1:素足の季節
翌日、早速ミオソタの装備を整える。
朝一で古着屋で適当な普段着を私が買ってきた。私の服ではかなりだぼだぼして外を歩けるような状態じゃないし、替えに余裕もない。
飾り気のない膝下丈のワンピースに、靴はこのあたりでは一般的な草を編んだサンダルを履いてもらい、三人で冒険者向けの店が並ぶ通りへとやってきた。
「何から買う?」
「まずは外套ね、フード付きのやつ。あまり顔を見られないほうがいいわ」
この街でも鬼人っぽい人をみかけないこともない。街のすみっこのほうで鬼人同士集まって、どうにか居場所を確保しているようだ。これまでとくに気にしなかった鬼人と人との間の壁みたいなのがわかるようになると、とたんにこの街が息苦しく感じるようになった。
ミオソタが鬼人だとわかるとなにかと面倒なことになりそうなのはわかる。ということで最初に古着屋に行き、まずは顔を隠せるものを購入した。
この古着屋、私が今朝行ったお店で、良さそうなのをみつけておいたので買い物はすぐに済んだ。防水加工もしてある薄い革製のゆったりめの貫頭衣、いわゆるポンチョというもので、ミオソタが着れば膝が隠れるくらいの丈だ。もう少し大きめなら私も欲しかったかなってくらい状態が良く、これはお買い得だ。お値段は中古でも結構したけれど、この先ずっと使うならこれくらいは持っていたほうがいい。ズボンも欲しかったけどちょうどいいサイズがなかった。そもそも女性用はめったになく、男性用だとサイズはよくてもおしりのあたりがしっくりしないのだ。あとは男物のサイズが合うチュニックがあったのでそれも購入した。女性向けの服はゆったりしすぎて冒険には向いていないのだ。
次に向かったのは革靴を扱う店だ。
店の入り口には『クエロ革靴工房』の看板がある。既製品を扱ういわゆる防具屋ではなく、客の足に合わせて作ってくれる受注生産のお店だ。
「あの、結構するんですね」
店に並んだ見本品と値札をみてミオソタはびっくりしている。
「ひとりひとりに合わせて作ってるからね。私達は毎日歩くから、ブーツはちゃんと合うものを使わないとすぐ足が痛くなっちゃうんだよ。というわけで、この子に合うブーツを作ってもらいたいんですけどー!」
店の奥にいるお兄さんに声をかける。茶髪のぼさぼさ頭に無精髭、ちょっと歳をとっている感じもするけど、おじさんというのはまだ早いってくらいの男性だ。
「なんだ、冷やかしじゃなかったか。そっちの子供用か? 先に言っておくが、小さいからと言って安くはならないぞ。むしろ加工は小さいほうが面倒なんだから」
もちろんそんなことは百も承知だ。私もよく同じことを言われた。女性向けはそもそも作られていないからどうしてもお金がかかる。既製品で済ませられる男の冒険者がうらやましいよ。
「そうだな、とりあえずこういうのでどうだ?」
お兄さんが棚に並べている見本品を持ってきた。
「これは柔らかめの革を使っているので歩きやすい。軽いから疲れにくく旅人にはこれがお勧めだな」
棚に並んでいたブーツは旅商人が好んで履くブーツだ。旅人の靴なんて呼ばれるもので、歩くことに重点を置いた靴だ。商人の護衛を好んで受ける冒険者にも人気だ。なにより値段も手頃で買い替えがしやすい。
しかしさすがはオーダーメイドの店だけあって、その値札の金額は既製品より数倍高い。
「うーん、それも悪くはないんだけど、私と同じようなのがいいかな」
左足を一歩、お兄さんの方へ出す。道を歩くだけならさっきのブーツで問題ない。見本の品質も良かった。しかし私達が求めるのは、道がないところでも、悪天候でも使えるブーツだ。
私のブーツを見たお兄さんの目つきが変わった。
「これは旅人用というより冒険者用のブーツだな。なんだ、あんたら冒険者なのか? この子のも同じタイプがいいのか? 冒険者には見えないけど」
