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6:妖精時代

 カナルの街についたのはそろそろ日が暮れるといった時間だった。

 街の門を潜ったところで解散し、冒険者ギルドへ向かった。ギルドで報酬を貰うと、ペロテラとはそこで別れた。短い間だったけど、一緒に旅をした仲間だ。彼女の未来に幸あらんことを!

 私達がとやかく口を挟むのも気が引けたので、マルバダの件はペロテラに任せた。そもそも私達とは同じ商人の護衛とはいえ別件の依頼なのだ。


 カナルの街は運河の流れる貿易都市で、多くの商人で賑わっていた。海からはそれほど離れていないようで、かすかに潮の匂いが風に混じっていた。

 どんなものが取引されているのか気にはなるけれど、今はカハスプエルトへ向かうのが優先だ。とはいえ、今から出発すると確実に途中で夜になるので今日はここで一泊することにした。


 カナルの街は運河を挟んで商業地区と宿泊施設の地区に分かれていた。宿泊街には旅商人向けに荷馬車ごと泊まれる宿屋が多く、他は護衛向けの大部屋や相部屋で、私達のように女性二人で泊まれるような宿がない。しかもどこも客でいっぱいだ。さすがに男だらけの相部屋に泊まるわけにもいかない。それなら野宿のほうがまだましだ。

「どうするミーナ、これなら街を出てカハスプエルトに向かってたほうが良かったかもね」

 時刻はもう日が沈む頃だ。今から街を出るのも危険だ。私達はまだ賑わっている商業地区へと向かった。とりあえず食事のできる店でもあればと見て回る。この際食堂でなくてもいいから食料品を扱っている店がないかと見ているけれど、どうやら小売は行っておらず、商人同士の大口の取引のための店しかなさそうだ。


「食事できそうなとこないわね。宿屋街のほうで探したほうが良かったかもしれないわね」

 ミーナがため息をつく。

 夕暮れ時ということもあり、そろそろ店じまいを始めている店舗もある。それにしてもさすが商業の街だ。いろいろなものが取引されていて面白い。

「あれ? ミーナ、この石って魔石?」

 ごろごろと不揃いな黒い石がたくさん、無造作にかごに入れられているのを見つけ、ミーナに聞く。魔石ときいて、ミーナの反応は早かった。

「あら、これは魔晶石ね。おじさん、これいくらかしら」

「かごひとつで小金貨8枚だ。バラ売りなし、値切りもなしだ。腐るもんじゃないからな」

「買った!」

 早い!

 魔晶石は魔術を使うときに必要なマナの結晶だ。通常は術者の持つマナで行う魔術だけど、マナが足りないときは術者のマナだけでは足りない大きな魔法を行使するためには必要不可欠なものだ。シューラには魔晶石の鉱山があり、大陸に輸出している。今は貿易が止まってるけど。

 それにしても安い。あまり詳しくない私でもわかる安さ、さすが産地だけはある。品質も、ミーナが見てるから間違いないだろう。ミーナの魔術関係の鑑定眼は信頼できる。


「あーっ! 売り切れてるー!」

 私達の後ろから悲壮感漂う悲鳴が聞こえた。

「おじさん! もう魔晶石ないの?」

「おー、たった今売り切れたよ。悪いな」

 振り返ると少年ががっくりと肩を落としていた。

「困ったなぁ、おじさん、他に売ってる業者知らない?」

 少年は潤んだ瞳でおじさんをじっと見る。

「さあなぁ、あーあんたら、知らないか?」

 商人のおじさんが私達に話をふってきた。

「知りませんよ、私達もさっきたまたまみつけて買ったたんだし、他に同じようなのは見なかったかなぁ」

 ここまでいろんなお店の商品を見ながら歩いてきた。魔石っぽいのを見つけたのはこの店が初めてだった。

「おねえさん! 魔石買ったの?」

「ええ、たった今ここで」

「おねえさん! 僕にその魔石! 売ってください!」

「そうねぇ、どうしようかしら」

 あ、ミーナの顔が悪い顔になっている! いたいけな少年相手に何か企んでる?

