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8:夢見る少女じゃいられない

 少女を背負い、急いで街へ戻った頃にはかなり日が傾いていた。

 ギルドへの報告はミーナにまかせ、私は宿屋に戻り、少女の世話をした。ポーションを飲ませ、体を隅々まできれいに洗い、私のシャツを着せた。少女には少し大きかったようだけど、他に着せられるものがない。ルトのポーションはとても良く効いたようで、少女の顔色はすぐに良くなった。

 今は部屋のベッドの上で温かいスープを食べてもらっている。宿屋のおばさんが作ったミナコ貝という二枚貝のクリームシチューだ。私もいっしょに頂いたのだけど、大陸では滅多に味わうことのなかった海の味は新鮮で強烈だった。


「戻ったよー、思ってたより遅くなっちゃった」

 ミーナが戻ってきた。時刻はもう日が暮れてしばらく経っている。

「おつかれー、あーごめん、先にご飯食べてるー」

「いいよいいよ。あら、美味しそうね、私も頂こうかしら」

 私達が食べているシチューを見てミーナが言う。

「今日のお勧めだって。まだ残ってるといいけど」

 ここの宿屋は食事も出してくれる。しかも美味しい。


「あ、あのっ! 助けていただき、ありがとうございます!」

 少女が礼を言おうとベッドから出ようとする。私は少女を押さえ、そのまま座らせた。

 この子はどうも礼儀正しい。ちゃんと躾けられている。そのへんの街の人というよりもっといいとこのお嬢さんといった感じさえする。


「髪、切ったんだ」

「汚れがどうしても取れなくてねー」

 少女の長い黒髪は、汚物がくっついて固まっていてどうしても取れなかったので切らせてもらった。かなり短くなってしまい、遠目だと男の子のように見える。

「ちょっとなにか食べるもの貰ってくるから、その前に確認したいんだけど」

 ミーナが少女の目を真っ直ぐ見て言う。

「あなた、鬼人(ガラビト)よね?」

 少女の瞳は赤かった。


 最初に気がついたのは街へ戻る途中だった。ペロテラが騒ぎ出したのだ。

 それまでは少女に興味を持っていなかったのに、瞳が赤いことに気がついてからは大変だった。どうにかペロテラを(なだ)めながら街まで帰ってきたけれど、そいつは今すぐ殺すべきだと喚き、すごい形相でずっと少女を睨みつけていた。別れ際に、あの小屋にはもう近づかないほうがいいと忠告しておいたのだけど、ちゃんと聞いていただろうか。


「はい、そうです」

 少女が視線を逸らすように俯いて答える。

「あー別に悪いようにはしないから安心して。んじゃちょっと行ってくる」

 ミーナが部屋を出る。

 いや、ちょっと待ってよミーナ、私を残して出ていかないで。ここからどう会話を繋げっていうんですか!

 少女の表情は暗い。


「あ、あのさ、私達大陸からきたの、わかるかなアスリマ大陸! んでこっちのことよくわからないんだよ鬼人(ガラビト)がどうとかってだからべつにね! なんかこっちの人たち鬼人(ガラビト)が嫌いみたいだけど私達はそういうのとくにないから!」

 ついつい早口になってしまう。

「そうですか、ちょっと安心しました」

 少女が笑顔を見せてくれた。しかし、どうしよう、何を話していいものか。あんなことになっていたのだ、体も心配だし心の傷も心配だ。へたに触れると壊れてしまいそうな、そんな儚さを感じさせるこの少女に、どのように接したらいいんだ!



 しばらくの沈黙の後、ばーんと扉が開いた。

「ちょっとなにこのスープ美味しい! この貝!? この貝のせいなの!? すっごい美味しい味が出てる!」

 ミーナが鍋を手に戻ってきた。ミナコ貝のシチューはミーナも気に入ったようだ。それにしても鍋ごともらってきたんかい!

「ちょっとミーナ、はしたないよ」

 鍋を小脇に抱えたまま、直接スプーンでスープを食べるミーナを見ると、本当に貴族令嬢なのか疑わしくなる。

「なによ、おかわり欲しいんじゃないかと思ってもらってきてやったのにー」

 だったら直接食べるのはやめていただきたい。

「はい、今はミナコ貝の旬の時期ですので、実入りが良く旨味も増しています。このあたりの特産品なんです」

 少女が答える。この子、料理とか詳しそうなのかな?


