6:扉を開けたら
昼食を終え、帰り支度をする。切り取った消え猿の首は、木に吊るして血抜きをしておいた。ただでさえ重いのだ、少しでも軽くしておきたい。
「あの、昨日小屋見つけたじゃないっすか。あっちのほう行かないっすか? 小鬼がいるかもしれないじゃないっすか!」
ペロテラは小鬼のことをまだ諦めきれないようだ。頭一つで小金貨二枚はかなりおいしいから仕方がない。
「そうだね、小鬼がまだいるかもしれないから一応見てみようか」
私達も、万が一小鬼の巣でもできていたら大問題だと思っていたので、念の為確認しに行くことにした。
昨日足跡を見失った場所まで行く。遠くに小屋が見える。小屋の大きさからして、そこを巣にしているとは思えないくらいの大きさだけど、何か手がかりがあるかもしれない。
「ありゃーほんとただの小屋っすね」
小屋は人が二、三人入れるくらいの大きさで、扉には鍵がついていた。農民か猟師の休憩小屋なのだろうか。
「これ、手の跡だね」
小屋の外壁に子供の手形のようなものがある。だが指が四本、人間ではない。小屋の隅に補強した場所がある。まだ新しい板が打ち付けられているので最近修理したのだろう。
そして、わずかだが、腐敗臭がする。
「臭うわね、何かが死んでいるのかしら?」
ミーナが顔を顰める。
「この鍵、壊してみるっすか?」
ペロテラは宝探しをしているかのようにわくわくしている。
「勝手に人のものを壊すのはだめでしょ、もう、ちょっと見せてみて」
ペロテラに退いてもらい鍵を確認する。そんなに複雑なものではなさそうだ。ポケットから曲がった針金を取り出して、鍵穴につっこんで探る。
「え! ミリさんって盗賊だったんっすか!?」
「これくらいだったら難しくないよ。冒険者としては基本中の基本だね」
ペロテラは驚いているけれど、この程度、鍵開けの初歩レベルだ。専門職の探索家にははるかに及ばない。しかし鍵開けは基礎を少し覚えるだけでも結構使いどころがある便利な技術なのだ。勿論ミーナもこれくらいのことはできる。
それはそうとミリさんって私のことか。まぁいいけど。
鍵を開け小屋に入ると、中には木箱がいくつか置いてあるだけで、他にはなにもない。床に血の跡がついているくらいだ。ここで獲物を解体でもしたのだろうか。
「なーんだ、何もないっすね」
動物の死骸でもあるのかと思って覚悟して開けてみたのに、木箱には薪が少し入っているだけだった。
「んじゃ、他を探すっすか? ここ臭すぎっす、早く離れたいっす」
「いや、なんか不自然なんだよねぇ」
絶対何かありそうだと感じる。鍵をかけなきゃいけないほどのものがこの小屋の中にはとくにないのだ。
「気になるわね、それじゃちょっと調べてみましょうか」
一旦小屋の外に出ると、ミーナが棍棒杖を小屋のほうに向け、呪文を唱える。
「術式展開、魔技ディテクト・ライフ」
ミーナの棍棒の上に魔法陣が現れる。
「んー、範囲はこんなものかしら、術式実行」
ミーナは棍棒を構えたまま目を閉じ集中する。魔法陣が一瞬ぱっと光り、回転する。
「探査の魔法って便利っすねぇ、私にも使えないっすかねぇ」
空中に現れた魔法陣を眺め、ペロテラが目を輝かせている。
「初期投資が結構するんだよ。魔法の発動体が結構高いんだ。でも、呪文を丸暗記すれば使えるよ。簡単な魔法ならね」
お金がかかるときいてペロテラは残念がる。初級魔法くらい覚えておくと便利なので習得する冒険者は割といる。しかしこちらは大陸と違って魔術師の組合もなさそうだし、教えてくれる人もいないかもしれない。
「複数の反応があるわ。嫌な感じだわ」
ミーナが目を開けると宙に浮いた魔法陣が消えた。ミーナの表情が険しい。
改めて小屋の中を調べてみる。調べるといっても薪が入った木箱くらいしかない。
「何かあるとしたら、箱の下かしら」
「この箱、結構重いっすよ」
