4:微痛の楽園
「ミーナ先輩! 聞いてくださいよ、ミリア先輩が!」
夕食後、私とミオソタが先にお風呂を終わらせて部屋に戻るやいなや、ミオソタがミーナに訴えた。
「立ったままする練習だって、お風呂でおしっこさせようとするんですよ!」
「最初のうちは失敗して服を濡らしちゃうんだよ。だから裸のときは練習するチャンスなんだよー」
「お風呂じゃそういうことしちゃ駄目なんです! マナーですよマナー!」
えらい剣幕だ。私達以外、他に客もいなかったからいいじゃない。
「はぁ、ミリア、ここは大陸とは違うんだから、こっちの習慣がそうならそれに合わせなさい」
私の意見が負けた。しかたがない。でもあんな広いところで致すのは開放感があって気持ちが良さそうなんだけどなぁ。
「それから、いくら私達しか泊り客がいないからって、寝間着で部屋の外をうろつくのは端ないわよ」
私とミオソタは簡素な膝丈くらいのワンピース姿だ。寝間着として使っている。確かにこれは男性には見られると恥ずかしい。
「そもそも、大陸ではするんですか、お風呂で」
ミオソタが私をじとっとした目で見る。
「割とするかな。大陸のお風呂ってのがね、そもそも小さい浴室とシャワーがあればいいくらいで、トイレもいっしょになってるとこも多いんだよ」
ちなみにトイレがない場合でも小のほうなら私はいっしょに済ませちゃう。おそらくみんなやっていることだ。
「大陸じゃ水は貴重なのよ。大きな浴槽があるのは、きれいな川の近くとか限られたとこだけね。私もこっちにきたとき、こんなに水を贅沢に使っててびっくりしたわ」
私も驚いた。大抵の宿屋には浴室があった。なくても近くに共同浴場が必ずといっていいほどある。ただ、朝はやっていないのに最初のうちは戸惑ったけど、寝る前の入浴は、慣れるとこれはこれで気持ちがいい。
「それじゃ、私もお風呂に行ってくるから。そうね、開脚、やりましょうか」
「あーそうだね、ちょうどお風呂で温まって身体もほぐれてるからやっちゃおう」
「なんですか、それ」
「脚を広げられるようにするのよ。私達冒険者は、身体の柔軟性が大事よ。とくに腰回りは運動性能に直結するの。筋力はなかなかすぐにはつかないけれど、柔軟性は日頃の努力で比較的楽に身につくわ。やっておかない理由はないわよ」
ミーナが説明する。それ、私が昔ミーナに言ったことそのまんまだ。
「あ、そうだ。ちょっとみてみて」
右脚をくいっと高く上げて手で掴む。いわゆるY字バランスというやつだ。ワンピースの寝間着のスカートが捲れて大事な部分が見えそうになるけど女同士だから気にしない。
「えっ、すごい!」
ミオソタが目を見開いて私を見る。どうだ、すごいだろ!