「あなた、随分と言葉遣いが丁寧なのね」

 確かにそうだ。下町の人間の話し言葉のような、荒っぽい感じが一切ない。ちょっといいとこのお嬢様って感じがする。

「あ、はい。お貴族様のお屋敷でメイドとして働かせていただいておりましたから」

 なるほど、そういうことか。そういえば発音なんかも大陸のものだ。こちらのなまりを感じさせない。大陸の貴族の元で働いていただけのことはある。こちらにきてずっと現地の人の言葉の抑揚に違和感があったので、なんだかほっとする。

 でも鬼人(ガラビト)を雇う貴族がいたんだ。たしかに私達大陸出身者は鬼人(ガラビト)に忌避感はないけれど、貴族にもそういう人がいたことはちょっと嬉しく思えた。

 私には鬼人(ガラビト)だからといってすべて悪いものとは思いたくない。大陸でも出身や身分で差別されるのは嫌というほど見てきている。私はその人をちゃんと見て判断したいと思っている。


「さて、んじゃぁ本題に入るわね」

 ミーナが鍋をテーブルに置き、真剣な表情になる。

「ざっくりいうと二つね。ひとつはあの小屋のこと、もうひとつはこれからどうするかってことね」

 やはりあの小屋の話題は避けては通れないか。少女の表情が沈む。

「どうしてあそこに閉じ込められていたの? 知っていることがあれば教えて欲しいの」

 ミーナが問う。


 暫くの沈黙の後、少女が口を開いた。

「私達、お貴族様のお屋敷でメイドとして働いていました。少し前にお貴族様が大陸にお帰りになられ、働き口がなくなるところでした。そこにある商家で仕事があるとの話があり、三人で向かったのですが、縛られて無理やりあの場所に連れて行かれました」

「あの場所、誰か来なかった? 何か喋っていたこととか何でもいいから覚えてないかしら?」

「男の人が数人、何度かやってきていたかと思います。暗くてよく見えませんでしたが、小鬼(コオニ)を殺して持っていっているようでした。毎回ものすごい小鬼(コオニ)の悲鳴が聞こえていましたから。それから、そうですね、私には、もっと産んで増やせよと…」

「あっ! もういい! それは、それ以上言わなくていい!」

 私はつい大きな声を出してしまった。そして少女をぎゅっと抱きしめる。聞きたくないし、思い出させたくなかった。

「ミーナ、もういいでしょ?」

「ええ… まぁ何か思い出したら教えて頂戴」

 ミーナはあの惨状を直接見てないから平気かもしれないけど、私はあの光景を思い出してしまう。私が少女に思い出させたくないというよりも、私自身が思い出したくないのかもしれない。


「頭をとるために小鬼(テル=ロル)を増やしていた可能性が高いわね」

 ミーナがなにやら考え込んでいる。

「まさか小鬼(テル=ロル)の頭を買い取るって商人が犯人?」

「そうと決まったわけじゃないわよ。高価買取する店に売るために養殖はじめた別の人の可能性もあるわよ。それよりどうして頭を… 角が目的かしら」

 かなり怪しそうだと思うけど、決めつけはよくない。とりあえず小鬼(テル=ロル)の頭を買い取るという商人については用心しておいたほうが良さそうだ。

 角については私にはわからない。そのへんの考察は、ミーナに任せるしかないか。


「んじゃ、ギルドにはそんな感じで報告することにするね。あとでペロテラに会ったら気をつけるように言っておかなきゃね」

 そういえばペロテラはどうしたんだろう。戦利品は各自持ち帰ったものを自由にってことにしたので早速換金しに行ったのだろうか。


「さて、それでは次の話ね。あ、ちょっと冷めちゃったじゃない」

 ミーナが鍋からスープをよそい、食べ始める。ミーナの出身国は私と違い海産物を結構食べるほうなので、こちらの海鮮料理もきっと気に入ったのだろう。大陸で冒険している間も、内陸が中心だったためミーナはいつも海の幸に飢えていたっけ。

「えっとね、で、あなたの今後のことなんだけど、どうする?」

 少女の表情が固くなる。どうすると言われても、身寄りもなさそうだし私達にもこれといったあてもない。

「大陸のほうじゃこういうとき神殿に入るってのが一般的なんだけど、こっちにそういうのないみたいだし。あとは、鬼人(ガラビト)のコミュニティかなにかを見つけて入れてもらうくらいかしら」

