女勇者の禁書覚書15
川岸にある大きな公園を通り過ぎて、対岸へとつながる橋は手すりも材木でできたアーチ橋だった。その橋の手すりはおなかのあたりぐらいまでくる高さだった。橋の幅もかなり広い。馬車も三台くらいは並行して走れるぐらいの川幅でかなり広く感じられて、橋の端から端までの長さもかなりあり、川から橋までの高さは結構な高さだ。ここから落ちたら死ぬんじゃないかっていうぐらいの高さだったが前に母から聞くとせいぜい15メートルぐらいだろうと言っていた。
この橋を渡るのはなかなか怖いものだった。いや、橋を渡る一歩一歩事態が怖い。橋がわずかに揺れている感覚に襲われて、初めて渡った時にはここで立ち往生してしまったことを思い出す。そこを歩くとこつんこつんと材木板を歩く音と同じ音がして、そもそも木でできているために腐っているとこがないか下を見ながらわたってしまう。大通りのためそのようなことはないとわかってはいるのだが・・つい、人としての習性なのか、私だからなのか分らないが・・。それでも時折、足元を見ながら今も歩く。
対岸に行く橋を渡り始めるころには通勤途中の人達をかなり見るようになり、役所は何時に始まるのだっけ?と自問した。
確か・・九時からだっけ?
このまま順調にいけば時間があまり、おそらくはまだ役所は開所していないだろうと予測できて、そうなれば待つことになるが、それはそれでよいかと思うが、自然と足取りはゆっくりになっていき体が勝手に時間調整を始めていた。
それでも少し早く着くことになり、役所周りに建物が林立していて、近くにそれなりに広い公園があり、その公園には誰もいなく、あたりも比較的役所の前だというのにシーンと静まり返っていた。役所は私が見た中で一番大きい建物のようで、おそらくは五階ぐらいはあるだろうと思われ、木造のようだが白く塗られていて、木造建てには見えず、未来の建物と思ったほどだった。さらなる将来はどうなるのだろうと頭の中で思い描いていて木造じゃなくなるだろうと思わずにはいられなかった。
私はやかましいよりは静かなところを好むので、今の時間帯は私にあっていると感じていた。
公園内はベンチぐらいしかないが下はかなり短い草が生えていて、それはイネ科とわかるがもう一つの三つ葉の変わった草は名前がわからなかった。冬のこの寒さだというのにしなびてはいるが青々としている。しばらくその場にしゃがみこんで、その下草を眺めていたがなんだか疲れたのでベンチに座ろうと当たりを見渡して、いくつかあるベンチのうち近くに腰を下ろして、ゆっくりと息を吐きだした。「はー」。ベンチに座ったまま空を眺めると空はとてもきれいですがすがしく、来てよかったのではないかと私は思った。
「まあ・・空はいいかな」
そう空を見上げながらつぶやいた。そのあと、すぐにひとがいないかとあたりを見回したが近くには誰もいないことを確認してほっとするのだった。
自然に出てしまうとはいえやはり人目は気になる。もっと年を取ればこれぐらいなら気にしないのかもしれないが・・これも年ごろなのかなーと思う。役所が開くまで待った。公園内には簡易のお手洗いもあり、用に困らなかったのはうれしいが、それが近くにあるとせっかくの気分が台無しになりなのでその場所から一番遠い場所を選んだのがここだった。公園は出入れぎ値は一つではなく、二か所ほどあり通り抜けができるようになっていた。通り抜けられるといっても直進ではなく、曲がって通り抜けられる構造のものだった。
