8:おんな港町
カナルからカハスプエルトまでは歩いて一日ほどの距離、道も整備されていて歩きやすい。港町であるカハスプエルトと貿易都市カナルを結ぶ街道ということもあり、馬車の通りも多い。最初は歩いて行くつもりだったけど、私達を追い越していく馬車のひとつが止まり、途中まで乗せていってくれるというのでお言葉に甘えることにした。
「んーーーーーっ! これでやっと帰れるーーーーーっ!」
馬車の荷車で思いっきり腕を伸ばす。
「船がちゃんと出てるといいんだけどね。定期便があるってわけじゃないんだから、貿易船に交渉して乗せてもらうのが手っ取り早いかしら」
「そっかー、じゃあ船がみつかるまではしばらく滞在することになるのかな。過ごしやすい街だといいねぇ」
野盗に襲われてから街までの、気軽に話ができない空気から開放された私達は、他愛ないおしゃべりをしながら馬車の旅を楽しんだ。
昼過ぎにはカハスプエルトの街に問題もなく到着した。あえて言うなら想定より暑く、歩いてないのにじんわり汗ばむくらいだ。
季節は春をすこし過ぎた頃だ。気温の高さに加え、湿気がやけに多い。
大陸ではこの時期、気温はだんだん高くはなるけれど、それほどじめじめしていない。こちらの冒険者がやけに軽装なのは、この蒸し暑さのせいかもしれない。
このまま蒸し暑さが続くのであれば、装備を考え直さなければいけないかもしれない。その場所の気候や季節に合わせて装備を柔軟に変更することは上級冒険者としては当然のことだ。
カハスプエルトはしっかりとした石壁に囲まれた街だった。農村や小さな町と違い、人の出入りはしっかりチェックされている。
首にぶら下げている冒険者証を見えるように取り出し、街に入る列に並ぶ。大陸への船がつく港町だけあって、商人らしき荷馬車が多く目についた。
しばらく待つと私達の番になり、冒険者証を見せた。大抵の街では冒険者証は身分を証明するものとなり、大きな街へ入るときに払わされる通行税が免除されているのだ。
「あー、これ大陸のやつだな。もう使えんぞ」
私の冒険者証を見て門番の兵士が言う。
「え! なんで!?」
思わず大きな声が出てしまう。
「俺に聞くな、冒険者ギルドに聞いてくれ。ほれ、ひとり銀貨三枚な」
「えーっ! ひどいよ、どういうこと?」
「つい最近御触れがあってな。大陸の冒険者証は使えなくなったんだ。詳しいことは冒険者ギルドに聞いてくれ。俺に言われても困る」
門番さんに文句を言ってもどうしようもない。しぶしぶお金を払って門を通過した。
カハスプエルトの街はそこそこ広い。北側が港のあるエリア、中央が行政区で冒険者ギルドもそこにあった。
南側が商業区で、私達は南門から街に入った。門に入ってはじめに感じたのは、海と人の生活の匂いだった。潮風の匂いに食べ物や汚物の匂いが混ざった、なんとも言い難い匂いだ。
商業区の大通りには様々な露天が並び、噴水の横では吟遊詩人が歌声を披露している。
屋台から漂う美味しそうな匂いの誘惑を断ち切り、私達はギルドへと急いだ。
冒険者ギルドは、大陸でもおなじみの『盾と翼』をあしらった看板がついているのですぐにわかった。建物自体も大陸の様式で、周りの建物とは少し浮いているのでなおさらだ。この国では冒険者制度自体がまだ新しく、大陸の方式を真似て作られたのだ。
大陸の冒険者ギルドとここシューラ国の冒険者ギルドは提携しており、大陸の冒険者証はそのまま使えた。ギルドの決まりなんかも大陸のやり方をそのまま使っているのでとくに困ることはなかったのだ。
ギルドの一階は受付カウンターと掲示板、そして数組の椅子とテーブルという大陸でもおなじみの様式だ。昼下がりのこの時間、ちょうどお昼どきなのか冒険者は私達以外誰もいない。そのためか受付にも人の姿はない。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
ミーナが受付カウンターから奥に声をかけると、奥から野太い男性の声がし、しばらく待つと、スキンヘッドのいかついおっさんが現れ私達をじろっと見た。