私のブーツは冒険者向けのブーツの中でも膝丈まであるちょっと長めのタイプだ。深めの水たまりでも水が入ってきにくいように革の選び方や継ぎ目に工夫がされているところがこだわりなのだ。
「これからデビューするのよ。だからちゃんとしたものが欲しいの」
ミーナのブーツも私と同じだ。二人でこれまでいろんなブーツを試してみて、今のものに落ち着いたのだ。
お兄さんはミーナのブーツもまじまじと見ている。
「冒険者用ってことなら、見て欲しいものがある」
お兄さんは一旦奥に引っ込み、一足のブーツをかかえて戻ってきた。さきほどの旅人向けとは違い、丈も長くちょっとごつごつしている。
「山道や戦闘も考えてデザインしたんだ。厚さの割に軽くて丈夫な革を使っているから見た目より重くない。膝当ても付いているから膝をついても痛くならない。全体的に硬い革を使って防御力を上げているけど、足首は動かしやすいようにしているから走りやすいぞ。もちろんちょっとした水場でもすぐには染みてこない。ただし値段はさっきの倍はする。成長して買い換えることも考えておいたほうがいいぞ。小さいサイズは需要がないから買い取りも期待できないからな」
「ちなみにおいくらで?」
「さっきの旅人向けで小金貨八枚、これは二十三枚だ」
普通にひと月楽に暮らせるくらいの金額だ。私が今履いているブーツより高い。
「うーん、後から見せてもらったもののほうが良さそうですけど、先輩方から見てどうですか?」
「そうね、気になるところにちゃんと補強も入ってる。これからのことも考えると断然こっちがお勧めね」
「場所によって革の種類も使い分けてる。縫い目の処理も丁寧だしこれなら濡れても安心かな。それにデザインも悪くない」
私とミーナでブーツを手に取り細かいところまで確認した。私達からみても職人のこだわりを感じさせる良い品だ。私が注文したいくらいだ。ここの職人さん、腕は確かだね。
「わかりました。買います! お願いします! 作ってください!」
「おい、本当にこの値段でいいのか? 俺が言うのもなんだが、安い買い物じゃないんだぞ?」
「この見本品、いい出来だと思うから期待してるわ」
「そうそう、これだけ手間がかかってるものならこの値段でも納得だよ」
私達は大陸で『星付き』の冒険者。装備の良し悪しの判断もそれなりにできて当然なのだ。この店は大丈夫『大当たり』だ。
ちなみに代金はミーナが立て替える。これからミオソタにはしっかり働いて返してもらうのだ。
「そこまで言ってくれるんじゃ、俺も気合入れて仕事させてもらうよ。このへんの冒険者はこういったちゃんとしたのを買ってくれないから嬉しいね。しかもすぐ値切ってくる。これも値段を言うと高すぎるって怒り出す奴がいるから引っ込めていたんだ。お前ら話のわかる奴で嬉しいよ」
おお、この見本お兄さんが作ったのか。ただの店番かと思ってたけど職人さんだったとは。
「なるべく早く、でも手を抜かないでお願いね。あと、この子の足に合う厚手の靴下もあったら見繕ってほしいんだけど」
靴と靴下はきってもきれない関係だ。冒険用のブーツは硬いので、クッションとなる厚手の靴下が必要となる。
「ちょうど仕事が一息ついたところだから時間はあるぜ。靴下はサービスしてやるよ。ちょうど毛糸のいいのがあるからそれで作らせる」
おお、これは助かる。普通の服屋ではなかなか扱っていないので探す手間が省けた。
「それと、もうひとつお願いがあるんだけど」
ミーナがにっこり笑う。この顔は、なにか面倒なことを言うときの顔だ。
「私達のブーツと同じように、ここにこう、革の帯を縫い付けてほしいの」
ミーナが自分のブーツをお兄さんに見せる。
一見なんの意味もないような、1cm幅ほどの長い革の帯がブーツ全体に巻き付くように縫い付けられている。革の表面にはうっすらと青白い紋様が見える。
「なんだこれは、装飾か?」
「これね、魔法の紋様が仕込んであるのよ。魔法をかけるとき、これがあると便利なの」
