2:ちいさな冒険者
その日の夜、夕食後に冒険者ギルドへ向かった。ギルドには支部長さんがひとり残って書類に目を通していた。
「おう来たか。ま、そこに座りな。豆茶を入れてあるから好きに飲んでくれ」
支部長さんは私達が来るのを知っていたかのような素振りで迎えてくれた。
「ねぇミーナ、なんでこんな時間にしたの? 昼でもよかったじゃない」
今日はブーツを注文したあといくつか店を廻ったけれど、これといったものがなく早々に宿屋へ引き上げていた。まだ明るい時間にギルドに行くことも出来たはずだ。
「ああ、俺が夜にしてくれって言ったんだ。で、そこの子が助けた鬼人かい」
ミオソタがびくりと身体を震わせる。
「まぁそんなに構えるな。鬼人だからといってどうこうするつもりはないよ。で、なんかわかったことはあるか?」
「やっぱり小鬼を増やして頭を回収していたみたいです。例の高値で買い取っているっていう商人が怪しいかもしれないけど。それと、捕まっていたのは貴族の館で働いていたメイドで、貴族がいなくなったところで新しい仕事先として紹介されたところに行って捕まったそうです。おそらく最初からあれが目的だったみたいです。残念ながら紹介人についてはなにも手がかりがなさそうです」
ミーナが答える。
「そうか、例の小屋に証拠になりそうなものも残ってないかもしれんな。嬢ちゃんと一緒に捕まっていたのも鬼人だったのか?」
「いえ、二人は人間です。私と同じで身寄りのない方々でした」
答えながら、ミオソタの表情が暗くなる。
「とくに鬼人を狙ってたってわけでもなさそうか。となるとやはり小鬼の頭か。うーん、あの商人が怪しいが、それはギルドの仕事じゃないからな。まぁその小屋については調査しよう。亡くなった二人の遺体もちゃんと供養してやらんとな」
支部長さんはマグカップの豆茶を一気に飲み干し大きなため息をついた。
「それで、その子をどうするか決めたのか?」
「はい! 私達と一緒に冒険者をやります。大陸に連れていきます!」
暗い雰囲気を吹き飛ばすように、私は元気に答える。
「そうか、俺の知り合いの鬼人んとこを紹介しようかと思っていたが、嬢ちゃん、あんた貴族んとこで働いていたのか。それを聞いたらちょっと勧められんな。あいつんとこは結構重労働だ。だが冒険者も楽じゃないだろう。どっちも体力勝負だぞ」
「そこはまぁ、鍛えるから!」
支部長さんに親指を立てて答える。
「あ、はい! がんばります!」
ミオソタも元気に答える。
「そうか、じゃあとっとと冒険者証を作っちまうぞ。鬼人に登録書を発行するなとは言われちゃいないが、いつ禁止されるかわからんからな」
支部長さんが書類を持ってきて机に置く。
「なに、書いてもらうのは名前と性別、あと年齢くらいだ。字は書けるだろ?」
ミオソタは用意されたペンを正しく持って書いていく。貴族の元で働いていただけあってきれいな字だ。年齢は…え、私たちと二つしか変わらないのか。もうちょっと下かと思ってた。しっかり成人している年齢だ。
「それから、手数料小金貨一枚な」
「う、はい…」
お金がかかるときいて、ミオソタが心配そうにミーナの方を見る。
ミーナが代わりに小金貨を一枚机の上に置く。そしてしっかり貸した分をメモ帳につけている。
「もう支部長さーん、この子お金持ってないんだよ、少しはサービスしてやってよぉ。あ、そうだ、冒険者紹介キャンペーンとかどう? 私達に紹介料をプレゼント、とか!」
「手数料はギルドの決まりだ、勝手にまけてやるわけにはいかんのだよ」
支部長さんが肩をすくめる。
「あ、だがまぁ、そういうことならこっちに来な」
何かを思い出したのか支部長さんは席を立ち部屋を出る。私達も後に続いた。
案内された部屋は埃とカビの匂いが漂っていた。そしてそこには武器や防具が無造作に置かれていた。
「ギルドで引き取ったやつだ、どれでも好きなだけ持っていっていいぞ」
どうやらここは保管庫のようだ。
「いやこれ、状態悪すぎじゃないですか」
部屋にあったのは刃こぼれがひどい剣やがたがきている盾、革の防具も手入れがされてなくて固くなったり縫い目がほつれているものばかりだ。
「まあな、そんなわけで買い取り手もつかなくてこうして残ってるってわけだ。だが掘り出し物もあるかもしれんぞ」
「一応見てみましょうか。大きい武器はいらないわね。ナイフとあと収納袋とかあるといいんだけど」
ミーナが乱雑に置かれた布の山に向かう。ミオソタも一緒に山の中から使えそうな袋を探している。
「あーそうだ支部長さん。鬼人は危険だって聞いたんだけど、実際どうなんです?」
刃物類が入った木箱をめぼしいものがないか漁りながら訪ねてみた。
「あー、別に鬼人だから危ないってことはないさ。人間の中にも悪いやつはいっぱいいる。ただ鬼人の中には人間を恨んでいるやつもいるし、人間にも鬼人を恨んでいるやつがいる。今では少し落ち着いたが、昔は対立が激しかったからな。このギルドにも鬼人が嫌いな職員がいる。身内を鬼人に殺されてるんだ。だから夜に来てくれって言っておいたんだ。この時間なら俺しか残ってないからな」