「冒険者証の件でー」
「ああ、ここじゃなんだ、入んな」
ミーナの言葉をおっさんの声が遮った。受付カウンターの横のドアが開き、おっさんがこっちだと手招きする。
「あんたら大陸の人だろ、ほんと災難だな」
歩きながらおっさんが言う。案内してくれたのはそこそこ立派な部屋で、書類の束に埋め尽くされた大きな机と、応接用っぽいテーブルと椅子があった。
「適当に座ってくれ、悪いな、昼休みで他のもんはちょうど出払ってるんだ」
おっさんはそう言うと書類だらけの机のほうへ行き椅子に座った。
「俺はハモン。ここの支部長だ」
このおっさんがここでのトップだったのか。服の上からでもわかる鍛えられた筋肉が、おそらく元冒険者なのだろうと思わせる。鼻の下には整えられた濃い髭があり、威厳がありそうに感じさせる。年齢は三十歳は超えているだろうか、男性の年齢はわかりにくい。とくにスキンヘッドにされると難しい。
「ミーナです」
「あ、ミリアです」
私達も簡単に名を名乗る。
「冒険者証が使えなくなったって件だろ?」
「どういうことなんですか! 通行税とられちゃいましたよ!」
銀貨三枚、ふたりでちょっといい感じのランチが食べられるくらいの金額だ。冒険者は移動が多いため、街へ入る毎に取られる税金を免除されることが通例だ。
「聞いているかもしれんが、大陸の貴族たちが最近この地から手を引いた。んでもって大陸とこっちの冒険者ギルドの提携も無くなったんだ。気の毒だが上の方針なんで俺にはなんもしてやれねぇんだ」
支部長さんの表情からもどうしようもなさそうなことが感じられた。
「私達、帰りたいんです! 大陸行きの船、出てませんか?」
冒険者証のことはこの際どうでもいい。こっちで使えないだけだ。支部長さんのほうに前のめりになって訴えた。
「なんだ、お前たち大陸に帰りたいのか。いやほんと悪いんだが、ちょっと難しいかもしれん」
支部長さんが大きなため息をつく。
「外国行きの船に乗るにはそこそこの身分が必要なのは、あんたらも知ってるだろ?」
それはもちろん知っている。だれでも簡単に他所の国には行けないのだ。
「私達、大陸から来たんですよ? ちゃんと国の審査を通って。それでも帰れないというのは?」
「大陸の冒険者証は無効って扱いになっちまったせいで、お前たちの身分を証明するものがないんだよ」
「えー! そんなひどい!」
冒険者証のことはどうでもよくなかった。大問題だった。
「だよなぁ、なにもそこまですることはないってのに復興軍の奴ら、これまでいい感じにやってきたのに方針をがらっと変えやがって。おっと、俺が復興軍のことを悪く言ったのは誰にも言わないでくれよな」
私の叫びに支部長さんが答える。復興軍? 耳馴染みのない言葉だ。
「復興軍って何ですか?」
「あー、知らなかったか。シューラ復興軍っていってな、大陸の貴族様が出ていったかわりに、国を纏め上げようとしてる連中さ。復興といえば聞こえはいいが、中身はごろつきの集まりにしか思えんよ」
支部長さんが最近の情勢を教えてくれる。
魔獣戦争が終わったあとも戦後処理がなかなか進まず、シューラ国とその周辺は長いこと荒れたままだった。数十年前から大陸の貴族がやってきて治安維持に努めていたけれど、先月大陸の貴族はシューラからの撤退を決め、シューラ復興軍がそのあとを継ぐことになったそうだ。
「ランザー様がいてくれた頃は良かったんだがなぁ。治安は良くなり人々の仕事も増えて経済が安定した。だがな、ランザー様が亡くなってからというもの、いろいろと揉め事が増えちまった」
英雄騎士ランザー、私の国の貴族様で騎士団『南の鷹』を率い、平民を助けた多くの伝説を持つ人だ。私がまだ小さい頃シューラに派遣され、その活躍はあまり伝わって来なかったんだけど、こちらでも民衆から慕われていたようで誇らしく思えた。
「いやー貴族だというのにほんと気さくで親しみやすい方だったぜ。ここにも来てくれてよ、その日は一緒に夕食もしたよ。盛り上がったなー」
なんと! このおっさん、ランザー様にお会いしたのか!