お兄さんはじっとミーナのブーツを観察する。
「魔法って、あんた魔法が使えるのか。今までいろいろ注文を受けてきたけど、こんなのは初めてだ。そうか、冒険者の防具にはこういう加工も必要になってくるのか」
いやぁ、こんなことしてるの私達だけだと思うけどね。
「それで、できそうかしら」
「縫い合わせや金具の邪魔にならないようにしないといけないな。これはあんたのと同じ配置じゃないといけないのか? あとこの紋様、うちじゃこんなの作れないぞ」
「場所はこの通りでなくていいの。これは後付けしたからこんなふうになっちゃってるけど、もっときれいにできればあまり目立たないほうがいいわね。紋様はこちらで加工するから革帯をつけてもらえればいいわ。縫い付けた部分に紋様を入れるから、そのあと最後の仕上げをしてもらいたいの」
ミーナがお兄さんと術式紋様の革帯をブーツにどう這わせるかを話し合いはじめた。なにやらデザインと機能性がどうとかで意見を出し合っている。
ミーナが魔法に関することに熱中し始めると長い。今回は装備に関する大事なことなので邪魔しないようにと二人から離れた。
二人の話が終わるまで、ミオソタと店内を見て回ると、同じ形のブーツがたくさん積み重ねられているのが目に止まった。デザインはシンプルで、いかにも量産品といった感じで、オーダーメイド専門のこの店には不似合いな印象がした。
「待たせたな。んじゃ、採寸するからそこに腰掛けて」
お兄さんが椅子を用意する。大人でもちょっと高めの椅子に、ミオソタが恐る恐る腰掛ける。
「はい、足をここに乗せて、それからもうちょっと脚、見せて」
ミオソタには椅子が高すぎて、足置きにつま先がかろうじて届くくらいだった。
「ちょっと椅子が高いか、まぁ我慢してくれ。膝も見せてくれ」
お兄さんが外套の裾をあげるように促す。
ミオソタは一瞬ためらったがゆっくりと外套と、その下のワンピースのスカートを太ももまでたくし上げる。
「ズボンを先に買いにいくべきだったわねぇ」
ミーナの顔が気まずそうな表情になる。女性の脚は、気安く異性に見せちゃいけないセクシーゾーンなのだ。
「えっ? あ、女の子?」
お兄さん、少年と思っていたらしくびっくりしている。外套でよくわからなかったんだろうけど中身は女の子です。ミオソタの脚には傷一つない。私も初めて見たときは、ちょっとどきっとしちゃったくらいきれいな脚だ。
「だ、大丈夫ですっ。ちゃんと測ってください」
「お、おう」
お兄さん、一度深呼吸し動揺を押さえ、跪いて採寸をはじめる。
「ちょっと、触るよ」
足の長さ、高さ、幅、足首、脹脛と、次々と巻き尺で計っていく。
「ひゃっ!」
お兄さんの手が太ももに当たる。
「わっ! す、すまんっ!」
お兄さんもミオソタも顔真っ赤だ。
スカートの中が見えないように股の間をしっかり押さえるミオソタと、目のやり場に困りながら作業するお兄さん。そういえば下着は買ってなかったから今、履いてないのか。そりゃ必死になるね。
「よし、終わったぞ。久しぶりに楽しい仕事になりそうだ。ずっとつまらない仕事ばかりで飽き飽きしてたんだ」
「どれくらいかかるかしら」
ミーナの問いに、お兄さんは顔を一瞬上げたがすぐに下を向く。
「あ、一週間、いや三日後にまた来てくれ、紋様の位置とか確認もしてほしいし、履き心地とか細かい調整もしたい。いいものに仕上げるから」
お兄さんは立ち上がらず、しゃがんだままの姿勢で返した。
「それでは、宜しくお願いします」
ミオソタが椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ああ、んじゃもう行ってくれ、すぐに作業にとりかかるから。あと次はちゃんとズボンを履いてきてくれよ」
お兄さん、私達が店から出るまで手を降って見送ってくれたけど、なぜかずっとしゃがんだままだった。