役所の扉が開いたのはそれから少したってからだった。まず役所を警備しているもの、老齢と言っていいぐらいの男の人が出てきて、ガラスでできている少し大きめな前後開閉式扉の施錠を下に鍵穴があるらしく、その初老のおじいさんはかがんで解錠していく。扉はいくつもあり、二重構造であり最新の構造だったに違いなかった。自分の家の玄関ほどの大きさの扉もあればもっと大きいのもあるのだった。遠巻きに見て、その男の人は立ち上がると背は私より頭一つ分くらい低いだろうと見立てた。その男の人がとりわけ低いというわけだはなくただ世代ものだということだった。正直そんなことはどうでもいいのだが、つい気になってしまうところであった。門の前には男女数人が待っている。その者たちは背広を着ており、どっかの社会人か公務員系かとわかる。
こんな早く来る人たちは何の仕事をしているのだろうと考えてしまう。きっと事務所内での仕事に決まっている・・・。
ああ、憧れのオフィスワーク。どれだけ望んでいることだろう。いつかきっと・・・。
並んでいる人達を見てそう思わずにはいられなかった。私は必ずその仕事に就くんだと心に刻み前向きな姿勢で役所に向かって歩いて行った。
私は建物の端にある小さいほうの個人で出入りするようなガラス扉から扉を押しのけて建物の中に入るのだった。重い。扉は前後に開閉する形のであり、二重であり、鍛えていない者にとってはかなり重く、みんなよくこんな重い扉を平気で開けられるなと感心していた。
中に入るとすぐわきに案内人らしい人に出会う。その人たちは20代くらいの女の人で、二人、そこに腰かけていた。中はそんなに人は歩いていなかった。それもそのはずで待っている人が数人いた程度であったため、人の出入りは職員かよほど急用か朝一番で届を出そうと思っている人たちだろうと予測できた。数人しかいないはずだったが、それ以外のもと思われる歩いている作業服を着た人もまばらにいたことが私を驚かせた。その人たちははやり届け物か何かの手続きだと考えている。
その受付の人たちは、胸はそれほどでもなく、身なりは派手で赤のハット帽子をかぶっていて日よけ部分が短めのをかぶり、上半身も白シャツに赤のベストだった。近くまで来るとスカートも赤だとわかり、いかにも案内人と物語っているように見えた。
「あのー環境保全課ってどこでしょうか?」
ここは来たことがなかったために迷わずに案内所の人に話しかけた。
「はい、環境保全課ですね」
そのお姉さんはどこかマニュアルに沿ったような言い方をすると案内図のような紙を見た。
私が尋ねたおねいさんは、その紙を人差し指で場所を確認していた。
「環境保全課ですと三階になります。階段は向こうの奥にありますのでそれを使ってください。」
私に答えを返したおねいさんは手で行くべき場所を示しながら私の問いにこたえたその人はなかなかの美人で、もう一人のほうも負けてはいなかった。私が異性だったら好みだったろうに・・。
お嫁に欲しいぐらいだった・・。
もし私が異性であったなら将来嫁にむかい入れたい人の一人になることは間違いなかったが、あいにく私は女であり同性はちょっと・・・何だろうこの気持ちは?何かもやもやする。不安?うしろめたさ?なんだかわからないままわずかな時間が過ぎていく。
「どうもすいません」
案内人に礼を言い、案内人に言われた場所のほうへと歩き出す。
中は広く移動しようとするだけでなんだかしんどい気分になる。
階段を探して広い通りの廊下を横切る最中、二つのスライド式開閉扉を見つけたが、不思議なことにその扉には取っ手のような手をかけるところは見つからなかった。
あれ、いったい何に使うんだろう?
階段についてからもそのことを考えたが階段を上がるうちにやたらと緊張してくるようになり、そのことは頭の片隅に追いやられていた。
緊張している原因はわかっている。結果を聞くのが怖いのだ。
もし・・もし期待外れの回答だったらどうなるだろう。これからどうすべきだろうと考えてしまい・・・そうなるとどうしようもないことに直面するのはわかっていた私はどんどん不安な気持ちになっていく。階段を上っているうちにまわりの音が全然聞こえてこないことに気が付いた。
あれ、耳がおかしいのだろうか?
