女勇者の禁書思い書18
このころになると授業にも慣れて緊張感がなくなってきても数字を使った授業はとても新鮮で、まばゆく見えた。
この数字を扱った授業は、この黒板に書かかれた数字は重要なところは漏らさず、わからなければすべてとりあえずはと書き写していった。
算式の基本である足し算と引き算というものを配られて印刷された用紙を参考にしながら授業に臨むことになった。
周りの様子を見てもみな真剣に授業を受けているようだった。みながみんな前方の授業をまじめに受けていて紙にメモ書きなりして、素早く鉛筆を走らせていたりしていた。
私のほうもメモ書きなどはしているがきっちりというわけではなく、半分くらいしか覚書はしていないが、周りはやたら真剣でまるで講師のいったことを一字一句漏らさずに書き留めているんじゃないかと思うぐらい真剣に走り書きをしている者もいて、そこまではやらなくていいんじゃないかと思ってくるほどだった。
この二コマ目の講義を受けたとき、私は前の講義と同じような顔ぶればかりであり、それだけでもこの退屈な授業に身が入る思いだった。みな感じていることは同じでいわないだけだ。だから私も負けてはいられないと自分ををふるいたたせることができた。
やはりここを選んだことは正解だったと思いなおしたりしていた。
授業は進んでいく、当然ある程度進むとその後の授業は自習になることは今までの経験で分かっていた。
自習になれば受け身でなくなる。受け身でなくなればやる気と気力が支配する時間だ。
見たことない数字、分数はかなり、頭の刺激になり、今まで以上に自習の時間はやる気に満ちていた。
もう一つ私をやる気にさせているものがあり、それは見知っている友人との出会いであり、今、ここにいる目の前の不愛想な友人とつるんでいるものに期待したものがあったのは事実だが、ほかの友人との再会を今は特に待ち遠しく感じられて、それもここに来る楽しみの一つだ。
それなので、帰るときにでも誰かと会わないものかと、とても期待してあまり勉強には身が入らなかったとしても納得できるというもの。まだ今はそのような年ごろだし・・いいよね、胸を弾ませるぐらい・・。
そう、そわそわする自分を言い聞かせていた。
その時間の自習はひたすらメモ書き用紙に鉛筆で何度も書いて漢字と算式を暗記していった。
それはみなも見るまでもなく鉛筆の走らせる連続した、またはダブった音からしても明白だった。
私はこんなことがあり、自習にやたらと夢中になっていて、終業ベルが鳴っているのを聞いたクラスの誰かが終わったといいながら席を立つ音を、大勢の人が一斉にかつバラバラに立つ音を聞いて初めて授業が終わったのだと認識したのだった。
授業が終わったと頭に認識されると、今までの集中のせいかどっと疲れが増してくる。できればすぐにでも帰りたいがそうするわけにもいかなかった。
それは今日は確かに二コマしか入れていないのだがお楽しみはもう一つあり、この疲れた体に鞭打つ必要があり、それをしなければ今後の楽しみがだんだん少なくなっていくというか・・たぶん、今後はそれを少しでもしなければ悲しいかつつまらない結末が待っていることは経験の少ない私にでもうっすらぼんやりと予想することができた。
それにしてもまだまだ運動が足りていないのは明らかで、体が疲れたと頭に訴えているのを感じ取っていたし、自分の体力のなさを感じやたらと眠気が出てきていた。
眠い・・もう帰って寝たい・・ベッドに寝転がってゆっくりしたいと本能はそう訴えていた。
私にはやることがあるんだ。まだへたばれないと、今ある気力をふり絞っていた。
私の前の友達二人は、正確には一人はまだ友達に至っていないと思うがその二人はまだたわいない話をしているようなので、迷った末、配られ印刷された紙をカバンに入れて教室を出た。
教室を出て廊下で少し迷ったが、その階にある休憩用の椅子に誰の目からもわかるように廊下のほうを向いて腰を下ろした。個々のテーブルは木目がわかる木製でつやがあり、楕円形の形をしている。
もし、友人がここを通れば私に気づくし知り合いも声をかけてくるはず。
私の腰かけた楕円テーブルにはほかに誰もおらず、椅子をもてあましていた。
そこでその階の教室の全員が出てくるのを待ってみることにした。
ここは建物はともかくとして、学習塾みたいなところなので、当然男女共学である。それなので容姿の整った者たちはいるにはいたが、私は今一つその気にはなれず、少し浮いていたりもしていたがそれ以外のことでは友達とよく話していた、特に趣味での話では。イケメンを見るとあの人よくない近い近いって盛り上がっているが私はその人を二重に疑うことがある。
一つはあの人よくないとかいうのはあまり好きではない人を言っていることが多い、すくなくても私から見て相手の内面はどうだか知らないが外見も大したことないようだった。それは私が好みがないというわけではなく、よいのか悪いのかぐらいはわかるし、「よくないとか」言われた人を見てみるとどうも不細工というわけでもなく、しかしかっこいいというわけでもなく、なんかイケメンにはまだ足りないというものが多く見ることがあり、これは何かあるんではないかと勘繰るようになった。
