7:魍魎の密室
「うぇっ、ひどい匂いっすね」
ペロテラが愚痴る。階段の蓋を開けたせいか、奥から腐ったような匂いがどっと流れてきた。
私が先頭で階段を降りる。中からは確実に何かが、それも複数いる気配がする。
降りた先は石造りの地下室で、上の小屋よりかなり広い。明かりを向けると木のテーブルが見えた。人が寝れるくらいの大きさで、その上はどす黒い赤で染まっている。血だろうか。
壁には大きな鉈が立て掛けてあり、こちらも血のようなものがついて固まっている。このテーブルの上で何かを切ったのだろう。
「気味が悪いっすね。なんなんすかここ」
私とペロテラの明かりだけでは暗くてあまり見えない。魔法の燈灯の光は近くはとても明るいけれど、少し離れるととたんに見えなくなるのが欠点だ。遠くから見つかりにくいという利点もあるそうだから、そういう仕様なのだろう。
奥からごそごそと何かが動く音がしている。正直見たくはないけど確かめなければならない。
「術式発動:マジック・トーチ」
小屋から持ってきていた薪に魔法の光を付与し、部屋の奥へ投げ入れた。部屋の奥が前より見えるようになった。
部屋の先は鉄格子で区切られていた。その中でごそごそと動くものの姿がみえた。小鬼だ。
こちらを警戒してキェーキェーと叫んでいる。明かりで照らされた床には、骨らしきものが散らばっているのも見える。
「うげっ! こんなにいっぱいいるっすか!」
ざっと見ただけで十匹以上いるのがわかる。鉄格子をよくみると、横木で閉じられた扉がある。あきらかに誰かがここに小鬼を捕まえて入れたとしか考えられない。鉄が錆びて壊れた部分を木で補修した場所もある。私達がみつけた足跡は、ここから逃げ出した小鬼のものなのだろう。
「うぇっ! あれ、なんっすか」
ペロテラが指差す方向をみると、何か塊がみえる。そしてそれはわずかに動いている。
嫌な予感がする。ここは小鬼の巣ではないのは明らかで、かといって小鬼をただ飼っているだけではない気がする。
「とりあえず、小鬼を倒そう」
小鬼は放置しておくと増える。これ以上増やさないためにも見つけたら早く駆除したほうがいい。鉄格子の扉を開けると、小鬼たちは一斉に部屋の隅に逃げた。こちらのほうが強いと感じているのだろうか。
ここの小鬼たちは小さい個体が目立つ。小鬼は半月もすれば大人になる。小さい個体がいるということは、ここで生まれた可能性が高い。私の予感が確信めいたものに変わる。
床にはどろっとしたものがこびりついていた。悪臭に耐え、足をすべらせないように注意しながら小鬼を屠る。戦闘ではない、ただの虐殺、作業だ。
小鬼の学習能力は高いときいているけど、ここの小鬼は弱い。おそらく生まれてからずっとここにいるだけで、戦闘経験がないのだろう。
ペロテラのほうも慣れてきたのか逃げ回る小鬼を部屋の隅に追い込んで確実に仕留めている。
半分ほど狩って残りをペロテラに任せ、あの塊に近づいた。塊は全部で三つあった。
動いている塊に明かりを近づける。人だ。長い髪から女性のように思われる。全裸で後ろ手に縛られている。
息が荒い。足を動かして苦しそうにしている。太ももの間に緑色の物体が見えた。それは小鬼の頭だった。
剣で頭を突き刺し、そのまま引っ張る。ぐぼっという音を立て、まだ小さい小鬼を引きずり出した。
「くっ、うぎゅっ!」
縛られている人が声を漏らす。身体が小刻みに震えている。よくみるとまだ少しあどけなさの残る少女のようだ。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
マントを外し少女をそっと包み込み、ぎゅっと抱きしめた。
残りの二つは既に手遅れだった。白い骨が見えるほど腐敗が進み、かろうじて人だったとわかる。その腐った肉も大半が食べられている。腹部はぽっかりと大きく開いている。腐りやすい内臓から先に食べられたのだろう。
当たらないで欲しかった予想が当たってしまった。見たくないものを見てしまった。
過去にも魔獣に襲われ亡くなった人を何度も見た。助けられなかった無力感で、何度も落ち込んだ。私のせいじゃないのはわかっているけれど、どうしても共感しすぎてしまうのだ。
もっと早く誰かがこの小屋を見つけてくれていれば、三人とも助かっていただろうか。
過ぎ去った時間は戻せない。私達がこの小屋に気がついたから、一人助けることができたのだ。前向きに考えよう。
それにしても酷い。これは人間の仕業だ。誰かが女性をここに監禁し、小鬼の贄にしていたに違いない。こんな酷いことができる人間が存在しているという事実が恐ろしい。




