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5:静かな夜に

 コラプラナの村に着いたのは夕方だった。途中で大雨に降られ雨宿りで時間をくってしまったこともあり、あたりはもう暗くなり始めている。

 村に入ってすぐに腐臭がした。村は静まり返っていて、人の気配もない。事態は悪い方向に進んでいるようだった。


「魔素が濃いわ」

 ミーナが杖を構え、険しい表情で言った。探知の魔法で辺りを調べたようだ。濃い魔素は危険だ。気が付かないうちに体内に入ると突然意識を失いそのまま死んでしまうこともある。

「とりあえず、二階があるような家を探して。安全の確保を優先しましょ。調査は翌朝にしたほうが良さそうだわ」

 ミーナの提案にラクトたちも賛成し、薄暗い村の中をまわりに注意しながら早足で進んだ。

 そして少し進んだところに二階建ての家をみつけた。入り口の柵に、繋がれたままぼろぼろに朽ちているロバの死体があった。獣に食い散らかされたようにも見える。

「これって探している冒険者が連れてきたものかしら。まあいいわ、この家に入りましょ。あ、ちょっと入る前に調べるわよ」

 ミーナがそう言って探査の魔法を使い、魔法と生物の反応を調べる。反応がないことを確認し、私がドアを開けてそっと中の様子を伺ってから中に入った。


 家の中はもう暗い。ミーナとシーラが壁の数カ所に明かりの魔法を付与する。

 入ってすぐはちょっと広めのエントランスで、扉がいくつかと二階へ上がる階段がある。

「どうする? とりあえず一階から何かないか調べてみるか?」

「一階はそっちに任せるわ。私達は二階を見てみるわ。問題ないなら今夜はここを使わせてもらいましょう」

 ラクトの発言に対しミーナが答え、ラクトは頷いた。


 私を先頭に、後ろをミーナとミオソタが続いて二階への階段を上がった。

 二階には廊下を挟んで扉が左右にひとつずつ、廊下の突き当りにもうひとつ扉があった。左右の部屋は寝室のようで、どちらにもベッドが四つあった。使われている形跡がないので客室なのかもしれない。窓がふたつあり、窓のひとつを開けると外はバルコニーだった。

 部屋からは直接バルコニーには行けず、廊下の突き当りの扉を開けるとバルコニーに出ることができた。左右の部屋は対称的になっていて、どちらの部屋からもバルコニーが見えるようになっていた。バルコニー自体も部屋と同じくらいに広く、椅子やテーブル、それにグリルが置いてある。


「ここで食事が作れそうね。それにロバを上げておくにもちょうど良さそうだわ」

 ミーナがバルコニーの隅に明かりの魔法を付けながら言った。

「ロバを上げるんですか?」

「ええ、魔素は空気より重いの。だから下に溜まっていることがあるのよ。ロバを下に長く居させると魔素に侵されてしまうわよ。さっき見たロバも、魔素で弱って死んだのを獣に食べられたのかもしれないわ。おそらく一階は使えないと思うわよ」

 ミオソタにミーナが答えた。


「そっちはどうだ? お、ベッドがあるじゃないか。今夜はゆっくり眠れそうだな」

 ラクトたちも二階へ上がってきた。

「そっちはどうだった?」

「一階は駄目ですわね、魔素がきついですわ。冒険者が使ったらしい痕跡がありましたけど、魔素を除去してからじゃないとちゃんと調べられそうに無いですわ」

 シーラが答えた。

「あ、れつなんとかって人たちかな」

「『烈風斬』ですわ。嵩張る荷物が残っているから、ここを拠点にしたのでしょうね」

 そうだ、『烈風斬』だ。なんだか男子が好きそうなすごい名前だけど、私達も『鬼殺の剣』なんていう名前のパーティーにいたので人のことは言えない。いや、あれは糞男(ジャスパー)が決めた名前だから私のセンスじゃない。