 

「ところで『ミゼル』がこんなところで何をしているのかしら」

 ミーナの言葉で少年の目つきが変わった。そして大きくため息をついた。

「流石『満月(フルムーン)』級の冒険者か」

 少年がにやりと笑う。先程までの子供っぽい表情は消え、大人の顔へと変わった。

 ミゼルは小人族とか妖精族と呼ばれる種族で、人間の半分ほどの背丈しかなく一見子供のようにも見える。妖精なんて言われることもあるけれど、子供に見えても既に大人、正直可愛げなどない。人間より長い寿命を持つミゼルは自身が人間の子供に間違えられることをわかっていて、子供のふりをしてこっそりと人間社会に紛れ込んでいることがある。可愛げなどあるはずがない。大抵が定住せず世界中を旅し、高品質な食品や薬を売り歩いている。そのため商人としては一流だ。可愛げないない、ちっともない。普通の人なら気が付かないけれど、私達ほどの冒険者ともなれば、人間の子供とミゼルを見分けるのはそう難しいことではないのだ。いや、私も昔はぜんぜんわからなかったんだけどね。かわいい子供だと信じてた。すっかり騙されていたよ。

 

「ここじゃなんだ、俺の行きつけの店があるんだ、そこでゆっくり話そうか。姐さんら、飯まだなんだろ?」

 言葉遣いも先程までのいかにも少年といった感じから、大人びたものに変わった。

「交渉開始ね」

 ミーナがふふっと笑う。


 小人族(ミゼル)につれて来られたのは活気のある大衆居酒屋といった感じのお店だった。大きな通りから小さい路地を抜けてさらに先と、随分奥まったところにあり、私達では見つけることができなさそうな場所だった。

「俺はルト、薬を扱っている。で、早速だけど魔晶石だが売ってもらえないか? 勿論、姐さんがたには損はさせないよ」

「私も魔晶石は必要だから、全部は売れないわよ」

「そうだな、とりあえずこれくらいの石を5つほど欲しい。ひとつにつき小金貨1枚でどうだ」

 ルトと名乗る小人族(ミゼル)は、両手の親指と人差し指で小さな円を作る。

 さっき買った魔晶石はそれくらいの石とそれより小さめが混ざって10個くらい入っていた。その値段なら損はなさそうだ。

「それで、どんな薬を扱ってるのかしら」

 ミーナは売るとも売らないとも答えず、ルトの扱う薬について尋ねる。ミゼルの作る薬は効力が高いことで知られている。いくら人間の職人が真似しても、なかなかミゼルの技術には追いつけないのだ。

「ああ、勿論売ってもらえればお礼に特別価格で提供するぜ」

 ルトは肩掛けカバンから数本の瓶入りポーションを取り出した。

「え、これもしかして、アトリスポーションじゃない?」

 思わず大きな声が出てしまった。

 アトリスポーションは疲労回復や睡眠の質の向上に効果がある飲み薬だ。数種類あり、値段によってその効果量が違うのだけど、冒険者の間では疲労回復効果が高いものが当然人気なのだ。ただし他のポーションより高く、お財布に厳しい。しかし、なんといってもその飲みやすさが他のポーションと大きく違う点なのだ。一般的なポーションは効能が高くなればなるほど味がひどくなる。しかしアトリスポーションは普通に美味しいのだ。

「正真正銘、俺が作っている本物だ。アイミグケイルの虹に誓ってな」

 ミゼルの中にはずる賢いのもいるけれど『アイミグケイルの虹に誓う』という時は嘘はついていない、らしい。意味はよくわからないけれど昔からそう伝えられている。

「アトリスポーションは(ニーネスタ)からの輸入品とは聞いていたけれど、ミゼル(あなた)が作ってたのね。どうりで質がいいわけだわ」

「冒険者なら、この最上級品、ウイングが役に立つんじゃないか? これは大きな怪我をしたときに回復するのにかなり効果があるぞ」

 アトリスウイングポーションはかなりの高級品だ。元の値段が高いうえにそんなに数が出回っていないため高騰する。しかも大きな戦闘でもあれば、大抵は貴族様や金持ちが買い占めてしまう。翼の印がついた真っ赤な薬瓶が特徴的で、私も実物を見るのは初めてだ。

「で、それはいくらで売ってもらえるのかしら」

「いつもなら小金貨2枚ってとこだが1枚でどうだい」

「安すぎない? あまりにも安いとかえって怪しいわよ」

 ミーナが怪訝な顔をする。たしか高いときには大金貨1枚になるくらいの品だったはずだ。小金貨が10枚で大金貨1枚となる。

「そりゃぁ、俺が生産者だからな。それに今は新規顧客を探してるところでね。姐さんたちのような理解のある客は大事にしたいと思ってるんだぜ」

「わかったわ。私の想定より高かったら値切ってやるつもりだったけど、その値段なら文句の言いようがないわ。魔晶石5つとウイングポーション5つを交換でいいかしら」

「決まりだな。ポーションは俺の荷馬車にあるからあとでついてきてくれ。それじゃ、話もついたことだし飯にしようか。なに、俺の奢りだ。どうせこの店で何を頼んだらいいのかわからないだろ?」

