ってなかったわ。食料の調達もできないし、私は一度戻ったほうがいいと思う」

「そうか、そうだな。『烈風斬』の奴らも無理をしたから帰ってこれなくなったんだ。一度ギルドに戻って出直したほうがいいな。もう村人もいないんだ。討伐は急ぐ必要はないだろう」

 ミーナの提案にラクトも賛成した。


「そうですわね。魔獣も鬼ではなかったですから、私達としても無理して倒す相手ではないですわ」

 少し残念そうにシーラは言った。


「そうと決まれば早く帰ろうよ。今からならスエルテ村までどうにか戻れるんじゃないかな?」

 ミオピアが昨夜とは違うちょっと高めのかわいい声で言う。素の声を知ってしまった今ではこの作り声の違和感がすごい。


 私達は宿泊場所にしていた家に戻り、帰り支度を始めた。ミオソタとセストドに、ロバを二階から下ろしてもらっている間、私はもう一度一階の冒険者の遺体を確認し、荷物の中からなにか持って帰るべきものがないか改めて確認した。とりあえずあのメモ帳は持って帰ることにしたけれど、他にはこれといって遺品になりそうなものはなかった。

 遺体をそのままにしておくのは忍びないけれど、魔素に汚染されているのでうかつに触らないほうがいい。

 なにはともあれ今回の冒険はここまでだ。帰ってこない冒険者の調査が目的なのだ。これ以上は依頼内容に含まないし、準備も足りていない。群れで行動する魔物はやっかいなのだ。もう少し人数と食料を用意して出直すことをギルドに提案するのがいいだろう。


 そう私が考えていると、ふいになにかの気配を感じた。それも複数だ。

「何か来てる! いっぱい!」

 私はみんなに聞こえるように大声で叫んで剣を抜く。短杖(ワンド)は邪魔になるので抜いた剣の鞘に差し込み、帰り支度をしているみんなの元へと走った。


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