つまり、あの人よくないといったものは他に好きなものがいて、言った相手とそのものとをくっつけたいのかしたいのだろうと思っている。そして少しでも好敵手になるようなものを取り除きたいのだろうとこの頃考え始めている。これは一方的な私のその子に対する決めつけでしかないことはわかっていることだったが、いまいち友人の考えがが推し量れない。そのたびにこれも年を取ったらわかっていくんだろうなと思ったりしていた。心の内にはもう一つたぎる思いがあり、それは友人、親友が欲しいと、本音を語り合える友が欲しいと切に願う思いであった。現実はこうならないことが多いことは先の例からもわかる。人それぞれそう思わずにはいられない。
まあ、友人とはこの程度のものだろうと考えてはいるが、今は別であり、それを忘れて知り合いを作ったほうが良いと心のうちがそのように私に告げている。
それを考えると腹ただしくなってくるが、そこは我慢であった。ほかの言われた子も同様のことだろう。
ただ、今の私には異性に興味を強く惹かれることはなく、同性の友人と変わらなかった。ときめくものでもないし、恋焦がれたりしたりもしない。ドキドキもしない。むしろ・・・。
待っているとろくなことが頭に浮かんでこない。なるべく考えずに周りだけ、通る人だけ見ていることにしている。多くの人が行ったり来たりしている。だからできるだけ同年代を見つけて、話しかけるのがいい。
私は出てきた教室から出足が遅れたとはいえ、すぐに出てきたので、それほど取りこぼしてはいないはず。
通る人たちはみんな私より若いか同年かもう少し上ぐらいのものばかりで年を取っている人はまれにみる程度であり、きっと、この人たちも必要に迫られ、しっかりとした読み書きが必要になってきているのだろうと考えていた。
その考えも一瞬のことであり、ほんの数秒のことでありはしたが目的が通り過ぎてしまったのではないかと心配してしまったがどうやらまだ通っていないようだ。
そのままそこで座りボケっと行きかう人たちを眺めていると、目標の者たちが近づいてきた。そのものたちは言うまでもなく、教室の二人組で一人は友人であるはずの人である。
二人組をじっと見ていると、相手もこちらに気づき別れの挨拶をしてくる。
言葉を先に発したのは相手だった。
「よ、またね、レナ」
「ああ、またね、れいか」
私はこの時、隣にいるメアリーにも声をかけるべきだと考えていたが、それとは裏腹に実際は声をメアリーにかけることはなかった。
三人の距離はどんどんちじまっていきまた距離は遠ざかっていく。この時が一番緊張した瞬間でもあった。
まあ、相手もあまりこちらのことはいい印象を持っているわけでもないし、いいよね。
自分に言い訳をした。
それでもかけるべきではなかったのかと自責の念があった。後悔するだろうか・・。
息を大きくゆっくりと吸い込む、そして吸った息を同じようにゆっくりと、しかし深く吐き出した。
そうすることで頭に空気が行き届くようで少しすっきりしてくる。
友人二人が通り過ぎると、すごくやり切れない寂しい自分が残される。
おそらく、目の涙腺が緩んでいたかもしれない。でも涙は出ていない。
気を取り直しそのまま椅子を陣取っていた。
残念なことにその時間には見知っているものは見ることができなかった。
そこで待っていた時間はせいぜい十分程度だったがとても十分には感じられず、ずっと長いように感じられて、次の講義までその椅子にいた。
次の講義が始まる数分前にはもう、廊下には歩いているものが一人もいなく、シーンと辺りは静まり始めて、少しばかり胸が痛んだ。
「はあー」
ため息をはいていた。
私、ここに何しに来ているんだろ・・・勉強をしに来ているんだって。そしていいところに就職して自立するんだ。それが目標のはず・・・。それが今は唯一の頼みであった。
親友ってなんだろう・・。
誰もいなくなった廊下は思いのほか静かで耳が少し痛くなるほどだったが、ほどなくして講師が教室に入ってくると、講師の低い声が聞こえるだけになり、それが教室から漏れ出て、廊下に壁に天井にわずかながらこだましていた。
「はあー」
ため息をはいた。今度は少し意図的だった。そのため息も大理石の廊下に壁に床に窓にわずかながら反射してこだまのようになっていた。
今はだれもいないが、ここではため息はやめたほうがいい、そう思う。
重い腰を上げて椅子を引きずるように立ち上がると椅子の摩擦の音でズズズっと鈍い音を出していた。正面入口へと向かい建物の外に出て家路を通った。
もう、正午をはるかに回っている。おなかが鳴っていて、授業中も少しなっていた。すごく恥ずかしかった。授業中に顔が少し赤くなっていたのを覚えている。
一応、お弁当はもってきているのだが、食べている人が見当たらないために食べずに、今まで持ち越して来てしまっていた。私はなんだか人前で一人で食事をするのが何だか恥かしくなってきてしまうたちであった。これも思春期特有のものなのか?と時々考えてしまう。何も恥ずかしいことはしていないし、誰だって食べたり飲んだりするんだと、人前で一人で何か口にするときにはそう自分に言い聞かせていたぐらいであった。
家路を行く私はこの先にある、かなり広い公園で昼食にでもしようと考えていた。
そこは、例のおねーさんたちが体操をしていたところであり、休憩にはもってこいの場所であると思っていて、いつか友達にも教えてみようとか、ここのことを聞いてみようとか考えていたりしていた。
その場所は私にとってはよく見知っている場所であり、ひょっとすると、ここは結構有名な公園だったりするのだろうか?