 小鬼(テル=ロル)から助けられた女性は、世間から哀れみと蔑みの目で見られる。大陸では大抵神殿に入り巫女として働くことが多いのだが、ミーナの言う通りこちらにはその神殿自体がない。私の出身はまさにその神を布教する国なのだけど、こっちの国には教えは広がってなさそうだ。そりゃここは二百年前に、その神の名のもとに送り込まれた勇者に攻め入られて負けた国なのでなかなか難しいのだろう。ちなみに私は所詮平民なのでどのみち神殿にはあまり縁がないし信仰心も薄っぺらだ。

「私がいた集落は、私が小さい頃になくなりました。それからずっとお貴族様の元で働いていましたので、今更鬼人(ガラビト)の生活に戻れと言われても正直ちょっと…。かといって、人間の街で私を受け入れてくれそうな場所も、難しそうですよね」

 お貴族様が本国に戻った影響で大変なことになっているのは私達だけじゃなかった。この子はこれからどうやって生きていけばいいのだろう。貴族の元で働いた知識や経験を活かせる働き口があるといいんだけど。

「ギルドでそういう仕事の斡旋とか流石にしてなさそうだよねぇ、私達が雇うってのも無理だよねぇミーナ、それに今はいいけどずっといるわけじゃないし」

「そうねぇ、私達の目標は、大陸に帰ることだものね」

 助けてあげられるものなら助けてあげたい。しかし私達もどちらかというと今、助けてもらいたい状況なのだ。どうにかして故郷に帰るのだ。

 うーんと腕を組んで考える。ミーナは相変わらずスープを美味しそうに食べている。少しは考えてよ。



「あの、お二人は大陸から来られた方なのですよね? 私も大陸に行くことはできないでしょうか」

 少女が沈黙を破った。真っ直ぐこちらを見つめる。真剣な眼差しだ。

「私、音楽家になりたいんです!」

 え、大陸と音楽家が結びつかない。

「音楽家って、吟遊詩人とかそういうやつ?」

「いえ、もっと複数の楽器を使ったもので、お貴族様に何度も聞かせ頂いたのですが、これまでに聴いたことのない音楽で、とても感動したんです」

 お貴族様が聴くような音楽というと、荘厳な神殿音楽だろうか、それとも管楽器や弦楽器を使った宮廷音楽だろうか。それならこっちじゃ無理そうだ。この島に来てから耳にした音楽といえば、街の広場や酒場で物語を弾き語る吟遊詩人くらいだ。大陸では聞かないような曲や物語を歌っていたりもするので面白いけれど、音楽としてはちょっと私の趣味には合わないものが多かったかな。

「聞かせてもらってたって、こっちに楽団まで連れてきてたのかしら」

 上級貴族ともなると、お抱えの楽師や楽団を持っているとこもある。しかし大陸からしたらこんな辺境の地まで連れてくるものだろうか。


「楽団は昔はいたそうですが、大陸に戻したと聞きました。私が聴かせていただいたのは音がする魔法の箱です。大きな箱を左右に並べてそこから音が出るんです。まるですぐそばで演奏されているような素敵な音でした」

「へぇ、その箱、興味深いわね」

 やばい、ミーナが魔道具に食いついた。

「音楽家ってことは演奏したり作曲したりだよね。正直大陸に行けばすぐになれるって仕事じゃないよ? 楽器もいるし、どっちかというと裕福な家の出じゃないと難しいと思う」

 ミリアの話が余計な方向に脱線する前に口をはさむ。

「あら、ミリアったら人の夢を否定するの?」

「そ、そういうわけじゃないよ! 『人の夢を笑う奴に冒険者の資格は無い!』だよ!」

 これは私の座右の銘。私がまだ駆け出し冒険者だった頃、先輩冒険者から聞いた『冒険者の掟』みたいなものだ。このシリーズ、いろいろあるんだけれど、その中でも一番好きな言葉だ。だけど本当に音楽はまだ庶民のものではないのだ。


「その箱は『音繭』ね。音を記録できる魔道具はいくつかあるんだけど、おそらく長時間の曲をいい音で記録できる高機能モデルよ。ただ大陸の貴族にはほとんど売れてないわ。音楽が聞きたければ楽師を呼ぶなりすればいいんだから。それにしても僻地に派遣されたお貴族様への需要は盲点だったわ」

「もう、ミーナ、今は魔道具のことはいいでしょ」

「あらごめんなさい。私も開発に関わっていたからついね」

 ミーナの脱線は早めに戻さないと大変だ。話がちっとも進まなくなる。

「あ、そうだわ、だったら冒険者になるのはどうかしら」

 ミーナがやけにあっさりと言う。

「え? なりたいのは音楽家だよ? どうして冒険者なの?」

「まずは大陸に行きたいんでしょ? だったら許可が必要よ。冒険者ならランクを上げれば海外へ出る資格が得られるわ。他の仕事で大陸行きの資格をつかむよりは近道じゃないかしら。もしかしたらランクに関係なく私達と一緒に大陸に行く方法がみつかるかもしれないしね。それにお金も稼がなくっちゃね。冒険者なら一攫千金も狙えるわ。実際自分のお店の開業資金を稼ぐためとかそんな理由で冒険者になる人もいるのよ」

