5:雨のち雨のち雨
翌日も朝から雨だった。洗濯物が乾かないのがほんとうに困る。
昨日に引き続き、ミオソタは外套に魔法紋をつける作業をやっている。今日のうちには出来上がりそうだ。ミーナもミオソタのズボンの仕上げにとりかかっている。
「私は、何しようかなぁ」
「日用品とか買ってきてくれない? 私達の分も補充しとかなきゃ。この街ならちゃんと揃えそうじゃない」
「あー、そうか。売ってるとこがないかギルドにもきいてみようか」
「そうね、ついでに何か良さそうな依頼がないかみといてね。あ、勝手に受けちゃ駄目よ」
「わかってるって、あ、ノップの実売ってるかなぁ、ミオちゃんの分もいるよね?」
「なんですか、それ」
「実物見せたほうがいいかな、これだよ」
荷物の中の小さなポーチから、小さな木の実を取り出した。長細く、かなり長い茎がついたままになっている。
「これ、木の実なんですか?」
ミオソタが手にとって不思議そうにいじっている。
「これはねぇ、水分を含むとすっごく膨れるんだ。女の子の日の必需品だよ」
意味がわからずキョトンとしている。仕方がないか、まだ中に入れるタイプを使うのは少数派だ。大陸では結構普及しているけれど、こちらではナプキンが主流のようで、私達もこっちに来てから探すのに苦労した。
「あー、これでね、股から血が出てくるのを止めるんだ」
私達人間の女は月に数日ほどあそこから血を流す。子供ができるための仕組みだとかいう話を聞いたけど、ともかくその間は調子が悪くなったりして大変だ。ひと月は30日なので月の6分の1もの時間が本調子じゃないのだ。
「あ、女の子の日ってそういうことですか。あの、私まだなんで。鬼人は結構歳をとらないと子供を産めるようにならないらしいんですよ」
「えっ、そうなんだ」
見た目は人間そっくりだから、鬼人は人間とはそんなに違わないかと思っていたので驚いた。
「使い道はそれだけじゃないわよ。というかノップの実って本来、矢とか尖ったものなんかの深い傷を塞ぐために使われているの。それをあの日にも使われるようになったのよ」
ミーナが言う通りだ。だから男だらけの冒険者相手の道具屋にもノップの実は売られている。
「血の匂いを押さえておかないと、外では獣がやってきたりして危ないからね。そういう危険もあるから、止血は結構大事なんだよ」
匂いを隠すことは野外活動において重要だ。女性が冒険者になることは、体力面以外にもこういう問題があるのだ。
それにしてもちょっと子供っぽいと思ってたけれど、まだ身体は子供だったのか。いや、流石に人間ならもう子供ができてもおかしくないくらいには成長している。おっぱいだってちょっと膨らんでるし、体型はしっかり女の子だよ。
「あれ、まだ子供産めないって、それじゃ小鬼って」
ふと思った疑問をつい口にしてしまった。言った直後にしまったと思った。ミーナの顔が『この馬鹿』って訴えてる。
あわててミオソタのほうを見ると、俯いて黙ってしまっている。
「ご、ごめんっ!」
ぎゅっと後ろから抱きしめる。ミーナがあきれたようにため息をつく。あーほんと私の馬鹿!
「んー、結構知られていないことないけど、小鬼との子供が生まれるわけじゃないのよ」
ミーナが私とミオソタに、真面目な顔で語り始めた。
どういうことだろう。小鬼は人間の女を襲って孕ます魔物だ。狙われるのは決まって年頃の女性なのだ。
「小鬼ってね、あれ、見た目じゃわからないけど雄と雌、ちゃんといるのよ。雌が産んだ卵に雄が精液をかけて孵化させるのに、ある程度暖かくて湿り気のある場所がちょうどいいから女性のお腹が使われているだけなのよ。女性を使うのが一番効率がいいって学習しちゃったせいで襲われることが増えたみたいだけど、女性がいないなら男だって襲うわよ。だからね、あれは卵を産み付けられただけなの。大変だったとは思うけど、あまり重く考えすぎないでね」
小鬼ってそうだったのか。私も何匹も小鬼を倒してきたけどオスしかいないと思ってた。違いなんて気がついてなかったよ。
「だ、大丈夫です。ちょっと、お手洗い行ってきます」
抱きしめている私の手を払って、ミオソタは走って部屋を出ていった。
「もう、重く考えすぎないでって言ってもやっぱり重いよ。まだあれからそんなに日も経ってないんだから。それに、一緒に働いてた人、死んじゃったんだよ」
「なによ、ミリアが余計なこと言ったからでしょ」
「う、そうでした… ごめん」
ほんと迂闊だった。思い出させないようにって気をつけていたのに。
「それにね、自分が産んだ子供だと思ってしまい、その後大変なことになった人もいるのよ。自分の子供を助けに来た人に殺されたってね。だから、あれは卵を産み付けられただけで生殖行為なんかじゃない。そう考えてもらえれば、少しは割り切れるかと思ったのよ」
ミーナはミーナで考えてくれていたのか。そうだよね、ミオソタを私達で面倒みるように背中を押してくれたのはミーナだったよ。ミーナも助けたいと思っているんだ。大丈夫、私達うまくやっていけるよね。