私はそんなこと知らない。ただよく見知っている大きい公園だなーといつも思っていた。この公園に名前があることを友達から聞くまでは名などあるはずもない、よくある公園ぐらいの認識しかなかったが、これも友達から聞いた話だが、ここの公園は歴史上有名な人が訪れたことある場所などだと聞かされたことがあった。誰であるかは名前は忘れてしまったが・・思い出せない。だれだだっけ?・・まあいいや、またあとで考えてみようと、調べてみようと考え、そう考えることがさらに私にやる気と将来への楽しみを与えていた。
自然と顔つきがにっこりとしてきてしまう。この心からの何か湧き出るような楽しさは隠すことができずに顔ににこっとでてきてしまうのだった。 その笑顔はきっと人が見たらとても魅力的だっただろう。
いざその公園についてみると改めて広いとしみじみと思う。少し遠くの同じ岸にそのシカがいた。ひょっとすると午前中の鹿なのかと疑うが、確かめるすべは私には持ち合わせてはいない。そのシカは対岸のほうを見ていて、こちらに気づいてはいないようだった。野生動物監察官もわるくはない。そうすればいずれは個体の見分け方などもわかることだろう・・だけど私にはなりたいものがある。
ここの公園は土手の降りたところにも土手があり、そこにも芝生が短く生えそろっていて、気持ちの良いところであった。土手を降りたところに椅子があり、そこは芝生がなく整備されたグランドが少し多めに広がっていた。そこの椅子に腰を下ろす前にひとさし指でベンチをつんつんとつついてみて手にペンキがつかないいことを確認してから青空の下、温かい太陽の下で食事にすることにした。腰かけた木造の背もたれのある椅子は黄土色にペンキが塗ってあり、つやがあり、そのペンキのにおいもまだ残っていた。時折、冷たい風が吹いてはほうを露出した肌を冷たくしていった。髪も風と共にたなびいて少し長めの髪をうっとおしく思っていた。切ったほうがいいのか・・・しかし切ると伸ばすのにかなり時間と労力がかかる・・どうすべきか些細なことでかなり悩んでいた。
日差しはもう春の日差しであり少しばかり熱い、そろそろ春の到来を感じさせていた。
ゆっくりとカバンの中から弁当箱を取り出す。昼食を取り始める。竹かご弁当の中は海苔の握り飯であり、その中身は丸くしてあるおにぎりであった。私はこの形を見て驚いた。それはいつも握っている形の梅干しや鮭や昆布といったものだった。
どちらかというと好物。
なぜかというとそれは米だからである。
米は麦でできたパンよりはすかすかしていないために腹持ちがよく、長く運動するときやどこか出かけるときには重宝する。腹持ちのいい麦汁など持ってこれるわけではないため、あるいは小麦粉を練って油で揚げたものもコメ並みに腹持ちはいいが私が用意したわけではないため文句を言えたことではないのだが・・。
革の肩掛けバッグから金属製の小ぶりの銀の丸みを帯びた携帯水筒を取り出して、少し大きめに作られているふたをコップ代わりに水を注いでいく。
コップになみなみと注いだ水を一気に飲み干す。ごくごくと自分からでも音が確認できて、のどを通っていくのがわかる。
おいしい。冷たくなんだか清らかな湧き水のような感じがする。
冬の水がこんなにもおいしくなるのかと思うぐらいに、今までよりもおいしく感じられた。
逆に夏の水はそんなにおいしくはない?なぜだろう?
ただたんに体の感覚により今、飲んでいる水をおいしく感じさせているということはないだろうと思っている。