「う、羨ましい! もしかして、ハモンさん、覚醒した!?」
ランザー様には神から与えられたと言われる特殊能力がある。
『魂の覚醒』と呼ばれるその能力は、ランザー様の激励を受けると己の持つ能力をさらに高めることができると言われている。みんながみんな覚醒できるわけじゃないけれど、覚醒した人はそれぞれの能力を活かして大活躍しているのだ。
「残念ながら俺にはなんもなかったな。一緒にいたパン職人が力を授かって、馬鹿みたいに硬いパンを作りやがったよ。まさかあんなにパン焼きに夢中になるとは思わなかったぜ。それまでは仕事がうまく行かず、顔を合わせるたびに死にたいなんて言ってる奴だったのにな。今じゃ保存食といえば奴のくっそ硬い鋼鉄パンっていわれるくらい有名になっちまった」
支部長さんはそう言うと豪快に笑った。
心臓防護パンの話、本当だった!
「ね! ミーナ、『魂の覚醒』は実在するんだよー」
ミーナはランザー様の力に懐疑的だ。
「別に否定はしてないわよ。ただ話が大げさすぎるというか、話盛りすぎじゃないのかなって。神官の奇跡には人を元気づけるものもあるけど、一時的なものだし。たまたま彼の言葉に元気づけられた人が、すごくがんばるようになっただけなんじゃないの?」
「もー、ミーナは夢がないなぁ、魔法があるんだからこれくらいのことあってもおかしくないでしょー」
神官が起こす神の奇跡には、人の魂を鼓舞するものもある。だがそれは効果は一時的なもので、ましてやその人の人生を変えるほどの影響があるとまではいえない。せいぜいすっごくやる気が出るといったものだ。
いや、それでもすごい効果だと思うよ、やる気出る奇跡。
「魔法は理論よ。奇跡と魔法は違うのよ」
そこまで魔法に詳しくない私には、どっちも同じようなものかと思ってたけれど違うようだ。まぁどっちもすごいことには違いない。
「加護を授かるってどんな気分なんだろなぁ。人生向かうところ敵なしって感じなのかなぁ」
「そうだなぁ。奴が言うにはあの硬いパン、以前から作りたいと思ってたんだがそんなもの作っても誰も買わないだろうと諦めていたそうだ。それがな、もう我慢しない、やってやるぜってなんか吹っ切れたらしいんだ。まぁたまたまヒットしたから良かったが、それからはあの硬いパンしか作らなくなっちまった。楽しすぎて飯を食うのも忘れちまうくらいで、今じゃ心配した問屋が小麦を売る量を制限してるって噂だ」
やっぱり『魂の覚醒』はすごい。私もマウザー様に会って一言頂きたかった!
ミーナはこの話を聞いてもまだ疑ってるようで、祝福というより呪いじゃないかしら、なんて言っている。ひどい。
「あー話がそれちまったな。なんだっけ、大陸行きの船か」
おっと、すっかりマウザー様とパン屋さんの話に夢中になってしまっていた。
「これまではな、魔石を輸出する貿易船が定期的に出てたんだ。だが解放軍が統治をはじめるってことで、貿易も一度見直すことになってよ。話がまとまるまで大陸行きの船がどうなるかはわからん」
それは困る。私達も貿易船に乗せてもらってこちらへやってきた。他に大陸へ渡る船はないのだろうか。
「解放軍の奴ら、今までの貴族のやり方が気に食わないのか、これまで問題なくやってきていた事にまで口を出してきやがる。ギルドの仕事も目をつけられていてな、これまで冒険者がやってきていた仕事も解放軍に寄越せとかいってきてよ、おかげでその調整やらなんやらが大変でな。おかげでこの書類の山だ」
支部長さんが机の上の書類をちらっと見て肩をすくめた。
「それは関係ないでしょ?」
女性の声だ。部屋に女の人が入ってきた。大陸式の礼服にも似た服は、冒険者ギルド職員の制服だ。
「普段から仕事を溜め込んでるからです。お客様にお茶もださないなんて。はじめまして、私はエステラ、ここの職員よ」
エステラさんは私達よりちょっと年上といった感じで、薄紫の長い髪。落ち着いていてぴしっとした制服のせいか、知的な印象だ。
普段お姉さんっぽく感じるミーナが、やはり私と同い年だと感じさせるくらいエステラさんのほうがお姉さんみがある。おっぱいはミーナのほうがやや大きい。
「それでは、ちょっとお茶を入れて来ますわね」
そう言ってエステラさんは部屋から出る。
「あー、冒険者の登録書類、持ってきてくれ!」
エステラさんが出ていったドアに向かってハモンさんが叫ぶ。
