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1:別れの朝

「パーティー、抜けてくれないか」


 二百年前、『魔獣戦争』と呼ばれる大きな戦争があった。当時アスリマ大陸を支配していたグランザード帝国と、ニーネスタ島を支配していたシューラ魔王国との戦いである。

 戦争は、光の勇者により魔王が討伐され、シューラは魔王から開放された。しかし帝国も魔王軍による攻撃で首都を失い滅亡した。

 今では大陸は帝国から独立した国々が戦後の復興を果たしたのだけれど、シューラでは未だ戦後の混乱が収まっていなかった。


「なぁ、聞こえてる?」


 ここはニーネスタ島、シューラ魔王国最大の都市だった首都フィアザド。

 魔王城があったとされるこの街は、魔王軍がいなくなったことで統率のとれなくなった魔獣により内部から崩壊した。

 本来外敵から街を守るための壁は、内側から魔獣によって破壊され、住む場所を失った住民はこの街を離れた。かつての栄華の面影はこの街にはみられず、廃墟の一角に人が生活をしているといった様相だ。


 そんなフィアザドの街の宿屋の食堂で、私ミリアは朝食を食べている。

ちょっともっちりしたやわらかいパンに、エミュの実のジャムをつけていただく。

 エミュの実は私の故郷にはない珍しい果実だ。ちょっと酸味が強いけど、こうしてジャムにするととてもおいしい。

 宿屋のおかみさんが言うには、エミュの実を特産品として街の主力産業にしたいと住民は頑張っているそうだ。

 昨日、保存のきく干した実を、味見もせずに買っておいたけど、これは期待できるかも。実をつけこんだ果実酒も美味だというので、いつか飲んでみたい。

 ちなみに朝食に出されているのは木の葉を煎じたお茶だ。これはちょっと独特の風味があり私の好みではなかった。


「…パーティー、抜けて欲しいんだ」


 目の前にいる男は私と同じ冒険者パーティー『鬼殺の剣』のリーダー、ジャスパーだ。

 この世界には冒険者と呼ばれる職業がある。魔物や野獣などの討伐や、旅行者の護衛などを請け負っている。本来は国の軍隊なんかがやらなきゃいけない仕事なのだけど、二百年前の戦争で、いろいろと人手が足りなったこともあり生まれた職業だ。

 武勲を立てようとする戦士や、未知の遺物を探す探検家、魔法を追求する魔術師、神の教えを広めようとする聖職者、元は野盗まがいのことをやっていた人など冒険者になる人は様々だ。

 私達『鬼殺の剣』はアスリマ大陸を拠点としていたのだけど、半年前に新たな冒険を求めて大陸の東にあるここニーネスタ島へやってきたのだった。


 私がさらに無視して食事を続けていると、目の前の男、ジャスパーが先程より弱々しくぶつぶつと喋りだした。


「昨日の、あれな… まぁそういうことなんだ、それで、なんというか」


 この男、私の恋人だ。昨日までは。いや、もしかしたら私だけが恋人だと思っていたのかもしれない。

 冒険者として成功したら、一緒に剣術道場を開こうとか将来のことを語り合ったりした。同じ剣士ということもあって、冒険の旅の間、戦術について話し合ったり、結構楽しくやっていたと思う。


「セレサとは、まぁ、そういう関係になったんで、そのなんというか…」


 セレサはパーティーメンバーのひとり、剣士の女性だ。

ニーネスタ島(こっち)へ着いてから新たに加わったメンバーで、誰にでも遠慮なく距離を詰めてくるタイプだ。薄いピンク色の長いちょっと癖のある髪の毛で、大きな瞳で可愛らしい。

 メンバーに入ってひと月ほどだけど、私は彼女のことを普通にいい子だと思っていた、昨日の夜までは。


 昨夜、宿の湯場を使うとき、忘れ物に気がついて部屋のほうに戻った私は、扉の前で何か物音が聞こえるのに気がついた。

 物取りかもしれないと思い、そっと扉を開けると、そこには椅子に座ったジャスパーの上に抱きつくように座り、上下に動くセレサの姿があった。

 何が起こっているのか暫く理解できずにいたけれど、恍惚とした表情のジャスパーと、セレサが漏らす喜悦の声に、私は現実を理解した。

 私と目が合ったジャスパーの表情が、青ざめていくのを見ながら私はそっと扉を閉じた。セレサのほうからは扉が開いたのは見えなかったようで、扉を閉めてセレサの甘い声とギシギシという音が聞こえていた。

 ひと呼吸して落ち着いてみると、不思議と怒りはわいてこなかった。


 よくよく考えるとこの男、二人きりになったとき、やたらと身体をさわってきたりしていたっけ。つまりそういうことをかなり求められていたのだ。

 たしかに、私達はお年頃。そういうことがしたいのは十分わかる。

だけど私はまだ冒険者を続けたいのだ。妊娠すると続けられなくなるじゃない。そういう話もちゃんとしていたはずなんだけど、理解してくれてはいなかったみたい。

 この男とは二年ほどの付き合いになるけれど、まさか出会ってひと月の、交尾可能な(やらせてくれる)女のほうを選ぶような奴とは思ってもいなかった。

 心は許したかもしれないけど、身体までは許さなかった自分を褒めてあげたい。結局のところ、私はこの男のことがそこまで好きではなかったのかもしれない。自分の冷めやすさにちょっと驚いた。