二階についたというのに物音ひとつ耳に入ってきていない。いや、自分の足音すら聞こえてこなかったような・・。
まわりが静かなので物音は聞こえないんだと自分に言い聞かせてみたが、この建物は材木でできていて歩けばコツコツと木造らしい音を立てるはずだが・・はだしで歩いているわけでもない。
底がかたい革靴である。音がしないということはないはず・・話し声も何かしらの物音も聞こえない。
そうすると次は耳を疑った。私の耳が病気で物音が聞こえないのでは?気のせい気のせいとごまかしてみた。いや、ひょっとすると病気かもしれない・・不安な気持ちがさらに不安になるが朝家を出てきたときには何ともなかったことを思い出して再び気持ちを誤魔化してみた。
とりあえず二階にある全体の見取り図を見て場所を確認する。
環境保全課、環境保全課。あった、ここだ、言われた通り三階にあるので再び階段を上り始めた。
やはり物音はしない。聞こえるはずの足音も聞こえない。ここの廊下は音が出ない構造のつくりなんだと納得するしかないが納得できない。
試しに声を出してみる。
「あーあー」
なんかこもってはいるが一応聞こえる。聞こえない原因は耳ではないようだ、がなにか違和感はぬぐえない。
三階にすぐについたがやはり音の類は聞こえない。三階にも案内図があり三階の環境保全課の場所を確認する。
「あーあー」
小声で試してみた。さっきと同じで何かこもって聞こえたようになるが聞こえはするでもかなり遠いい。案内図を見たら音の確認を通り過ぎるときに改めて耳に注意を払う。
もし聞こえなくなっているのならどうしようと不安になり、会話が聞き取れないようだったら帰ってしまおうかと思ったほどだった。
緊張感は、胸のドキドキ感は一階にいた時よりも二階にいた時のほうが強く、二階にいた時より三階にいた時のほうがさらに強くなっていた。
相変わらず音が一切しない廊下を上からぶら下がっている白く塗られた看板とその看板に書かれた緑色の文字を見ながら歩いていく。
環境保全課。環境保全課。
少し遠くのほうにその看板を見つけるとさらに緊張感が高まり、さらに周りの音も聞こえなくなるのだった。元から聞こえてはいなかったが・・・。
私が探す係は人が近くに二人ほどおり、職員の机が受付と直角に並んでいて反対の机とをくっつけていてでも低い仕切りが机と机にあり、机のものもきちんと整理されてはいるが書類がこんもりと机の片隅に置いてあった。受け付で人が並んでいて、受付の者は二十台後半あたりの女の人でその待っている人は二十台前半の髪は金色で肩ぐらいまでのものと次に並んでいる者は40代くらいの髪の黒い短い男という順番で受付に並んでいてともに正装していた。どのような食場なのかは気になりはしたが答えが出ないのであきらめた。ひょっとしたら士業の人かもしれないと憶測した。
受付のそこまで歩いていく。歩数が増すごとにドキドキ感がつよくなり、まるで幼いころのかけっこの位置についてスタートといわれる寸前のように胸が高鳴る。さらに回りの景色が間延びしていた時間が止まっていき、まるで私だけ、時が流れていくのを感じながら近づき、受付まであと数歩というところでは、それは最高潮だった。その列に並んだ。
並んでいるものは受付で会話しているにも関わらず会話の内容は一切聞こえなかった。
私はどこかおかしいのだろうか?それとも小声で話しているのだろうか?そう思い、次の人の会話を聞こうとするが口パクの状態でやはり何も聞こ得なかった。
この時、本気で私は悩んでしまって、この後、病院に行って診てもらおうと本気で思っていたし、受付の声が聞こえなかったらと心配でたまらなかった。
相も変わらず時間の流れもやたらゆっくりのように見えて、前の先に並んでいた二人を待っていることがやたら長く見えてしまい、まだかまだかと少し焦った。
ようやく自分の番になり足を前に進めていくが、どうもまわりの音が聞こえないと頭がふわふわして現実味がなく、前に進んでいると認識するのが精いっぱいで、とてもほかには気をとれない状態だった。
受付の人は背はそれほど高くなく、髪は銀色で肩まで流していた。私よりか一回り小さかった。こちらが話しかけてくるのを待っているようでもあったので、何か言われる前に先にはなしかけようと口を開き話しかけが先に言われてしまった。
「次の方、どうぞ」
よかった、自分の耳はこの受付の人の声をきっちり拾っていることに安堵した。でもくぐもっている。
「はい、あの、今日、予約していたものですが」