「さて、これからどうなるかは俺にもわからんのだが、すぐには帰れないとなると身分証はあったほうがいいだろう。とりあえずこっちの冒険者として登録しておかないか」
支部長さんがニヤリと笑う。さっき登録書類をエステラさんに頼んでいたのは私達を登録するためか。
「まあ、街の出入りに毎回お金払いたくないですけど。どうするミーナ?」
冒険者登録にはお金がかかる。だけど毎回銀貨三枚払うよりはいい。数回で元がとれるはずだ。
「魔石はシューラの主要輸出品だ。おそらく輸出はそのうち再開するんじゃないかと俺は思っている。その頃にはまた大陸の冒険者証が使えるように戻ってくれればいいが、そうならなかったときのために、こちらの冒険者としても登録して実績を稼いでおいたほうがいいんじゃないか?」
支部長さんがさらに推してくる。
「あまり気が進まないのはわかる。また『新月』級からやり直しなんてうんざりだろう。上げるのに時間もかかるしな。そのへんは俺の方でもどうにかできないか考えよう」
「そういうことなら登録しておいてもいいかなぁ」
「そうねぇ、毎回お金払って街を出入りするわけにもいかないし、情報を探すにしても身分証があるほうが都合が良さそうね」
ミーナも賛成したので登録することにした。
「いやぁ、ありがたい。復興軍の奴らに潰されないためにも実績を作らないといかんから助かるぞ。割の良い依頼を回してやるからそんときはよろしく頼む。勿論、うまいこと帰れる方法があったら知らせてやる。異国の人にこっちの都合に付き合わせるのも申し訳ないからな」
なんだか都合よく使われそうな気もするけれど、このおっさんはそんなに悪い感じがしない。冒険者ギルドは国への影響力もそれなりにあるはずだ。心証を良くしておくに越したことはないだろう。
「おまたせ、戴き物のお菓子があるからこの子たちに出してもいいわよね」
エステラさんがお茶を持ってきてくれた。お茶請けに小さな丸パンのようなお菓子もいっしょだ。
「はい書類。この子たち大陸の人でしょ? こっちで登録しても大丈夫なの?」
「あっちのギルド証が使えないんだ。これくらいかまわんだろ」
「ギルドとしては助かるけど、復興軍にまた文句を言われるわよ」
エステラさんが私達の前に書類と筆記具を置いた。動物の皮でできた紙と、ペンとインク壺、正式な書類の基本セットだ。
「あいつらギルドを潰したがってるんだ。ギルドが潰れたら俺の仕事なくなるんだぞ」
え、本音はそこなの? それは思っていても言わなくていいんじゃないかな。
「このへんはガラが悪い冒険者が多いから、困ったことがあったら遠慮なく言って頂戴ね。私もここが潰れたら次の仕事探すの面倒だから頑張って!」
エステラさんもそこですか!二人とも表裏がなさそうで、信頼できそうだからいいんだけど。
こちらの冒険者のシステムを確認すると、大陸と同じだった。
冒険者のランクは『新月』から始まり『三日月』 『半月』 『満月』と上がっていく。『満月』クラスまで上がると『星』を貰えることもあり、星は最大で三つまでで、星の付いた冒険者は『星付き』と呼ばれ、上級冒険者を示す証となる。『彗星』級ってのもあるけどこれは特別枠でランクとはまた違うものだからとりあえずおいておく。
ランクの昇級は年一回、年の終わりに行われる。一年の間に達成した依頼のポイントの合計が、決められた値を超えていたらランクが上がる。昇級に必要なポイントは上に行くほど多くなるため、簡単な依頼を数多くこなしても昇級するのは難しい。また、素行による減点、それに伴い降格もある。
昇格審査は年に一度のため、どこの誰ともわからないぽっと出の新人が、数日のうちに上級入りするなんてことはないのだ。
さらに、『半月』級になると『満月』級への昇級規定ポイントが桁違いに増える。これはパーティーを組むことが前提となっているからだ。依頼のポイントはパーティーメンバーのランクにより振り分けられる。ランクが高いメンバーほど多くポイントが分け与えられ、低いメンバーには少なくなる。
高ランクのメンバーが揃ったパーティーに入れてもらっても、低ランクにはそのランクに見合う程度しかポイントが入らないのだ。
もちろんソロで依頼を達成すればポイントはすべて一人で貰えるけれど、そんなことができる人はまずいない。パーティーを組んで難しい依頼をこなすのがセオリーだ。
つまり『満月』級はパーティーを組んで協力してクエストを達成できる人物であるという、信頼や協調性を示す証でもあるのだ。