とりあえず、すべての人が鬼人を憎み迫害しているわけじゃなさそうだとわかって安心した。ペロテラがとても嫌っていたのを思い出す。彼女も過去に鬼人となにかあったのだろうか。
「そもそも鬼人って何なんですか?」
中古のダガーやナイフを状態別に振り分けながら支部長さんに訪ねた。なお、今のところろくなものが出てこない。手入れも悪くサビが浮いているものばかりだ。
「大昔の戦争のとき、兵隊にする魔獣をいろいろ研究してたらしいんだが、そのうちの一つでな。大鬼の力を持つ兵士ってことで作られたんだが、鬼人が育って使えるようになる前に戦争が終わっちまったんだ」
支部長さんもゴミの山の中から使えそうなものを探してくれながら答える。もしかして私達、体よく大掃除を手伝わされているんじゃないだろうかと思えてきた。
「そういえば、大鬼と人間をかけ合わせたものって聞いたけど、本当にそんなことできるのかしら? 魔獣に関する文献は結構読んでるつもりだけど、そんな話は今まで聞いたことがなかったわ。実に興味深いわ」
そういえばそんなことをペロテラが言ってたっけ。
「さあなぁ、ただ、あの戦争のとき、魔獣に関する研究がいろいろされていたって話だ。勇者が倒した魔王ってのがそもそも、研究所で作られた魔獣なんだしな」
「え!? 魔王が現れて人間を支配したんじゃなかったんですか?」
「あー、ありゃ作り話だ。この国はな、昔から魔獣を使って物運ばせたりしてたんだが、戦争になってからは大陸に魔獣を送り込んで戦ってたんだ。そのせいで魔物の国だなんだといわれるようになっただけってことだ。今じゃこのあたりでも作り話のほうを信じてる奴のほうが多いがな」
びっくりだ。私の知ってる魔獣戦争の話と違う。異界からの侵略者、魔王軍と人類の戦いだと思っていたのが根本から違っていた。
「戦争が終わった後、管理しきれなくなった魔獣が暴れだし、国中めちゃくちゃになったんだ。未だに復興が遅れているのはそのせいだと言われている。んで、魔獣を退治し人が住める土地を取り戻したんだが、そんとき鬼人も排除しようとしたせいで、人間との溝ができちまった。戦争のために作られた怪物を恐れていたんだろうが、鬼人を味方につけていればこの国の復興はもっと早く進んでいたんだろうがなぁ。戦争が終わってからもう二百年も経つのに情けない話だよ」
現実は、勇者が魔王を倒したのではなく、しかも倒してそれでハッピーエンドではなかったのだ。
「まあなんだ、人の多いところで鬼人の話はやめておいたほうがいい。今では鬼人を嫌う奴は減ってはいるがまだ多い。この街は比較的少ないがよその町、とくに田舎は気をつけろ。それから復興軍には近づくな。あいつらは鬼人を人とは認めないって立場だ。それと、鬼人のほうも人間を敵視している奴は結構いるから気をつけろ」
人間と鬼人の対立は弱まってはいるものの、お互いを受け入れるまでにはなっていなさそうだ。ミオソタが働いていたお貴族様の屋敷はやはり特殊な例だったようだ。
それから暫く沈黙が続いた。黙々とガラクタの山から使えそうなものを仕分けする。ガラクタの山がまるっとひとつゴミの山に変わるだけの作業をやりながら考えた。
私達もまだまだこれからこの国で生きていかなければいけない。ミオソタと一緒にいるのだから、これまで以上にこちらの人々の言動には気をつけなきゃと思った。彼女のためにもはやく故郷へ帰る道をみつけなきゃ。
「お、これなんてどうだ? まだまだ十分つかえるぞ」
支部長さんがバックパックをゴミの山から引っ張り出して見せる。ちょっとサイズが小さいために不要になったのだろうか。他のゴミと比べると随分と状態がいい。
「いいじゃない、むしろそれくらいの大きさのほうが身体に合ってるわ」
ミーナも同意する。
「こっちはこれとこれ」
ミーナは古着をいくつかみつけたようだがサイズもなにも合ってないようにみえる。
「このジャケットをね、裁断して縫い合わせてズボンにするのよ」
そのまま使えなくても材料にするのか。女性向けのズボン自体がめったにないのでついに自分で作ることを決意したようだ。ミーナは手先が器用で裁縫もある程度できる。これまでも男性向けの装備をアレンジして私達が使いやすいようにしてくれているおかげで助かっているのだ。
最終的に、バックパックとズボン用の素材にする服を何着かと、仕立て直せば着れそうな厚手の布の服を貰うことにした。ナイフは満足なものがなく、これならちゃんとしたものを買ったほうがいいし、革製品はちゃんと手入れされてなく、もはやゴミ同然だった。
一応お礼を言って冒険者ギルドを出ると、しとしとと雨が降っていた。
「そろそろ雨季ですね。これからひと月くらいはずっと雨が続きますよ」
ミオソタが言う。ミーナがとても嫌な顔をする。魔術師にとって、雨はあまりいいものではないのだ。
大陸には雨季がない。毎日雨降りだなんてどんな感じなのだろう。私達はこっちの気候には詳しくない。ミオソタの知識がこれから私達の旅の役に立つといいな、なんて思いながら、暗い夜道を雨に打たれながら宿屋に帰った。