話しかけて、まず次に私はこの人が私の声が聞こえているかを確認していた。それほどまでに声の大きさに自信がなかった。自分では普通のつもりだがなにせ、今は時が止まっているような感覚であり自分の声が発していることはわかっていても、自分の声もこもっていてどの程度の音量になっているかは判断できなかったからだった。耳に水が入ったのによく似ている。
「お名前は?」
私の言っていることが通じているとわかると胸をなでおろすようにほっとして話をつづけた。
「役所からこのような手紙が届いたのですが・・これ、なんですか?」
少し強い口調で質問とともに手紙を封筒から取り出しカウンターに置く。
「ん、んー、これは」
受け付けはわかっているようなわからないような反応をしていた。 よくわからない。
「少々お待ちください」
受付の女はこの手紙をもって上司と思われる50代くらいの男の人に何か聞いていた。
この手紙の内容は一見するとわかるようでわからないものだったのだ。
主語もなく何をどのようにやるかが明確に示されていない内容の手紙は何か突っ込めと言われたいとばかりの物であったが、なかなかどうして突っ込みが入れにくいものだった。それは前に見た文字で変わりはなかった。なにせやったほうがいいの一言だったからだ。桜が咲いたではないんだといたいが役人にそんなことを聞くことができない。
初めになんて聞いていいかわからない。すぐには聞き出せないものであったからだったがゆっくり考えればできることではあったが、それは私にはなかなか困難なものとして映っていた。言葉が出てこない。頭でまとまり切れない。
受付の女は少し長く話していたようだったが、やがて話が終わり受付の女の人がこちらを向いて歩いてきた。
それは突然だった。
「これは訴状をだすかと聞いているのですが?どうですか?」
突然だったので頭が回らなくなりというか、もとからあまり音も聞こえないせいかまわっていないため、言っていることがすぐには飲み込むことができなかった。
頭に考えを巡らそうとしばらく沈黙していた。頭の中では必死で事の成り行きをわかろうと努めていた。
何かを聞きたくても言葉が出ててこない。じれったい。やっと思いついたことを口にできた。
「なんのですか?」
「訴状を出すか出さないかですが」
う・・んやはりなんか言いにくい、考えがよくまとまらない。訴訟するってこと?なんで?
「だします」
やっと出てきた言葉だった。
「そうですか、なら口頭でもいいので、そのまま受付しますのでこちらの記入用紙に必要事項を記入してください」
「はい」
一瞬、これはやめようかなという考えが頭をよぎるがすぐさまそれを理性が打ち消した。
今、事を起こさなかったら大変なことになるかもしれない。
そうこうして言われるままに用紙に鉛筆で記入し終えて、受付の女の人の向かったほうをみると、今度はさっきとは違う40代くらいの男の人と話していて、その人はおそらく主任と思われる人で最初の50代くらいの人は個々の責任者と思われる。
その主任と思われる人が私のほう向かってきていて、何か異例かと思わせるめんもちで私のほうまで来た。
「こちらでも受付ができるんですが、結局警察署というか、そちらのほうに回さなければならないんだよね、交番支所でも大丈夫だと思うけど・・。
「どうします?こちらで手続きしますか?」
「ええ、お願いします」
「ではやっておきますのでまた連絡が来るまでしばらくお待ちください」
それで受付はおしまいだった。一体、何なんだ。たらいまわしというやつかと脳裏をよぎるがこの時は当然、こんなことは初めてなので何かそれは思い違いかもしれないという考えがあり、どっちもどっちだがどちらかといえば不安になっていった。それでいて期待もしていた。
受付を後にして階段を下りているときには時が動き始めたように周りの音も聞こえてきていた。
階段を下りる音、通常と比べればだいぶ小さいようだが確かにコツコツ音はしていた。
これは極度に緊張や集中するとなるといわれている剣士の相手の太刀が止まって見えるという境地なのかと思っていたりもした。
階段を降り、広間を抜けて、役所の二重の重いガラス扉を片手で押し開けて外に出たのだった。
外に出て空を見上げると晴れ晴れとした快晴だった。
役所に出向いて正解だったと気分は晴れやかになっていった。だが不安もなくはない。
「天気いいなあー」
歩きながら小声でそう呟いた。これからどうなってしまうんだろうと、気分はそのために晴れやかにはならなかったが来た時よりは楽になったようだった。
周りに誰かいないかときょろきょろと見渡したがだれもいないことにほっとして、歩きは早足になっていた。




