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6:亡骸の女

 ミオソタがトイレから戻ってくるのを待たず、私は買い出しにでかけた。冒険者向けの消耗品のことならあちこち探し回るより、冒険者ギルドで聞くのが近道だ。ということで、雨が降る中冒険者ギルドへやってきた。

 ギルドには冒険者らしき男たちが数人いて、掲示板を眺めたり、受付嬢と世間話をしている。

「あら、いらっしゃい。そうだ、支部長が話があるんだって」

 エステラさんが私を見つけ声をかけてくれた。

「支部長ー! ミリアさんがいらっしゃったわよ!」

 奥に向かってミリアさんが叫ぶ。奥から支部長の入ってこいとの野太い声がする。


「わざわざすまんな、ちょっと表じゃ言いにくいこともあってな」

 支部長(ハモン)さんが席に座るよう促した。今日は支部長(ハモン)さん自らお茶を入れてくれた。作り置きのお茶だけど、よく冷えていて美味しい。冷蔵の魔道具が使われているっぽい。

「まずは野盗退治の件、遺体が確認されたぞ。ギルドポイントつけといてやったからな。あと報奨金、野盗十人分、大金貨一枚まとめてでいいな」

「あれ、ペロテラの分は?」

「ああ、それなんだがな。言いにくいことなんだが」

 支部長(ハモン)さんはお茶を一気に飲み、真剣な顔になった。

小鬼(テル=ロル)がいたっていう小屋、調査させたんだが、ペロテラの遺体が見つかった」

 背筋がぞくっとした。またそのうち会うだろうと思っていた人が、あっさりともう永遠に会うこともなくなるのは、たとえそんなに交友がなくても心にくるものがある。

「おそらく首を取りに行ったところを、あの小屋の持ち主に見つかったんだろう」

 あの小屋の地下にはまだ持って帰れなかった小鬼(テル=ロル)の死体があった。頭をたくさん欲しがっていたペロテラはつい欲が出てしまったのだろうか。

 別れ際に小屋には近づくなと言っておいたのに。十分予測できていたことなのに。もっと強く言っておくべきだった。

 鬼人(ガラビト)のことで最後はあまりいい別れ方をしていなかったのがちょっと悔やまれる。どうして鬼人(ガラビト)を嫌っているのか詳しく聞いてみたいと思っていたのに。

 今更どうしようもないけれど、こんなかたちでペロテラと別れることになったのは残念だ。


「それから、小鬼(テル=ロル)の死体はひとつも残っていなかった。あとお前さんが言ってた二人の遺体もな。まあ汚物や血の跡はすごかったそうだ。ペロテラが何か喋らされてるかもしれん。それに一人助けてるのは知られていると思ったほうがいい。お前たち、十分注意しろよ」

 もしもばれているなら、女だけの冒険者は目立つ。鬼人(ガラビト)を連れているとなればなおさらだ。これからは街の中でも周囲に気をつけたほうが良さそうだ。


「こんな話のあとでなんですが、何か仕事ないですか?」

 いつまでも引きずるわけにはいかない。切り替えていこう。

「仕事か、まあ何もしないというわけにはいかんしな」

「新人もいるのでお手柔らかにお願いしますね!」

 私達はただ大陸行きの情報を待っているだけでもいいけれど、ミオソタを鍛えたい。やはり経験を積ませるのが一番いい。まずは近場のお手軽な依頼を紹介してもらいたい。


「おーい、なんか簡単な依頼ないか?」

「あー、この前倉庫整理してくれた新人さんですかー」

 女性の職員さんが支部長(ハモン)さんに答える。


「やっぱりあれ大掃除じゃないですか」

「ちゃんとギルドからの依頼扱いにしておいたから文句言うな。三人分、ポイントつけてやるよ」

 職権乱用じゃないかと言いたくなったけど、ポイントを貰えるなら文句はやめておこう。


「魔物の討伐から戻ってこない冒険者の調査ってのがありますが、これはちょっと危険かと」

「ん、それがあったか。お前ら、やってみるか?」

「私一人じゃ判断できないけど、お話、伺いましょう」

 支部長(ハモン)さんはカウンターに行き依頼書を取ってきた。


「先日、魔物討伐に向かった冒険者たちがいるんだが、もう一週間も予定の日を過ぎている。何かあったかもしれんので調べてきて欲しいんだ。無事ならそれでよし、単にこの雨で帰りが遅くなっているだけならいいんだがな。それとな、おそらくその魔物は魔素玉(まそぎょく)の影響で獣が魔獣化したやつだと思う。もし魔素玉を見つけたら壊しておいてほしい。魔術師がいるから壊すのは簡単だろう。あ、魔素玉って知ってるか?」

