アルスの星
アルスは男の子でした。1人っ子でした。
両親の溺愛半端なく。星を飲むときは大変心配されました。
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アルスの国では赤ん坊は星とともに産み落とされます。
星は最初薄いピンク色をしているのですが、日がたつにつれて徐々に輝きを増してゆきます。白く強い光をピカピカと放つようになれば『大人になってよい』という合図でした。
満月の良い晩を選んで子供たちは星を飲みほします。やがて眠りにつくと、星から放たれる糸がまゆとなって柔らかなベットのように子供たちをおおいます。目を覚ました彼らは大人の姿でまゆを破ってでてくるのでした。
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そうは言っても大人になるためには星を飲まないといけないんです。
アルスはもう15歳だし。星もピカピカ輝いているし、決断のときでした。
みんなの前で星を飲み干すとアルスは床に崩れ落ちました。強烈な眠気と共に意識を失いました。
星は口の中で甘く輝く液体になってアルスに全て飲み込まれたのでした。
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ふと。
気づくと。
アルスは真っ白な空間にいました。辺りを見渡しても何もありません。
「ここはどこ?」
不安なまま立ち上がりました。背中を触った。羽はありませんでした。額も触った。触覚はありませんでした。
「大人になってない………」
星は確かに飲み干したのです。『星は飲んだ』『大人にはなってない』じゃあここはどこ?今は何?
「こんにちは!」女の子の声がして振り向くと10歳くらいの子がいました。
1本1本が透けていてそれでいながら集まると黄色い髪。黄色い瞳。黄色いまつ毛。触覚があり羽が生えていました。耳はツンととがっています。
「君………誰?」見たことのない子です。そもそも10歳くらいなのに大人の姿っておかしくない?
「あたしはあなたと一緒に生まれてきたの!」とその子は言いました。高くて澄んだ声です。
「生まれてきたって何? 僕男の子だけど……」
アルスはいいよどみました。言っている意味がわからない。
「あたしはあなたの中にいたの! だからあなたはあたしを見たことないわ!」
え?
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真っ白い空間を女の子がペタペタと音をさせながらやってきて(白いワンピースに裸足でした!)
立ち尽くすアルスの横に体育座りしました。アルスのそでを引きます。
座れってこと?
アルスは座りました。真っ白な空間だけど座れた。床を確かめようと手をつくと何もふれなかった。スカッと空を切りました。
何これ? 地面がない。地面のあるはずのところが空間になってる。
なぜ地面がないのかもわからないし。なぜ自分が座れるのかもわからない。
「心配いらないわ!『地面よ出てこい』って思えば出てくるわ!」
「え?『地面よ出てこい』?」
地面がアルスの座っているところに出現するとザザザザザーーーッッと無限に外へ向かって広がっていきました。
これ。いつも座ってる草っぱら。しっとりと濡れてて柔らかい草の感触がする。叩いてみると触れました。手の平にわずかに土がつきました。
思わず地面を見つめてギョッとしました。アリがいる。
「空も作れるわ!」女の子が天を指さした途端アルスのはるか上空の白い空間が円形に割れ、青空が現れザザザザザーーーッッと無限に外へ向かって広がりました。
ポカンと空を見るしかない。
「好きなもの出していいのよ! 村! 神殿! 蝶々!!」
目の前に村が広がり神殿が山のてっぺんに見え蝶々がヒラヒラと2人の前を飛びました。
黄色と黒の蝶。
「何これ………」
「夢の国へようこそ!!」
え?
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「あたしはアルスと一緒に生まれてきたわ! いつもは夢の国にいて、アルスの声を聞いてアルスの見たものを見てアルスの考えを感じてきたの!」
「え?」
「あなたにはあたしが見えないの! 声も聞こえないの! 考えていることもわからないの! 星を飲んだからようやく会えたの!」
「え?」
ついていけません。
「星を飲んだからもうずっと一緒だわ! 会えて嬉しい!」
抱きつかれました。もう何がなんだかわからない。
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女の子に連れられてアルスはいろんな場所に飛びました。羽がいつのまにか生えていたんです。手をみると静脈が透けるほど白く。額に触ると触覚があり、耳はツンととがっていました。
女の子が川に連れてってくれたから自分の姿を見ることができました。女の子そっくりになっていました。
瞳だけが子供のアルスと一緒の灰色でした。
虹色に輝く不思議な街を周り、大道芸人(全部ネズミやネコやロバなどの動物なんです)を見て、空からいっぺんに落ちてくるたくさんのボールで遊びました。
2人でいつまでもいつまでも遊びました。
ある日アルスは女の子に聞いてみたのです。
「ねえ。僕大人になったら全てを忘れてしまうの?」
女の子は黄色い瞳でじっとアルスを見つめました。
「僕たちは『忘却の子供たち』なんだって。頭から何からまゆの中で全部溶けてしまって記憶も全部なくなっちゃうんだって。たまに獣みたいになる子もいるんだって」
「溶けたって問題ないわ! 私が覚えているもの!」
「え?」
「生まれたときからずーっとあなたを見てぜーんぶ私が覚えているの! だけど大人になったらその記憶のどれを取り出せるかは選べないの!」
「そうなの?」
「そうよ! でも大丈夫。必要な記憶は必ず思い出せるわ! 必要ないから忘れてるだけなの!」
…………本当?
