3:探しに行こうよ
行き先は街から歩いて一時間ほどの距離。結構近い。
ペロテラとディレクトとトルシドは、それぞれ大きな袋を持ってきている。そんなにいっぱい小鬼を狩れると思っているのだろうか。
小鬼が目撃されたと言われている場所はちょっとした林で、近隣の農民が落ち葉や薪を拾いに使っているそうだ。巣がみつかれば一財産稼げると思っているようで、三人が浮き足立っているのがわかる。
しかし小鬼は夜行性だ。昼間にうろついているのは巣の近くを守っている警備役か、何かに追われて逃げている奴くらいだ。
基本的に臆病で、群れで行動する。勝てない相手の前にのこのこと現れるほど間抜けでは、厳しい野生の世界で生きていけるはずがないのだ。
もしも襲ってくるとしたら夜中。しかもそういうときは大勢でやってくる。
「いないっすねぇ…」
林の小道を歩きながらペロテラが暇そうに呟く。
「こんなに人がいたらいても逃げちゃうよ」
「これだけ人間がいるとこに現れるわけないでしょ」
私とミーナの声が重なる。
「くっそー、がんがん倒して稼いで剣を新調したいってのに!」
トルシドがぼやく。
「なぁ、小鬼は女を襲うんだろ? 女の匂いに釣られて出てこないかな」
ディレクトがろくでもない提案をする。
「へー面白そうっすね!」
おいおいペロテラ、賛同してんじゃないよ。
「そもそも昼間っからうろついてるものじゃないと思うけど。まずは足跡とか痕跡を見つけるのがいいと思うわよ」
ミーナと私は獣道を探す。小鬼の足跡は人間の子供に似ているので、魔獣のなかではわかりやすいほうだ。
今回は本当に小鬼がこのあたりに出没するのか、そして巣を作っているのかを確認できれば上出来だ。
「あった!」
手分けをして小鬼の痕跡を探し始めて小一時間、私は木の陰で湿り気を帯びた土の上に足跡を見つけた。
「お! いたのか! どこだどこだ!」
トルシドが走ってやってくる。これから追跡をしなきゃいけないので足元に注意して欲しいのだけれど。やはり冒険者としてはこいつら初心者だ。
集まってきたみんなに足跡をみせる。やはり三人は小鬼の足跡がどんなものかわかっていなかった。
「あとはこれを辿っていけばいいんだな」
ディレクトが早速足跡の向かう方向へ次の足跡を探し始める。
「んー、この足跡が巣に向かっているのか巣に帰ろうとしているのかわからないからねぇ」
「あ、そうか、どうする?」
「追いかけようぜ! 俺とディレクトで足跡を追う! みつけたらさくっとやっちまおうぜ!」
ちょっと目立つ高めの木の場所を集合場所として、トルシドとディレクトは足跡の向かう先、残りの女子三人は足跡が来た元をたどることになった。
「あいつら今日は女子が多いからいいとこ見せたくて焦ってるんっすよ」
ペロテラが笑う。
「それにしても五月蝿すぎ、あの二人狩りはやったことないのかしら」
ミーナがため息をつく。
「そういえば、さっき女の匂いでおびき寄せるって話してたじゃないっすか、あれ効くんっすか?」
「んーどうなんだろ。鼻はいいって聞くけど、そこまで嗅ぎ分けてるのかなぁ」
「男女の区別がついているかはわからないけど、人間の匂いかどうかはわかるみたいよ。だけど昼間からのこのこ出てくるとは思えないけどね」
「じゃぁやっぱり巣に入るときは小鬼の血をかぶって匂い消さなきゃいけないんっすか?」
ペロテラが顔を顰める。
「あーそれ、やっちゃだめなやつだから」
「え? でも人間が来たってばれちゃうんですよね?」
「人の匂いはごまかせるけどさぁ、血の匂いがするんだよ? そんなのが近づいてきたら警戒されるに決まってるじゃない」
「たしかに! でもそうするもんだって昨日あいつらに言われたんっすよ」
どうやら間違った知識を男子らに吹き込まれたらしい。何故かこの手の間違いがまことしやかに初心者の間で広まっているのは大陸もこっちも変わらないようだ。
「匂い消しの薬草を使うか、ばれる覚悟でそのまま行くとかかしら。どのみち一匹に見つかったらすぐに仲間がやってくるわよ」
小鬼はどういうわけかすぐに仲間にこちらの様子がばれると言われている。気がつけば沢山の小鬼に囲まれていたとか、群れが一斉に逃げ出してろくに退治できなかったとか、そんな話をよく聞く。
ミーナによると、何か魔法を使ってるんじゃないかって言っていたっけ。あれでも一応角のある鬼なのだ。何か魔法が使えても不思議ではない。
足跡追跡は難航した。見つけた足跡とは別の足跡も見つかったけれど、どちらもそれほど新しいものではなく、途中で見失った。
周囲はそれほど見通しも悪くない程度の雑木林で、さらに先に小さな小屋、おそらく近くの農家か猟師の物置小屋のようなものがみえただけだ。
なんにせよこれ以上先へ行くと時間がかかるので、一度戻ることにした。
集合場所に場所に戻ると、男子たちが先に戻り休憩していた。
「おーい、どうだった?」
「だめだ、既に討伐された奴だったみたいだ」
既に狩られて頭は持って行かれていたらしく、残っていたのは腐りかけの身体の一部だけだったそうだ。
集合場所の目印にしていた木の枝に、何やら布切れがひっかかっているのに気がついた。近づいてよくみると、男物の下着のようだ。
「あ、それ私のパンツっす! 女の匂いでやってくるってきいてぶら下げといたんっすけど、意味なかったっすよね」
え、なに今履いてないの?
「大丈夫っすよ、ちゃんと替えを持ってきてたっすから」
こっちが言いたいことがわかったのかペロテラが笑う。
吊るされていたのは男性向けのショートパンツだ。女性はもっとゆったりしたいわゆるドロワーズを履くけれど、それはスカートを履くからだ。
私達のように女性でもズボンを履くとなるとドロワーズは嵩張って都合が悪い。そのため男性用下着を着用する。
ご丁寧に男性器が収まる部分を考えて縫製されたちょっと高級品よりも、そういうのがついていない安いものを使うほうがごわごわしなくて良い。
そんなことよりペロテラには羞恥心がないのだろうか。さっきまで履いてたものを男子のいるところに吊るさなくてもいいだろう。
それにしても、匂いで釣れるものなのか、周りの空気を何気なく嗅いでみると、仄かに生臭さを感じた。まさかパンツから臭う? いやこれは… なんとなく嫌な感じがしてとっさに匂いのした方向から飛び退いた。
景色がゆらっと揺れた。何かいる!