「知ってますよ。魔獣を生み出すと言われてる玉でしょ? 何度もそういう魔獣も倒してますから」


 魔素玉は直径3cmくらいの玉で、周囲のマナを魔素に変えるやっかいなものだ。マナというのは生命のエネルギーで、魔法を生み出すときに必要なエネルギーでもある。マナも魔素も目に見えないので正直よくわからないけどミーナがそんなことを言っていた。魔法を使うときに、体からぞわっと何かが抜けていく感覚がわかるので、おそらくそれがマナなのだろう。


 魔素は生き物を変質させる。変質した生き物はその変化に耐えられずに死んでしまったり、怪物になってしまったりする。

 こういった元は動物だったけど魔物になったものを魔障獣と呼んでいる。ただ、一般的には単に魔獣とひとくくりで呼ばれているし、区別を知らない人も多い。普通の武器でも倒せる相手なので、鬼に比べると対処しやすいものが多いのも特徴だ。


「あ、場所はどれくらい遠いんですか? 正直この雨の中、出かけるのはちょっと」

「なんだ、大陸の冒険者様は根性がないな。雨だからって休みにしてたらこっちじゃやってられんぞ。雨はまだしばらく続くんだ」

「それはそうですけど、大陸じゃこんなに雨が続くことなんてないんですよ。そりゃ雨が降らなきゃ困ることもあるんでしょうけど、こうも続くのはしんどいですよ」

 正直毎日どんよりした天気で気が滅入る。この国の人はよく平気なものだ。

「なに、あと一週間ほどで雨季も終わる。それよりそんな調子だと夏になるともっと大変だぞ。えっと、場所だったな。依頼元はここから片道二日のコラプラナという村だ。途中にスエルテという村があるから一日目はそこに泊めてもらうといい」

 途中に村があり、雨の中野宿をしなくて済むのは大助かりだけど、そもそも雨が鬱陶しい。早く雨季が終わってほしいものだ。夏はもっと大変ってどういうことだろう。私は夏、結構好きなんだけどな。


「まあ気分が優れんのはわかる。だがな、この時期は鬼が現れにくいから少し安全なんだ」

「へー、そうなんですか?」

「鬼の奴ら、魔法の膜を張ってるだろ? あれが弱くなるからな。それを嫌って鬼が人前に出てこなくなるんだ」


 鬼と呼ばれる魔獣の類は、体に魔法の膜を張っているものが多い。雨はその魔法の膜を流してしまうのだ。そのため大抵の鬼は雨を嫌うということらしい。大陸にいるときは、そもそもそんなに雨の降る中で戦った記憶がないから思いつかなかったけれど、確かに、鬼にとっては雨は嫌なものだろう。

 しかし同様に魔術師も攻撃魔法が遮られ、射程や威力は落ちるし、付与魔法も長持ちしない。私やミーナのように魔法を主体として戦うスタイルと雨は相性が悪い。視界や足元も不安になる。いくら鬼が雨が苦手といっても雨の中戦うのは嫌だ。


「そういえば、こっちの冒険者はみんなあの粉つけて鬼と戦ってるんですか? 正直あまり効率は良くないと思うんですけど」

 鬼の防御膜は普通の武器では破れない。打撃系の武器も衝撃を拡散するらしくあまり効果がない。魔法で攻撃するか、私のように魔法を武器に付与してもらうかしないとまともに戦えないのだ。あの粉を武器につけて戦うやり方はとても効率がいいとは言えない。いっそ大量に振りまいたほうが効果がありそうだけど金銭的に辛そうだし持ち運ぶのも大変になる。


「小型の鬼ならあれでもまあ効果はあるさ。ないよりはまし程度だがな。だが稼げてない冒険者にとってはあれでも精一杯なんだよ。ここいらで冒険者になる連中なんて、他でやっていけなくて冒険者になった奴らばかりだからな」

 なんとも世知辛い話だ。大陸のほうは憧れて冒険者になる若者もいるというのに。

「ま、少し稼いでいる奴なら魔法剣を持っているからそれほど困らんよ。まあ剣とは言えるような代物じゃないがな。ほれ、こんな感じだ」

 支部長(ハモン)さんが、棒状のものを取り出して見せてくれた。木刀の先端に、魔石らしいものがくっついている。どちらかというと柄の長い斧といった感じだ。

「これが魔法剣ですか」

「言いたいことはわかる。だがまぁこれは消耗品だからな。あまりコストはかけれんからこの形で落ち着いてるんだ」

 おそらく先端の魔石で直接鬼の魔法膜を破るのだろう。そのとき魔石も削れていくので消耗品というわけか。ちなみにこれで小金貨五枚だそうだ。確かに安くはない。倒す鬼によっては赤字になりかねない。