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とうとうその日がやってきました。
女の子がいいました。
「もう行かないといけないわ!」
「行くってどこに?」
「大人になるのよ!」
そしてアルスをグイグイと空に向かって引っ張って行きました。羽をとても早くはばたかせています。風になぶられて髪が揺れます。最初と逆で青空が割れて白いまぶしい光が差し込み、そこに向かって、天へ向かって突っ込んでいこうとしました。
「まって!」
「何?早く行かないと目を覚ますことができないわ!!」
「名前を聞いてないっっ」
女の子が止まりました。上空で2人羽をはばたかせてホバリングしました。
「君の………名前………」
女の子は急に。恥ずかしそうに。足をモジモジとこすり合わせました。
「リュート」
「リュート?」
「そう。初めて名前を呼んでもらった。嬉しい。今まで誰にも呼んでもらえなかったの。あたしの声も誰にも聞こえなかったの」
「いい名前だね」
女の子が『うふっ』と笑った。
「5歳のときに自分でつけたの!」
5歳のころにそんな名前の女の子が出てくる絵本を読んだ気がしました。
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バリッッと音がしてまゆの膜が破れました。
「アルスが羽化したぞーー!!」
男たちが一斉にかけよって膜を破りました。女たちは遠巻きに見てます。
男の子のときは男たち。女の子のときは女たちが膜を破ると決まってます。理由はわかりますね?真っ裸だからです。
服を渡す役目のアルスの父親が満面の笑みで膜の中をのぞきこみ「アルスお父さんだよ!」と言いました。
そのまま表情を固めてしまいました。
あれ?
一瞬のちに大声で叫びながら後ろを振り返りました。
「お母さん! お母さん来て! お母さん!!」
アルスの母親は戸惑いました。慣習にないからです。おずおず膜に近寄ると父親にうながされ膜の中をのぞきこみました。やはり顔が固まってしまった。
「ちょっと! 女たち!! 女たち来て!!」
『え?いや……男の子でしょう?悪くない?』というためらいの空気のあと女たちみんなで膜の中をのぞき込みます。
え……………。
全員が一斉にいいました。
「「「「女の子じゃないの」」」」
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どういうことなの!?
もうパニックです。『男の子』のアルスが『女の子』になって出てきた!?
黄色い髪の女の子。でも間違いなく瞳はアルスなんです。灰色なんです。
緊急に長老と。神官と。戸籍係が呼ばれました。3人とも『羽化』に詳しい人です。
「まあ……たまにあるんですよ……僕の感覚だと100人に1人くらい性別変わって大人になります」これは戸籍係。おかっぱ頭の丸メガネのサスペンダーの小さい男。
「なんで!?」
「わかりません」
「神のご意志だろう」これは神官。
「神のお考えには我々には計り知れないものがあるのだ」
誰も何の解決方法も思い浮かばなかったんです。
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とにかく。アルスは女の子として羽化後の生活をスタートしました。
最初戸惑っていたアルスのお母さんでしたがすぐにこの状況になれました。
なぜならアルスのお母さんはアクセサリー作りが得意だったのです!!
今まで。男の子のアルスにまっっったく見向きされなかったアクセサリーでお母さんはアルスを飾り立てました。
紙粘土を乾かした花の髪飾り。だ円形のガラスをカラフルにつなげたネックレス。銀を叩いて作った指輪。
フリルのワンピース。籐で編み上げて花を飾った籠。
楽しい!! 楽しい!! 楽しい!!!
また黄色の髪のアルスによく似合いました。アルスも嬉しそう。
ある日紅茶とクッキーを前にアルスがうっとりいいました。
「お母さん………」
「なあに?(私は女の子とずーっとこうやってお茶したかったのよ!)」
「あたしね。ずーっと。お母さんのアクセサリーつけたかったの」
そうなの?興味無さそうだったけど?
「やっとできた。嬉しい」
アルスの生活は順調でした。ただ一つ。「アルス!」と呼びかけられると『違うんだけどなぁ』って思ってしまうんです。何が違うのかはわかりません。でも名前なんて人に呼びかけられて初めて意味を持つものでしょう?
みんなが『アルス』と呼ぶのだから自分は『アルス』でいいでしょう?
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夜。眠ると。アルスは『あの子』に会いに行く。
『あの子』はアルスを夢の国で待ってて。2人きりで好きなところに行ったり無邪気な遊びをしたりするんです。夢の国ではなんでも叶うの。
夢の国では忘れてしまった子供のころの記憶も思い出せました。
時々。
2人でいたずらをするの。昼間の国で入れ替わる。みんな気づかない。みんな『アルス』だと思ってる。黄色い髪の灰色の瞳の子はアルスだと思ってる。
夢の国で「上手くいった!」って2人でクスクス笑いあうの。誰も気づかない。
でもそうすると。昼間友達と約束したことを忘れてしまったり、次の日昨日何をしたか忘れてしまうことがあるから「ほどほどにしようね」て言い合った。
アルスにはだんだんわからなくなりました。
昼間のあたしと夜のあたしどちらが本当のあたし?
どちらが夢でどちらが現実?
わかりません。でもどっちでもいいでしょう?
そんなこと大事じゃない。今この瞬間だけが大事。
今この瞬間だけが幸せ。
どっちが夢でもいいわ。
どっちが現実でもいいわ。
2人の目の前を蝶が1匹ヒラヒラと横切りました。
アルスはあの子に会いにいく。生まれたときから死ぬときまでずーっと一緒にいられるんです。
眠りについたアルスの顔が春の女神を見つけたようにほころびました。両手を空に向かって小さく広げました。きっとあの子に会えたんですね。
今日はどんなことを話してどんなことで遊ぶのかな。
朝日が昇るまで。目が、覚めるまで。
(終)
お読みいただきありがとうございました!
【次回】は『フープの星』
フープは本当にいい子でした。お父さんのいない家でお母さんを良く助けました。ところが。
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2020年10月16日初稿