「調査は明日、明るくなってからがいいわね。こっちのバルコニーにロバを上げてしまうわよ。下だと魔素に侵されてしまうわ」

 ミーナの言葉にラクトが頷きセストドに指示を出す。

「部屋は私達とあなたたちで一部屋ずつ使いましょう。食事はどうします? ギルドから食材ももらってますし、うちのセストドにまとめて作らせますわよ」

 シーラが提案したのでそれに従うことにした。とくに問題はない。

「あの、野菜。下にあった」

 セストドがロバを上に連れてきて言った。そういえばはじめてしゃべるのを聞いたかも。まだ声変わりしてない、いかにも少年といった感じだ。

 セストドがかごに入った野菜を見せる。根野菜と葉物が入っている。持ってきた食材は保存がある程度効くものだけなので、生の野菜があるのはありがたい。調理してくれるのは嬉しいけど、スエルテ村のときのように茹で汁を捨てるがっかり調理じゃないといいんだけど。


「グリルがあるなんて助かりますわね。食事はここでいたしましょうか。なにか温かいものが食べたいわ」

「そうね、椅子とテーブルもあるし、いいんじゃないかしら」

 シーラの意見にミーナも賛同した。


 バルコニーの端にロバ達を繋いだ。空は星がみえるくらいには晴れている。今夜は雨の心配はなさそうだ。客室からバルコニーが見渡せる窓があるので、ロバたちになにかあったときも部屋からすぐに確認ができそうだ。

 今日はひとりひとつベッドが使える。ゆっくり休めるのは嬉しいけれど、ミオソタを抱き枕にできないのはちょっと残念だ。


「準備、する」

 セストドがロバに積んだ荷物から調理道具を取り出し食事の準備をはじめた。この屋敷の一階にあった野菜の入ったかごと薪も運んでいる。

 私も火起こしを手伝う。魔法の発動体である指輪を使って火を付ける。セストドが興味ありそうにちらちらこちらを見るので近くで見せてあげた。簡単な魔法が使える程度だけど、こうしていろいろと便利なのだ。


「ポーターの子は調理もしてくれてるの?」

 食事の準備は完全にセストドに任せているラクトたちに何気なく聞いた。

「ああ、荷運びだけじゃなく料理や旅に必要な物資の調達まで雑用はぜんぶやってくれる。おかげで俺たちは戦闘に集中できる。とても助かってるよ」

 ラクトはセストドを見てニッと笑う。セストドは気恥ずかしいのか何も答えず黙々と準備を続ける。時々荷運び(ポーター)を軽視しているパーティーもあるけれど、ラクトたちはその点では意外とまともそうだ。

「それに、俺たちが手を出すと余計に時間がかかってしまう。ちゃんとしたものを食べようと思ったら、俺たちは何もしないほうがいいんだ」

 ラクトがちらっとシーラのほうを見た。人には得意不得意があるもんね。適材適所は大切だ。


「この水、大丈夫かな」

 セストドが一階から汲んできた水を鍋に入れながら言った。水瓶に汲み置きされていたものだというけれど、長い間放置されていた水だ。

「魔素が溜まっていると厄介ですわね」

 シーラが不安そうに鍋を覗き込む。

「浄化の魔法は使えないの?」

 ミーナがシーラに言うと、シーラはバツの悪そうな表情になった。

「わたくし、その手の魔法は準備してませんの。あ、でも、この水は安全そうですわ」

 シーラが鑑定魔法らしいものを使って水を調べて言った。せっかく魔術が使えるんだから、野外活動に役に立つ浄化の魔法は準備しておくべきだ。やっぱり冒険者としてはどこか甘い。

「まぁ魔素に汚染されていないならそれでいいけど、念の為浄化もしておきましょうか」

 ミーナが鍋に向かって魔法を使う。用心はするにこしたことがないのだ。

術式展開(デプロイ):魔技ピュリファイ・ウォーター、範囲指定してっと、術式実行(リリース)!」

 鍋の中の水が光る。

「このまま三分くらい待って、上のほうの水を少し捨てればいいわ」

「便利な魔法があるんだな。ミーナさん、その魔法、シーラの杖に複製させてもらえないか?」

「それはいけませんわ!」

 ラクトの頼みをシーラが強い口調で止めた。

「魔術の権利は大切なものですの。ちゃんと正規の手続きで術式を手に入れないといけませんのよ」

 ミーナがちょっと驚いた様子でシーラを見る。魔術師協会が扱う術式は厳しく管理されていて、勝手に複製して他人に渡すことは禁じられている。とはいうものの、守っていない魔術師も結構いるらしいとは聞いたことがある。とくにこういう大陸から離れて魔術師協会の目の届かない場所だとなおさらだ。正直シーラが真面目にそういうことを守る人だとは思わなかった。