「もっと稼いでる奴はもっといいのを使ってる。最近大陸から輸入されているのが流行ってるんだが、知らないのか?」

 魔法剣が大陸から来ている? 聞いたことがないよ。魔力を帯びた武器はそれなりに高価だ。魔法剣を作るには魔力を帯びた希少な鉱石と、それを加工し武器として使えるものにする職人の腕が必要なのだ。ある程度の稼ぎ程度で買えるようなものじゃない。


「それ、どこで売ってるんですか?」

「西のほうの街だ。ウタラクという港町なんだが、ここは今じゃどこにも属さず独立して自治をしている。どうも大陸のほうとつながっているとの噂もあってな、魔法剣の出処もそこらしい」

 魔法剣を扱っているなら、大陸の西側の国、魔術が盛んなエリシュバル王国と繋がりがあるかもしれない。エリシュバルはミーナの故郷だ。


「大陸とのやり取りをしているなら船に乗せてもらえないかな」

 ミーナの実家の権力を使えば大陸まで帰れるかもしれない。とりあえずこれはミーナと相談したほうが良さそうだ。

 だけど支部長(ハモン)さんの表情は渋い。

「どうだろうなぁ、正直、あまりお勧めできん。西の方は治安が悪くてな。女だけで行かせたくはないな。ともかく今どうなっているのか情報が少なすぎる」

「そうですか。そういうなら心配ですね。情報集めといてくださいね」

「ああ、だがあまり期待はせんでくれよ。んじゃ、依頼の件、考えておいてくれ、返事はなるべく早く頼む」

 支部長(ハモン)さんとの話を切り上げ、部屋を出たところで、何のためにここに来たのか本来の目的を思い出した。


「あ、忘れるとこだった! このへんで冒険者向けの道具を扱ってるおすすめのお店ないですか? 消耗品が心許ないんで」

 慌てて部屋に入り直し、支部長(ハモン)さんに尋ねた。


「あー、それならうちの向かいの店だな。まあそういう店はここじゃその一軒だけだ。価格は安心しろ、冒険者証を見せれば安くなるぞ。なんせ経営してるのはうちのギルドだからな」

 お礼を言って今度こそ冒険者ギルドを後にした。


 冒険者ギルドを出ると目の前に、何の店だかわからない店がある。私達もこれまで当然この店の存在は知っていたけれど、よくわからないので入らずにいたのだ。なんせ看板もなにも出ていないのだ。

 入ってみるとまさに雑貨屋といった感じだった。並べられている商品をみると、薬草などの薬類、ランタンや火口箱、ロープやナイフなど、冒険者向けの道具類が置いてある。あまり売れていないのか、商品にはうっすら埃が被っている。品は悪くない。魔石の粉も当然置いてあるけれど、魔法の道具類はなかった。小さなものでもいいので魔法の発動体があれば、簡単な魔法くらい使えるのに。ミオソタにも持たせてあげたいと思ったので残念だ。

 まずは大本命のノップの実、大陸より高いけれど仕方がない。お店の人に在庫を確認したら余裕があるようなので安心した。あまり多く買っても、この雨でだめにしたら勿体ないのでこまめに買うことにしよう。

 次に、トイレの必需品、お尻を拭くためのものだ。大陸ではシリフという木の葉が使われているけれど、こちらではみかけない。シリフ自体が生えていないのかもしれない。代わりに、テデチナと呼ばれる海藻を干したものが使われている。これもいくつか買っておく。ちなみにお金持ちは紙を使う。贅沢すぎるだろう!


 携帯食料はすぐにはいらないけど、どんなものがあるかを確認する。

 あのすごく硬い鋼鉄パンの他には、お湯を注ぐとスープになる茶色い玉や、同じくお湯を注ぐとお粥になる粒状のものがある。味の予想がつかないので、どうにも手が出せない。携帯食といえど、味は大切だ。

 時間があればライスを炊くのがこちらの冒険者の基本だとは聞いたけれど、私達、ライスは馴染みがなくて炊き方がわからない。今度ミオソタに聞いてみよう。たぶん知ってるよね。

 露天でみかけた干した魚とか良さそうだと思ったけれど、これは焼くと匂いがすごいので、携帯食としては微妙だ。ちなみにとても美味しかった。干すのは保存のためというより、旨味を凝縮させるためのようだ。

 大陸にいた頃は、食べられる草なんかを現地調達したりもしたけれど、こちらとは生えている草も違うだろうから野草についても勉強しなければいけないし、おいしくいただける携帯食の模索もしなければいけない。なんてったって食事はすべての基礎だからね! 野草については支部長(ハモン)さんやミオソタに聞いてみよう。

 結局、迷った末にノップの実とおしりふき用のテデチナという干した海藻だけを購入して宿屋に戻ることにした。


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