私達ふたりは大陸では『満月』級で星ひとつ、結構上位の冒険者だ。幸い仲間に恵まれていたおかげでそこまで上がれたけれど、私とミーナの二人だけでは『半月』級まではともかく『満月』級に上がるのは難しい。
パーティーを募って順調に依頼をこなしたとしても、昇格は年に一度。出国許可の目安となる『満月』級まで上がるには最低でも三年かかってしまう。
三年もこちらにいるのは嫌だ。はやく帰りたい。
冒険者登録の書類を書いて、お茶とお菓子をいただく。
こちらのお茶は茶葉を発酵させていない緑のお茶。独特の渋みに最初は戸惑ったけれど慣れると美味しい。お菓子のほうはバターとミルクの風味がきいたしっとりとしたペーストが入っていて渋いお茶にとても合う。
こちらのお菓子はどれもみな美味しい。大陸よりはやく砂糖が流通したこともあり、砂糖の使い方が上手だ。大陸の砂糖を使ったお菓子はただただ甘いばかりで、たくさん使うほど贅沢だというくだらない見栄でできた代物なのだ。
大陸にすぐには帰れないなら、こちらのお菓子の作り方も覚えておくのもいいかもしれないな。
「こちらでは、女性の冒険者ってどれくらいいますか? パーティーを組むならなるべく女性だけで組みたいのですけど」
ミーナがエステラさんに質問する。
「そうねぇ、正直女性は多くはないわ。しかも戦士としての訓練を受けた人も少ないし、それにあまりこういうことを言っちゃいけないんでしょうけど、品性のない方が多いの」
「品性、ですか」
「お恥ずかしながら、こちらの冒険者は元々職にあぶれた人が大半なの。中には野盗まがいのことをしていた人もいるわ。だから同じ女性の冒険者だからといって安心しないようにね」
戦闘面でも信頼面でも期待できそうにないのがこちらの冒険者の実情らしい。これでは仲間を増やすのは大変になりそうかも。
「大陸から来た冒険者はこのあたりにはいないのですか?」
「皆さん中央のダンジョンへすぐに向かわれてますね。ダンジョン周辺は冒険者が増えたおかげで街が大きくなってるそうですし、こちらより割のいい依頼も多いとのことですから」
ミーナの問いにエステラさんが答える。
なるほど、大陸の冒険者がこの島に来る理由は、島の中央にあるというダンジョン遺跡郡だ。ここシューラ国に留まる理由はない。
私達のように大陸へ帰る冒険者がいれば心強いのだけど、これまで見かけたこともなかった。もしもこちらでパーティーを組むなら現地の人を入れるしか無いか。現地の人がいてくれたほうが助かることもあるのだけれど、先程のエステラさんの話を聞いた限りでは十分注意しなければいけなさそうだ。
「あ、それと手紙を出せますか? 大陸宛てですけど」
「ちゃんと届くかは保証できませんが、出すだけなら」
ミーナは手紙を出すようだ。
「ねぇ、実家に出すの? こっち来てることって秘密にしてたんじゃ?」
「まぁ確実に呼び戻されるでしょうけど、この際手段は選んでられないわよ。手紙一つで帰る手段が確保できるなら安いものじゃない」
ミーナの家は貴族だ。そんなに力はないとミーナは言うけれど、うまいこと私達が帰れるように取り計らって貰えることを期待しよう。
それから、せっかくだからもっていけと、支部長さんからこのあたりの地図を貰った。地図は糞男しか持っていなかったのでありがたい。主要な街と街道が書かれている程度の簡単なものだけど、このあたりの地名を聞いてもさっぱりな私達には大助かりだ。
ミーナは手紙用の紙と封書をエステラさんから購入していた。宿に戻ってから落ち着いて書くそうだ。
支部長さんとエステラさんに見送られ冒険者ギルドを出た。
エステラさんから受け取った冒険者証、大きさは大陸のものと同じくらいだけど形や色が違う。
そしてそこにはランクを示す丸印が刻まれている。ただの丸、『新月』を表すマークだ。私達が苦労して手に入れた『満月』の称号がなかったことにされたように感じ、ため息が出る。
一人前を示す『満月』級のマークに加え、熟練を示す星印がついた大陸の冒険者証は私の誇りだ。
だけど熟練冒険者といえど、たった二人で大きな仕事をするのは大変だ。今の状況では過度に期待されてしまうのも困るので、これはこれでいいかもしれないといい方向に考えることにしよう。
勝手のわからない異国の地だ、初心者のふりをしておくのもいいかもしれない。