早速箱を動かそうとしたペロテラだが、箱は動かない。
「ちょっとまって、中の薪、出しちゃったほうがいいんじゃない?」
「あっ、これ箱が動かないようになってるっす。よいしょっと」
ペロテラが箱の中から長い棒を取り出した。
「なんかこれが刺さっていたっす。ほら、これで動くっすよ」
わざわざ箱が動かないように、杭のようなものが刺してあったようだ。
そして床に鉄の板があった。板には取っ手がついている。明らかに、人目につかないように隠しているものだとわかる。床は一部が腐ったのか、新しい板で修理されている。
「これ絶対中になにかいるよ」
「じゃぁここが小鬼の巣なんっすか!」
さっきまで匂いで顔を顰めていたペロテラだけど、お目当ての小鬼がいると思っているのか興奮している。
いや、これは巣なんかじゃないだろう。鉄の板は結構重そうだ。小鬼の力ではとても動かせそうにない。それに修理されている部分はどうみても人の手によるものだ。
鉄の板をずらすと、人がひとり通れる程度の階段があった。下からむわっと腐臭が漂ってくる。匂いの元はやっぱりここのようだ。
「入るっすか?」
「ちょっと待って。この小屋の持ち主がやって来たらやっかいだわ」
だけど調べないわけにもいかない。
「私とペロテラで調べよう。ミーナは上で待機」
「わかった、準備する。ペロテラ、ちょっとじっとしてて」
「術式展開、魔技エンチャント・アーマー、範囲指定してっと」
ミーナが呪文を唱え、ペロテラの服に棍棒を軽く当てる。棍棒の触れた部分にうっすらと魔法の淡い光が付与される。そのままペロテラのまわりをぐるっと回ると、服全体が淡い光に覆われる。
「術式展開」
光が一瞬強く光って消えた。完全に消えたわけじゃなく、薄っすらと見える程度には光っているけどほぼ見えない。
「術式発動:いつものをミリアに!」
続いて私にも魔法をかける。剣と革鎧に描かれた魔法紋が一瞬光り、魔法が付与される。私の武具には対象を特定するための魔法紋がしこまれている。魔法紋自体にはとくに魔法の効果はないけれど、魔法付与の対象に指定するのが簡単になるのだ。この魔法紋のおかげで、いつも使う魔法付与は簡単な呪文ひとつで行うことができる。とっさの行動が生死を分ける冒険者活動において、こういった事前準備はとても大切なのだ。
「一応防御魔法をかけたけど、過信しないようにね。さっき触った服の部分しか効果ないんだから」
はじめての魔法付与にペロテラは興奮気味だ。
「それからこれもつけとくわ、このへんでいいかしら。術式発動:マジック・トーチ」
ペロテラのショートソードの先端に、光源の魔法がかかる。
「うはっ! 光ってる光ってる!」
ペロテラは魔法の光をまじまじと見つめている。結構明るいけれど、近づいてもそんなに眩しくない、照明のために調整された魔法の光だ。
私の分は自分で魔法をかける。
「術式発動:マジック・トーチ」
左手用の短めの剣を右手で持ち、左手首にはめている腕輪を強く意識し、剣の先端を軽く腕輪に当てて呪文を唱えると、剣の先端が淡白く光り出す。
ミーナの棍棒ほど高度な魔法は使えないけれど、この腕輪が魔法の発動体になっている。
「うわ! ミリさんも魔法使えるんっすか!」
「簡単な魔法ならね。ペロテラも覚えるといいのに、冒険者をやるなら絶対便利だから」
私はミーナに教えてもらって一応魔術が使えるようにはなっている。腕輪に収録されているのは初歩的な術式だけなので、そんなに多くのことはできないし、ミーナのように魔句を組み立てて新たな呪文を作ったりなんてことはできないので魔術師を名乗れるようなレベルではないけれど。
「そうっすねぇ、稼ぎが増やせそうなら考えてみてもいいかもしれないっすね」
光る剣先を見つめるペロテラは、いつになく真面目な表情をしているように見えた。




