第二章その4 ジェネレーションギャップ!
スーパーで当座の物資を買い込んだ俺は、家に帰るや否や冷凍食品やウインナーやらを冷蔵庫に突っ込んだ。他にも洗剤は洗面所の棚、トイレットペーパーはトイレの収納、そして米は台所の米びつと置き場所を決める。
こういう整理は元々好きな方なのだが……前の部屋は狭いのに物が多過ぎてそれどころじゃなかったな。
そして買ってきた物をすべて所定の場所にしまうと、いよいよ待ちに待ったお昼ご飯の時間だ。
手際よく居間のちゃぶ台に買ってきた惣菜を並べる。助六いなり、ペットボトルのお茶、そしてあの焼きサバそうめんだ。
幽霊の少女は幽霊なので物を食べなくても平気なようだが、ずっと引っ越し作業の手伝いをしてくれたので焼きサバそうめんを1パックプレゼントする。
満面の笑みでパックを開ける少女を見ながら、俺もサバそうめんのパックを開いた。途端、醤油の優しい香りが鼻腔に触れる。
そして醤油色に染まった麺を箸でつかみ、恐る恐る口に運んだ。口の中に広がったのは醤油の味と、魚介特有のほのかな甘み。口当たりは非常に柔らかく、サバからしみ出たダシがそうめんに浸透して意外としっかりと味がついていた。しかしただ優しいだけでなく、そこに山椒の刺激がピリリと加わることで、甘いと辛いが混在する重奏的な風味に仕上がっている。
口にしたことがないにもかかわらず、どこか懐かしさを覚える味だった。ふと少女に目を遣ると、満足げな笑顔で麺をすくいあげ、ちゅるちゅるとすすっていた。
実は先ほどスマホで調べてみたのだが、この焼きサバそうめんというのは滋賀県北部の伝統的な料理らしい。
まだ冷蔵技術の拙かった時代、日本海で水揚げされたサバは急いで京都まで運ばれていた。かつてサバは京都ではハレの日のご馳走だった。生のまま運ばれたサバは酢で絞められ、現在の鯖寿司が誕生する。
それは滋賀県でも同じで、琵琶湖の西岸では鯖が京都まで運ばれた道中であったことから「鯖街道」と呼ばれ、今でも鯖寿司の名店が多い。
しかしサバは何も生だけが美味しい食べ方ではない。水揚げされたサバを串に刺して焼く、いわゆる「浜焼きサバ」は福井県に根付いており、脂ののった味わいに加え保存も利くことから数多くの料理に利用された。
その焼きサバが山を越えて滋賀県まで運ばれたことで、焼きサバそうめんが誕生する。焼きサバをさらに甘辛いダシで煮込み、その煮汁でそうめんを茹でる。そして煮込んだサバをそうめんに載せて完成するという、どうしてこんな発想に至ったのか不思議ではあるがいつの間にかこの地域に広がってしまった食べ方だ。
この子にとってはお祝い事の記憶が詰まった思い出の料理なのかもしれない……いや、生前の記憶を失っているそうなのでこう言うと語弊があるが、無意識の内にまでこの味が刻み込まれているのだろう。
それにしても、こういう料理を食べているとつい温かいお茶が飲みたくなる。ガスも通ったのだし、お茶を沸かそう。ちょうど先ほどスーパーで緑茶のティーパックを買ってきたところだ。急須もあるし、淹れてみよう。
俺はゆっくりと腰を上げると、台所へと向かった。
やかんに水を入れ、ガスコンロの上に置き、つまみをぐいっと回す。チッチッチとフィラメントから火花が散るが、なかなか点火しない。コンロそのものがだいぶ古いせいだろうか。
「新しいガスコンロ、買う必要ありそうだな」
こういうのはホームセンターなら意外と安く売ってるはずだし、近くのホームセンターの場所を確認しておくか。
そこで何気なく振り返ると、またしても少女がじっとこちらを見つめていた。サバそうめんはもう完食したのだろうか。
「ちょっと待ってね、なかなか点火しなくて」
2度3度、スイッチを入れ直すがなかなか火が点かない。その様子を見てい少女は得意げに微笑むと、足音もなく近付いて俺の脇に立つ。
「うまい点け方、分かる?」
うん、と力強く頷く少女。これは心強い。
ほっと安心した俺の隣で少女が懐から取り出したのは、古ぼけたマッチだった。
思考が追いつかず、ポカンとする俺。その間にも少女はマッチを擦り、ぼっと火を点ける。そしてコンロの火口に火の灯ったマッチを近づけると、そのままつまみに手を伸ばし――。
「マッチはいらないよ!」
俺は慌てて少女の手を掴んだ。
どうやら彼女は自動で火の点くガスコンロを使ったことが無いらしい。