「ふーん。そういえばあなたたちが使ってた武器。あれって鬼の角の魔法を使えるようにしたものよね? それも当然協会から許可を得てるのよね? たしか魔角石に関する研究って、結構秘密が多いんじゃなかったかしら」

 ミーナがシーラに言う。

「当たり前でしょ? あれはミナーヴァ様が解析なされた偉大な技術をつかってますの。私達の組織はミナーヴァ様の技術を使い魔角石の実用化を進めてますのよ。そういえば貴女、ミナーヴァ様のことをあまりよく知らないのでしたわよね。魔術師なら少しはミナーヴァ様の功績がどれだけ素晴らしいものか理解しなさい!」

 シーラが口調を荒らげる。昨日ミーナがミナーヴァ様とやらに関心を示さなかったことを根に持っているようだ。

「そんなこと言われても、実際に術式を見てみないとよくわからないわよ。そんなにすごいというなら見せてちょうだい」

 ミーナがちょっと挑発的にシーラにつっかかっている。

「言いましたわね、いいですわ。ミオ、あなたの弓、ちょっと持ってきてくださる?」

「おい、シーラ。あれは他人にそう見せていいものじゃないだろ」

 ラクトが止めるのも聞かず、シーラがミオピアに弓を持ってこさせる。狼魔獣と戦ったときに使った、矢が爆発する危なっかしい弓だ。

 ミーナが弓を受け取ると、弓についている魔石に触れてなにやら呪文を唱え始めた。私も近くで弓を観察する。よく見る魔石のほかに、赤いものがある。おそらくこれが鬼の角だろう。

「あー、すごいわ」

 ミーナが感情のこもってなさそうな声で言う。

「ご理解いただけたかしら」

 シーラがどうだといわんばかりの顔で答える。

「いや、正直この術式はよくわからないわ。シーラさん、説明してくれませんか?」

「え、そうね。まぁ私にもわからないわよ。これは普通の術式とは随分ちがいますもの。つまり、それだけミナーヴァ様がすごいってことですわ!」

 なんだかよくわからないけれど、ミーナには魔石に記録されている何かが見えているのだろう。たしか魔石に同調して記録されている術式を確認したりできるとか聞いたことがある。術式の構造とかを知らなくても魔法は使えるので魔術師といってもそういう中身のことはよく理解していない人も多いとはミーナから聞いている。ミーナもシーラもよくわからないというのだからおそらく難しい術式なのだろう。

「でもこれ、結構マナの消費が激しいんじゃない?」

 ミーナが弓をシーラに返しながら言った。

「たしかに、そうですわ。ですがそれを補って余るほどすばらしい効果をもたらしますわ。それに、こちらでは魔晶石が手に入りやすいですから。マナに関しては大した問題じゃありませんわよ」

 シーラはやっぱり自慢げだ。

 ラクトが使っていた剣も同じように鬼の角が使われていると思う。昔同じような魔法を使う魔獣を倒したことがあるから間違いないだろう。


「ふたりとも、魔法の話はそろそろやめてくれないか、これじゃいつまで経っても食事にならないよ」

 ラクトが二人をあきれた顔で見ながらため息をついた。グリルに焚べた薪は、いい感じに燃えてきている。

 今日も天気が悪く、肌寒い一日だったので、炎の暖かさが身にしみる。


「あの…」

 かごに入った野菜を洗っていたミオソタが引きつったような声で言う。

「この野菜、おかしいです」

 見るとミオソタの手の上で、根野菜がうねうねと動いていた。


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