表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/45

5:えっと…リターンズしてリベンジ!

 翌朝早く、私達三人は街を出発し、昼前には林に到着した。消え猿(フェオ=モノ)と遭遇した場所はすぐにわかった。ペロテラの下着がそのまま木の枝にぶら下がったままだったのだ。

 そこから消え猿(フェオ=モノ)が逃げた方向を血の跡を頼りに進む。ペロテラには後方を警戒してもらう。


「昨日あんだけやったんっすから、あいつそのへんでくたばってないっすかねぇ」

「鬼の回復力を甘く見ないほうがいいよ。おそらく傷口はもう塞がってるはずだよ」

 鬼と呼ばれる類の魔獣の回復力は早い。擦り傷程度ならものの数分で治ってしまうものもいる。もしかしたらこちらを待ち伏せしている可能性もあるのだ。


「んー、血の跡、小さくなってるなぁ」

 おそらく傷口が塞がったのだろう。血痕から追跡するのが難しくなる。ここからは足跡もよく見て追跡するのが良さそうだ。


 足跡を辿っていくとその先は少し泥濘んだ湿地だった。

「ここ通って行ったんっすかねぇ」

 足跡は湿地の方へと向かっている。

「ちょっとまって、この足跡あやしくない?」

 先へ進もうとするペロテラを止める。

 足跡がわずかに先程より大きく見える。地面が柔らかくなっているせいかと思ったけれど、ひとつの足跡がぶれているのだ。

「足跡の上からもう一度踏んでるんだよ」

「えっ、それどういうことっすか?」

消え猿(フェオ=モノ)はこの先にはいないってことだよ」

 気がついて良かった。正直ここまでするとは思っていなかった。

「バックトラックね。味な真似してくれるじゃない」

 ミーナは消え猿(フェオ=モノ)の知性に興味津々のようだ。

 バックトラックは動物が自分の足跡を踏んで後退し、追跡を逃れる技だ。追跡者(わたしたち)にこのまま進ませて湿地を渡らせようとしたのだろうか。

「待ち伏せされていると厄介ね。魔法使うわよ」

術式展開(デプロイ)、魔技ディテクト・ライフ、術式実行(リリース)

 ミーナが棍棒杖を高く上げ、呪文を唱える。一瞬杖の先端が光り、ミーナの棍棒の上に魔法陣が現れる。

 探査の魔法だ。周囲の生物の位置を大まかに知ることができる便利な魔法だ。

「そんな便利なものがあるなら、最初から使ったほうがいいんじゃないっすか?」

「んー、探せる範囲も限られてるし、この魔法、相手にばれるんだよ。なんか魔法がぱーっと広がって、生き物に反応したものが返ってくるんだって。だから魔法に敏感な魔獣なんかは気付かれるからそんなに便利ってわけじゃないんだよ、ねぇミーナ」

 魔法に集中しているためミーナは返事を返さない。じっとしたまま数分が経過した。

「いたわ、あっちの大きな岩のほう」

 ミーナが向いた方向に岩がある。距離は50mくらいか。足跡を踏んで後ろ向きに戻り、足跡がつかない岩場のほうへ跳躍したのだろう。

 バックトラックで追跡を逃れようとしたというよりは、私達を沼地まで誘導し、背後から襲うつもりだったようだ。

 こちらが探査を使ったことは消え猿(フェオ=モノ)にばれているだろう。また逃げられるとやっかいだ。

「一気にやっちゃおうか」

 ミーナに提案する。

 岩場はごつごつして走りにくい。ここで逃すと追いつくのに時間がかかってしまう。

「私が追いつくまで足止めしといてよ」

 ミーナが詠唱を開始する。


術式発動(エグゼキュート):いつものをミリアに!」

 私の防具の表面に魔法層を、双剣の刀身に切れ味を強化する魔法が付与される。本来は別々の魔法だけど、魔術師はいつも行う手順を簡略化するために、魔法を組み立て呪文として定義することができる。ミーナはそのへんが上手いっぽい。ただし命名(ネーミング)センスはどうかと思う。本人はわかりやすいほうがいいのよなんて言ってるけど。


 相手の気配を探るように集中しながらミーナが示した大岩のほうへ走る。消え猿(フェオ=モノ)が動けばわずかな揺らぎが見えることは昨日確認した。大岩の近くまできたがまだ見えない。しかし何かがいる気配はどんどん近くなる。

 まだ消え猿(フェオ=モノ)は動かない。ミーナのほうをみるとどうにか近づいてきている。そろそろ射程範囲だろうか。私はあえて消え猿(フェオ=モノ)がいると目星をつけた場所より右へ向かう。ミーナの射線を塞がないためだ。

(こっちを向いてくれてるかなぁ)

