2:我が良き友よ
ここフィアザドでは休憩や保存食の調達のため、二日ほど滞在の予定だった。そして今日は丸一日自由行動、パーティーの仲間たちは朝から思い思いに行動している。
セレサとは顔を合わせたくない気分だけど、荷造りもしなければいけないし、一応はさよならの挨拶もしておいたほうがいいかも、そう思いながら女性用に借りている部屋の扉を開けた。
部屋にいたのはミーナひとりだった。ミーナは私が冒険者になって間もない頃からの、かれこれ三年近い付き合いだ。
初めて会ったときなんか緊張して、「同じミからはじまりますね! 名前!」と声をかけたことを思い出すたび恥ずかしくなるけれど、今ではすっかり何でも話せる間柄だ。戦闘時には彼女と連携することが多く、今ではすっかり最高の相棒だ。
私と同い年で私よりもちょっと、うん、ちょっと発育に恵まれている。深紫の長い髪は手入れされ光沢があり、まるでどこかの貴族令嬢のようだ。
というか実際に貴族のご令嬢でいらっしゃる。普段はがさつでおしとやかさのかけらも見せないがっかり美人だけれど、ふとしたときに見せる佇まいは貴族らしさを感じさせる。下級の田舎貴族だと本人は言っているけれど、お貴族様が冒険者なんてよく親が許しているものだ。いや、許しはしていないって言ってたっけ。
ああ、ミーナともお別れなのか… 自然と涙が出そうになる。
「なにそんなとこで突っ立ってんの? 彼氏とのデートは終わったの?」
そうだ、ミーナには今朝、ジャスパーから私が呼び出されたのを見られていたっけ。
今日は休憩日、私はいつものように十分睡眠をとり、人より少し遅めの起床だった。ミーナはすでに朝食を終えており、私がもうちょっと寝ておこうかと二度寝を決め込もうと思っていたらあの糞男が話があるからと起こしに来たのだった。
「ミーナぁぁぁぁ!」
ミーナの顔を見たら、今まで堪えていた涙が吹き出した。ミーナは私をそっと抱きしめてくれた。私はミーナの胸に顔を埋めて泣いた。ミーナの胸は大きくてやわらかくて気持ちいい。
あんな奴のことより、ミーナとの別れのほうが辛い! ああ私、ミーナと一緒に旅をするのが楽しかったんだ!
泣き疲れ、えっぐ、えっぐと嗚咽していると、ミーナが私を抱きしめていた手をすっと解いた。
「あー、やっぱりそういうことになったか。ちょっと待ってて」
そう言うとミーナは部屋を出ていった。
いや、なに? そういうことってどういうこと?
私はもうちょっと慰めて欲しいんですけど。
えーちょっとそりゃないよミーナさーん、ひとりにしないでー。
呆然としていると、暫くしてミーナが部屋に戻ってきた。
「さ、荷造りしましょ、今からなら今日中に出発できるわよ」
そう言うと先程まで着ていた街着のワンピースを脱ぎ、旅用の服に着替えだした。
「えーっと、ミーナ?」
ちょっと何が起こったのか頭が追いつかない。出ていくのは私のほうなんですけど?
きょとんとしている私を、ミーナが呆れたような顔で見る。
「私も辞めたのよ。一緒に帰るわよ、大陸へ」
聞き間違いじゃなかった。私の友はこれからも私と一緒にいてくれる。
私はミーナに抱きついてまた泣いた。今度の涙は嬉しい涙だった。
「私がミリアを置いていくわけないじゃない。私に相談もしないで一人で帰る気だったの?」
涙でぐちゃぐちゃな私の顔を、ミーナが両手で挟んで笑う。
「でも、ミーナはこっちでやりたいことあるんでしょ? 魔獣を調べたいって言ってたよね?」
ミーナは魔獣が大好きだ。魔獣が使う魔法を研究するとかならまだわかるけど、その生態なんかにまで興味を持っている。魔獣の話をするときのミーナはちょっとおかしいくらい口数が多くなる。
貴族令嬢でありながら、家の反対を押し切って冒険者になってまで、魔獣をこの目で見てみたいという本当に変わった人だ。
「んー、まぁそれはあるけど、ミリアが行くから私も行く気になったのよ。そりゃぁ大陸にはいない魔獣がこちらにはいるから、気にはなるけどそこまで執着してるわけじゃないから」
いやいや結構執着してたと思うけど。ニーネスタ島に着いたときは真っ先に魔獣の情報を探していろんな人に声をかけてたじゃないか。
でもここは、友の優しさを素直に受け取っておこう。
「さぁて、この先パーティーどうなっちゃうかねぇ」
ミーナがにやりと笑う。悪い顔だ。
「凄腕剣士と有能魔術師が抜けるのよ、今まで通りじゃいかないでしょ」
「自分で有能って言っちゃうかなぁ」
私もつられて笑う。まぁミーナがすごい魔術師なのは事実だけど、パーティーには他にもうひとり魔術師もいるし、そこまでひどいことにはならないだろう。それに目的地であるオーザ遺跡群には大陸からの冒険者が結構集まっているという。新たにメンバーを加えればいいだけの話だ。
私達は大陸では短期間で、一流を示す『満月』級まで上がった冒険者パーティーだった。メンバーが抜けたらそれに合わせて対応できないようなパーティーなら、そもそも『満月』級まで上がれるわけがない。現実は結構厳しいのだ。
「えーっ、ミリアを捨てた男なんてそれ相応の報いを受けなきゃ釣り合わないじゃない」
「もういいよ、私そこまであいつのこと好きじゃなかったみたいだし、今のうちにそれがわかったんだからむしろラッキーだったよ」
「それもそうね、私のかわいいミリアちゃんが傷物にならなくてよかったわ」
ミーナが茶化す。いつもの二人の他愛の無いやりとりだ。なにはともあれこれからもミーナと旅を続けられることに私は嬉しくてたまらなかった。