「というわけで、これくらいできるようになってもらうからねー。これから毎日寝る前に開脚するよ。大丈夫、私がサポートするから」
ふっふっふ、これから楽しみだ。
「まあすぐにできるようなものじゃないからゆっくりとね。ミリアもあまり無茶しないように。無理すると怪我しちゃうからね」
そういってミーナはお風呂へ行った。
「それじゃ、まずはベッドの上で、足を開いてみて」
ベッドの上で足を開いて座らせる。やっぱり最初はそんなに開かないか。
後ろからぐっと背中を押す。
「いいいいたたったたたったあああああ! 無理無理無理無理理理理! こんなの絶対無理です!」
おおう、思った以上にかっちかちだ。
「鬼人の身体はこんなのできるようにはできてないんですよ!」
そうかなぁ、骨格や筋肉の付き方は人間となにも変わらないように見えるんだけど。全身触りまわったから間違いないはずだ。
「ごめんごめん、今度はゆっくりやるから。ほれほれ、もう一度股を開いてー、背中は真っ直ぐねー、力抜いてー」
今度はもっとゆっくりと。ミオソタの背中に胸を押し付けて体重をじわっとかける。
「どや、きもちいいやろぉ」
「へっ、変なこといわないでくださいよ、先輩ったたたたたた! 痛っ!」
痛がってはいるものの、嫌がってはいないようだ。多分。
「それにしても硬すぎだよ。まずは全身もみほぐしたほうがいいかもしれないね」
手を縛られてずっと動けなくされていたのだ、あちこち固くなっているのは当然だ。マッサージもしてあげよう。
「じゃ、そこにうつ伏せになって」
「い、痛くしないでくださいよ」
「少し痛いくらいは我慢しなさい。大丈夫、私プロじゃないけどプロ並みには上手いから!」
足元から順に筋肉を触っていく。思っていたとおり硬い。
「うあっ、うひゃっ! ああああわっわあああ!」
「あーほんと全身硬いじゃない。あー、肩もばっきばきだよ」
優しく、ときに強く、全身をほぐしていく。冒険者にとってマッサージは大事だ。筋肉を酷使することは日常茶飯事。冒険から帰ったあとの体のケアができないのは三流だ。本職には及ばないものの、私はマッサージやストレッチは幼い頃からやってきたので結構自信がある。
「うあああああ、んんっ、んーーーーーっ!」
痛いけど気持ちがいい、絶妙な指の動きで全身を攻めほぐす。おしりや太ももは足を使ってぐりぐりと押す。押す度にかわいいうめき声が聞こえてくる。剣術使いの父から教わったマッサージの技術はこうして今でも役立っている。ありがとうお父さん。私が剣の道で冒険者になるといったときは、そんなことより整体師になったほうがいいんじゃないかとまわりの人達には言われたっけ。
それにしてもミオソタの肌はさらさらで触っていて気持ちがいい。一緒にお風呂も入ったし、こうしてスキンシップもとってるし、随分打ち解けてきてるんじゃない? 私達。
「よし、それじゃ座って、さっきよりはいけるはずだよ」
全身の筋肉もほぐれたことだしもう一度やってみる。座らせて、今度は両足の裏を合わせてもらい、後ろからゆっくりと両膝を押さえつける。そして背中に私の体を乗せて前に押す。
「あーーーーっ! いひひぃっひぃーー!」
最初よりは良くなった。無理には押さない。痛気持ちいいくらいでやめておく。筋を痛めるとかえって固くなってしまうからね。うんうん、ミーナも最初はこんな感じだったなぁ。大丈夫、この痛みは身体が固い今しか味わえないものなのだよ、存分に堪能したまえ。
「おー、やってるやってる。あんまり激しいと汗かいちゃうわよ? せっかくお風呂入ったのに」
ミーナが戻ってきた。湯上がりで髪がまだ濡れている。ミーナの髪は長いので、乾かすのが大変だ。冒険には邪魔だけど、切ると親が泣いて悲しむだろうからと長い髪を保っている。女性の長い髪は美人の証なんて言われているから仕方がない。
「この雨季ってのはやっかいね。髪の毛乾くかしら」
ミーナの使っているタオルは高級品だ。貴族向けだからというわけでなく、遺跡で発見された謎の遺物で、吸水性が良く乾きも早い。
「ああんっ! ミーナ先輩ぃぃ、これ本当に合ってるんですか? ご、拷問の類じゃないんですか?」
私の胸プレスにかわいいうめき声をあげながらミオソタが訴える。
「誰だって最初はそんなものよ。ちゃんと毎日続けてたら柔らかくなるし、姿勢が良くなるし、疲れにくくなるわよ、あ、そうそう、血行が良くなって太りにくくもなるわよ」
ミーナがにっこりと微笑んで言う。ミーナの体型にはたしかに説得力があるように思えるけれど、私が協力して開脚できるようになる前からスタイルがいいのだ。
「つ、続けます! お願いしますっ!」
ミーナの身体に騙されたのか、ミオソタはころっと態度を変えた。もっと私のことも信用して欲しいなぁ。私はさらに体重を乗せ、かわいい悲鳴を楽しんだ。




