第十五章その3 祭りの前の静けさ
両親がこっちに来て3日目の朝。いつもより早く起きた俺は母手作りの朝ごはんを掻き込み、履き慣れたチノパンに着替えた。
今日は長浜曳山祭り当日だ。うちの町内からは俺、久野瀬さん、グエンさんの3人が引手として参加する。
「はい、これ家のスペアキー。古くて固くなってるから、しっかりガチャって言うまで回してね」
家を出る直前、俺は玄関で母さんに鍵を渡した。
ここから長浜までは電車ではなく、室田さんの車で送ってもらうことになっている。引手である俺は準備のため早めに行き、開始の時間にあわせて両親が電車で来ることになっている。
「いってらっしゃい!」
「あとで見に行くからなー」
すでに家の前に停車している室田さんの車に向かう最中、両親が玄関先まで出てきて手を振って見送る。十代の頃なら恥ずかしいなと思って無視していただろうが、不思議とこの歳になれば「いってきまーす」と自然に手を振り返せるようになった。
室田さんの車に乗り込むと、すでにグエンさんも席に着いていた。
「おはようございます、大八木さん」
「おはようございます。室田さん、ありがとうございます」
「いえ、感謝したいのは私の方ですよ」
そう言いながら70過ぎの室田さんは車を発進させた。
3月末で町内会長を引退した室田さんに祭りに参加する義務はないが、最後まで役割を務めたいからと俺たちの送迎を買って出てくれたのだった。何をするにも人手不足なうちの町内会が無事一年を終えられたのは、この人があちこち奔走してくれたからに他ならない。
ちなみに久野瀬さんは奥さんや美里ちゃんといっしょにマイカーで来るらしい。夫を送り届けた後、妻子も祭りを一日堪能するつもりだろう。
長浜の市街地はいつもとは違う空気に包まれていた。
あちこちに提灯や幟が飾られ、街ひとつが祭礼ムードに様変わりしている。通りに面した古い家では二階の窓が全開にされ、特等席から曳山を眺めようと住人が窓際に座り込んで外を眺めていた。
一番驚かされたのは道路標識だ。普段は道端から車の頭上まで腕を伸ばして速度制限などを示しているはずが、今日は折りたたまれて道路脇に押しとどめられている。
「何ですか、あれ?」
「曳山は家の屋根より高いですから、普通の高さだと標識や看板がぶつかってしまうんですよ。祭りのときだけああやって邪魔にならないようにします」
ふと口にした俺に、室田さんが解説する。この街はすべて、この日の祭りを基準にした設計になっているようだ。
神社に到着して室田さんと別れた俺とグエンさんは、スタッフから法被と軍手を受け取る。
「大八木さん、こっちですこっち」
先に到着していた久野瀬さんが手招きするので俺たちは駆け寄る。紅白幕の張られた境内には神職や法被を着た引手でごった返しており、祭りの始まる前から活気にあふれていた。
「たくさんいますね」
ボランティアで参加するのは地元の大学生だけでないようで、見た目50代くらいの人もちらほらいる。
「結構遠くからも来るんですよ。この祭りのために毎年西宮から来ていらっしゃる方もいました。さあ、私たちの担当する曳山は商店街の倉庫にあります。そこからこの八幡宮まで運ぶのが我々の役目です」
久野瀬さんが説明しながら俺たちに地図を渡す。
この祭りでは長浜八幡宮周辺の町で管理する12の曳山のうち、毎年4基が曳行される。曳山は町ごとに普段は倉庫に収められ、祭りの際に八幡宮まで奉納され、また町内に戻される。その曳行の最中、市内各地で子ども歌舞伎が演じられるのだ。
引手ボランティアの出番は昼からだ。支給された弁当をたいらげた俺たちは、商店街はずれの倉庫へと向かった。
商店が軒を連ねるアーケード街は、既に見物目当ての観光客で賑わっている。そんな人々の間を縫いながら一本路地に入ると、表通りの喧騒が嘘のような静けさの住宅街が広がっていた。
そんな住宅街の一角に、今か今かと出番を待ちながら一基の山車が鎮座していた。
その姿は勇壮にして煌びやかそのもの。まるで立派な屋根の付いたひとつの能舞台が車の上に乗っかっているようだった。
「すごいな」
こんな地方都市にこれほど豪勢な曳山があったなんて、正直侮っていた。特に目を奪われたのは屋根の下や車体など、至る箇所に施された彫刻だった。
八景図、飛翔する鶴、雲海。名のある寺社仏閣にも劣らぬ緻密で繊細な彫刻は、パーツのひとつひとつが彫塑の芸術作品のようだった。
「元々この長浜は豊臣秀吉が治めていました。その頃に側室との間に男の子が生まれて、喜んだ秀吉は城下の人々に砂金を振る舞ったそうです。人々はそれを元手に曳山を作って、祭りに使ったのが曳山祭の始まりだそうです」
唖然とする俺を見て、久野瀬さんは得意げに解説した。天下人である秀吉は400年を過ぎた今もなおこの町で慕われ続けているようだ。
ちなみにこの子供は生まれて数年で亡くなってしまったらしく、大阪の陣で自害した豊臣秀頼とは別人であることにご注意を。
さらに時間が経つと小学生の男の子たちが曳山に乗り込む。彼らは子ども歌舞伎の演者たちで、いずれも鮮やかな着物をまとい、顔に白粉を塗ったその姿は小さいながらも役者そのもの。特に女形の男の子に至っては歩き方まで腰を少し曲げて色っぽく振る舞っていた。
他にも横笛や鉦鼓を持ったお囃子担当の子供たちも集まり、山車を取り囲んだ人々の興奮は高まる一方だった。
絵描きとしては今すぐにでもスケッチブックに描き起こしたい光景だ。しかし今の俺は引手のひとり、職務放棄はいけないとぐっと我慢する。
「時間になりました、皆さん綱を持ってください」
狭い住宅街の道路で引手たちのリーダーだろう、年季の入った法被を着込んだ男性が声を張り上げる。その声に合わせてお囃子の子供たちは列を成し、引手の大人たちは綱や車体に手を添えた。
車止めに使っていた楔が取っ払われ、「せーの」の掛け声とともに俺たちは綱を引く。
さあ、曳行の始まりだ!