「確かにそうだけど、簡単に冒険者なんて勧められないよ。結構ハードな仕事だってミーナだってわかってるよね?」


 誰もが冒険者として生きていけるわけではない。街周辺で薬草を採取する程度ならいざしらず、野外での寝泊まりや野獣や魔獣との戦闘、ときには人を殺さなければいけないこともある。肉体的にも精神的にも辛いことが多い。

 幸い私は冒険者になる前から剣技を磨いていたし、ミーナには魔法の技術がある。目の前の少女にそういう技能があるようにも見えない。メイド術で生き残れるような世界ではないのだ。


「ミリアはこの子をこのまま裸で投げ出せっていうの?」

「そんなこと言ってないよ! 私だってできるだけのことはしてあげたいと思ってるもん!」

「だったら何が不満なのよ」

「私は、冒険者なんてのは変わり者のする仕事だからもっとまともな仕事をしたほうがいいって思ってるだけだよ!」

「まともな仕事ってなによ。だいたい大陸に行くことができるような仕事ってあるのかしら」

 確かに、この島で大陸と関係する仕事は貿易商くらいしか思いつかない。鬼人(ガラビト)への差別は少なくなっているとはいえ縁故(コネ)伝手(ツテ)もなくそういう仕事につくのは難しそうだ。お貴族様がいなくなった今ならなおさらだ。

「お願いします!私、努力してお役に立てるようになりますから! 連れて行ってください!」

 少女が真剣な目で訴えかける。

「ほらほら、この子もこう言ってるんだし、連れてっていいんじゃない?」

 ミーナは簡単に言うけれど、私達と共に行動するのは危険が伴う。わかっている、私は怖いんだ。目の前で誰かを守りきれなかったときの絶望が。

「この子置いてってまた悪い連中に捕まっちゃってもいいの?」

 どきっとした。一瞬ミーナの目が本気だった。私が思っていることなんて、とっくに見透かされている。このまま少女を残していったら、きっと私はずっと気にしてしまうだろう。手元に置いておくのが一番安心できる。

「わかったよ! そのかわり、びしびし鍛えるからね!」

 不安そうだった少女の顔がぱっと明るくなった。ミーナもニヤリと笑っている。

 一緒に大陸に行けるかどうかはわからない。私達だって無事に戻れるのかわからないのだ。だけどせめて、一緒に大陸に行けなくても、せめてこの子が安心して暮らせる場所がみつかるまでは守ろうと決めた。

 守ってやるよ! その笑顔!



「私はミーナ、ちょっと魔法が使えちゃったりするわ。そしてこっちのうるさいのがミリア」

「うるさいってなんだよもうっ! ミリアよ、剣術なんかが得意だよ」

 そういえばお互いまだ名乗ってもいなかったことを思い出し、今更の自己紹介である。

「ミオソタと申します。宜しくお願いします、ミーナ先輩、ミリア先輩」

 先輩! なんて心地よい響きだろう。思わずにやけてしまいそうになる。こうなったらばんばん先輩風吹かせてやろうじゃないか!

 それにしてもまた変わった名前だよ。どうしてこうもこの島の人の名前は覚えにくいんだろう。

 即戦力としては期待できないし、体格的にも荷運び(ポーター)も難しそうだ。だけど冒険者に大切なのは戦闘力や体力だけではない。この子でもできることを早く見つけてあげなければならない。この子がこの先生きのこるためにも、私がしっかり面倒みてやるんだ!

「まぁそんなに硬くならなくていいわよ。女同士、気楽にやりましょ。とりあえずお金のことは全然気にしなくていいから必要なものがあったら遠慮なく言ってね。大丈夫、利息はとらないから安心して」

 ミーナが胸を張り、笑顔で片目を瞑り親指を立てる。

「冒険者のこと、手取り足取りみっちり教えてあげるから安心して!」

 私もぐっと拳を握り、頼れる先輩をアピールする。


「あっ」

 少女が急に真顔になる。何? なんか私おかしなこと言った?

「同じミからはじまりますね、名前」

 あーっ! それ私が言いたかったやつ!!


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