「僕としては、その、このままだとお互い気まずいと思うんだ、それでまぁなんだお互い距離をとったほうがいいと思うしこのままだといろいろとパーティーとして問題が起こると思うんだようん…」


 糞男(ジャスパー)が早口で喋る。私としてはもうこの糞が誰と乳繰り合おうとどうでもいいと思っているのだけど、こいつはそうはいかないのだろう。

 そういえば、数日前からセレサが私を見る目がなんだかにやついていたのを思い出した。そうか、あれは勝ち誇った顔だったのか。たしかにこのままパーティーにいても面倒くさい。


「で、お前… ここまでついてきてもらっといてなんだが、大陸(こきょう)に帰ったほうがいいんじゃないかって思うんだ…」


 確かに、もう私にはここにいる理由がない。私達はこの島の中央にあるオーザ遺跡群という新たに見つかったダンジョンを目指している。といっても全員がダンジョンになにがなんでも行きたいかというわけでもない。

 ジャスパーが行きたいと言って、メンバーもそれじゃ行ってみようか、といったノリでここまで来たのだ。

 私はついでに大陸で有名な英雄騎士ランザー様に会いたいという理由もあったけれど、どうしても会いたいというほどのものでもない。

 ランザー様は、私の祖国の貴族様で数多くの伝説を作っている英雄だ。

 私は小さい頃からランザー様の物語を聞いて育ち、一度会ってみたいと思っていた。しかしランザー様は私が本格的に剣術を学ぶ頃にはここシューラ国の復興のために騎士団とともに派遣されたのだった。


 貴族であるランザー様に、私達平民がそうそう会えるようなものではないのだけれど、もしかしたらチャンスがあるかもなんて淡い期待もあったのだ。彼の率いる騎士団だけでは人手が足りないため、現地で働き手が採用されているとも聞いていたのでダンジョン探索がうまくいかなかったら騎士団に取り入ってもらうという淡い期待もないこともなかった。

 まぁそんな幸運はそうそうないことくらいわかっていたので、会えたらいいな、くらいの願望だったけど。


 しかし『英雄騎士ランザー』は死んだ。私のささやかな夢は潰えた。他国の貴族からの支配に反対する勢力に暗殺されたとの噂が流れている。

 そしてそのせいかはわからないけど、貴族たちが一斉にこの地を離れているそうだ。先月、旅の道中でいっしょになった商人から聞いた話だけど、今でも信じられない。


 残ったパンを口に放り、すっかり冷めきったお茶で流し込み、私は口を開いた。

「ここから帰るにも結構距離あるんだけど」

 私は、糞男(ジャスパー)をにらみつけ、右手を前に差し出した。私の意図を理解したようで、糞男(ジャスパー)は財布を開き、大金貨二枚を差し出した。


「パーティーの共有資産から…これだけあれば帰れるんじゃないかな?」

 糞男(ジャスパー)は私が別れることを了承したことにほっとしたようで表情を緩ませた。


「で、あんたからはなんもないの?」

 慰謝料だ。取れるものは取れるうちに取っておく。正直大金貨二枚じゃ旅費としては心もとない。大陸への船は正直いくらとられるかわからないのだ。


 私がじっと糞男(ジャスパー)を睨み続けると、観念したのか別の財布から大金貨一枚と小金貨四枚を取り出して私のほうへ差し出した。

「これ以上は勘弁してくれ…俺、もうあまり余裕ないんだよ」


 セレサの装備がいつの間にかいいものになっていたのを思い出し、私はテーブルの上の硬貨を拾うと席を立った。

 お互い、必要経費は自分で出そう、甘えるのはよくないって二人で話してたけど、セレサに対しては違うんだ。こいつが欲しかったのは、対等な関係ではなく、慕って甘えてくれる相手だったのね。


 私は糞男(ジャスパー)のことを見ることもなく、食堂を後にした。

 そういえば朝食の代金を払ってないことに気がついたけど、まぁこれくらい糞男(ジャスパー)が払ってくれるだろう。うん、払わせよう。それくらいしないと私のいらいらが収まらない。


 さて、これからどうしよう。建物の二階にある宿泊部屋への階段を登りながらこれからのことを考えると、不安がどんどん大きくなってきた。無事、大陸行きの船が出る港町まで戻れるのかすらわからないのだ。

 どうしてこうなったんだろう。私、なにか悪いことをしたのだろうか。どうしてあんな男を好きになっちゃってたのか、今となっては不思議だ。

 もういい、どうでもいい。今まで信じていたものに裏切られた喪失感よりも、これからやらなきゃいけないことに対する不安感のほうが大きかった。

 憂鬱だ。


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