 食事のことはありがたくいただくことにした。出てきたのは、大陸ではみたことのない太めのパスタで、真っ黒なスープに入っている。肉の破片のようなものが浮いていて見た目は正直怪しい。

「匂いは、おいしそうだね」

 ほんのりと紫ソースの匂いがする。島の料理は大抵このオオマメから作った紫ソースと呼ばれるものが使われている。色は紫というよりほぼ黒だけど。

「あとはこのすりおろした生姜(ジンジャー)を入れるとうまいんだこれが」

 ルトはテーブルの上に置かれた深皿に入った黄色いものをスプーンでたっぷり三杯、パスタの入った黒いスープに入れた。

 恐る恐る一口スープを口に入れる。この島にきてもう何度も味わった紫ソースの味だが、それだけでない。甘みもあり、肉の脂の旨味もする。パスタは柔らかく、もちっとしてなんとも不思議な食感だ。

「おいしいわね。いかにも労働者好みって感じだけど、生姜(ジンジャー)を入れると味にいいアクセントがつくわ」

 ミーナは早速生姜(ジンジャー)を入れて食べている。私もちょっとだけ入れてみてスープの味を確かめる。

「ほんとだ。生姜(ジンジャー)のぴりっとした感じが甘辛いスープのしつこさを和らげて、新しい味に変化させてる!」

「気に入ったようで何よりだ」

 ルトも私達が美味しそうに食べているのを見て満足そうな顔をしている。

「ところで、魔晶石なんて何に使うの? ミゼルって魔法使えないよね?」

 私はルトに尋ねた。魔術師の使う魔法は、魔核石と同調することで魔法を発動させることができるのだけど、どういうわけかミゼルには使えないと聞いたことがある。

「あ、なんだ姐さん、魔道具は使わないのか?」

 魔道具というのは予め魔法術式が組み込んであり、魔術師でなくても魔法の効果を使えるようにしたものもある。言われてみれば私もいくつか魔道具は持っている。ただし魔晶石を使うような仕組みにはなっていない。自然にマナを溜め込んで、チャージ完了すれば使えるというちょっと便利な道具といった程度のものなのだ。

「俺の扱っているポーションの材料はミルクなんだよ。仕入れて持っていくためには温度管理が大事なんだ」

「保温の魔法箱ね。あれは結構マナを消費するわね」

 ミーナが話に入ってきた。あ、魔術関係の話になるとミーナはすぐに食いつくんだった。

「大陸ではあまり大型の魔道具は普及してないのよ。どうしても魔晶石が必要になるからね。魔術師組合も魔道具はニーネスタ島(こっち)向けの商品作りに力を入れてるわ。大陸じゃほんと売れないのよ」

「そっか、こっちじゃ魔晶石が安いからそういう魔道具が大陸より使われてるんだ」

 魔術の本場は大陸なのに、その技術がより使われているのはニーネスタ島(こっち)だというのはなんだかもやっとする。そういえば、この食堂で出てきた水が結構冷えていることに気がついた。これも魔道具で冷やしているのだろうか。そうだとすればかなり贅沢な使い方だ。

「いやぁ予定以上に仕入れてしまってな。それで追加分を冷やしておくのにマナが足りなくなりそうだったんだよ。ほんと助かった」

「でも魔道具が結構使われているなら魔晶石ってどこでも売ってるものじゃないの?」

 ふとした疑問を口に出した。

「そうよね、大型の魔道具を安定して使いたいなら魔晶石の確保は大事よね」

 ミーナも首を傾げる。魔術師にとって魔晶石はいざというときの切り札になる。大型魔術の発動には魔晶石は不可欠だし、そうでない魔術も、連続で発動させるには術士の体内のマナだけではすぐに枯渇してしまう。

「あーそれな、魔晶石を掘っている鉱山を管理してるとこがあってな。そこが販売も仕切ってるんだ。商業組合に加入すれば、売ってもらえるんだが。俺みたいなふらふらしてる奴は入れてもらえないし入る気もないからな。だから流出品を見つけて手に入れなきゃいけないんだ。姐さんらも魔晶石は買えるうちに買っておいたほうがいいぜ」


「あ! みつけたぞ、小僧!」

 突然、大きな声が私達の会話を遮った。


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