 消え猿(フェオ=モノ)の注意をこちらに引きつけたい。ちょっとでも姿を現してくれればいいのだけど、まだはっきりとはわからない。ただ、そこにいるのはなんとなくわかる。昨日も感じていたことだけど、こいつ、息が臭いのだ。おまけに今日はかすかに血の匂いもする。

「試してみるかな、えいっ!」

 小袋の口を開け、臭う方へ投げつける。ペロテラたちが使っていたあの魔石の粉だ。

 空間が僅かに揺らぐ。一瞬ではあるけれど、魔石の粉がフェオ=モノの隠匿の魔法に干渉したようだ。

術式発動(エグゼキュート)魔技(マギ)エナジー・ボルト!」

 ミーナもこの揺らぎを逃さない。一瞬揺らいだ空間へ、魔法の光弾が飛んでいく。基礎的な攻撃魔法『エナジー・ボルト』だ。これは魔術師協会が提供している一般術式なので、呪文名はミーナのセンスではない。

「グガァァ!」

 揺らぎが完全に消えた。消え猿(フェオ=モノ)が姿を現し、自分に傷を与えたミーナに向かって吠える。

術式展開(デプロイ)、エグネルグの破弾!」

 ミーナが続けて呪文を唱える。振り上げた棍棒の上の空間に、複雑な魔法陣が現れる。大技を使うようだ。

「お前の相手はこっちだよ!」

 消え猿(フェオ=モノ)の左側から剣で斬りかかる。昨日落としたのは左腕。左側からの攻撃には対処し辛いはずだ。狙い通り、動きが鈍い。私の剣が消え猿(フェオ=モノ)の魔法の膜を切り裂き、左足の脛にうっすらと傷をつける。

 ミーナを気にしていた消え猿(フェオ=モノ)が、私のほうへ向き直る。昨日左腕を落とした相手だと気がついたのだろう、怒りの表情を露わにし、長い腕を振り上げる。それでいい、狙い通りだ。これでミーナの仕事がやりやすくなる。

術式実行(リリース)!」

「アガァァァァァ!」

 消え猿(フェオ=モノ)の悲鳴が響く。腕を上げたため隙だらけになった脇腹に、ミーナの魔法が命中した。先程放った『エナジー・ボルト』の数十倍の威力、ミーナの必殺技とも言える対魔獣特化破壊魔法『エグネルグの破弾』だ。魔法の装甲を張っていることが多い魔獣に効果的にダメージを与えるために、複数の攻撃魔法を複合して調整したミーナのオリジナル魔法なのだ。

 命中した箇所の魔法装甲を削り取り、そこから爆発するように広がる破壊の力は消え猿(フェオ=モノ)の皮膚を突き破り、内蔵を撒き散らす。魔法自体が放つ緑色の弾道と、吹き出る真っ赤な血飛沫が、まさに地獄に咲く赤いエグネルグの花を思わせる。まあ地獄は見たことないからそんな花が本当にあるかは知らないけど、イメージだよ、イメージ。ちなみにこの呪文名は私が考えた。元々ミーナが付けてたのは『あたってぐちゃー』だったんだよ、あまりにもひどい。


 消え猿(フェオ=モノ)が動かないのを確認し近づく。大丈夫、さっきの魔法の一撃で殺せている。

「うわっ、こいつよく見ると気持ち悪いっすね!」

 ペロテラとミーナもこちらにやってきて消え猿(フェオ=モノ)の死体を確認する。

 体毛は薄く、頭部にわずかながらに生えている程度。頭頂部に角がひとつある。顔は人間と猿の中間のようで、肉食獣を思わせる牙が生えている。

 頭部を切断するのは大変なのでミーナに任せ、切断に向いた攻撃魔法で切り落としてもらう。魔法はなにかと便利だ。

 ペロテラは爪を採取する。爪以外はお金にならないとわかったので、今回は爪だけを剥ぎ取って持ち帰ることにしたようだ。


「まぁこんなものかしら」

「あっさり片付いたね」

 時刻はそろそろ正午といったところか。例のパンツの木まで戻り、昼食だ。ここは見晴らしがいいので休憩にはちょうどいい。


 昼食は各自で用意した。私達は宿屋の食堂に頼んで作ってもらったパンに肉や野菜をはさんだものだ。日帰りなので日持ちはしないけど手軽に食べられて美味しいものを選んだ。飲み物は柑橘類のジュースだ。保温効果のあるマジックアイテムに入れているので冷たくて美味しい。この魔法の瓶、ダンジョンで入手してからずっと私のお気に入りなのだ。あまり量は入らないけど、魔力を込めなくても温度をある程度保ってくれる不思議な瓶なのだ。

 ペロテラのほうは、拳くらいの大きさの、なにやら黒くて球状のものを取り出した。

「これはライスボールっす。食べたことないっすか?」

 ないない、街の店先で売られているのは見たことあるけど、まさか食べ物だとは思わなかった。ペロテラがおいしそうに食べるのを見て、今度買ってみようと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