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第二章その3 地方のスーパーには時折理解不能なものが売っている

 しばらく車を走らせると、やがて山が開け昔ながらの家並みが現れる。田畑の中にぽつぽつと家屋が散逸する余呉とは異なり、ここは昔ながらの日本家屋と真四角のコンクリート建築が隣接し合って整然と並んでいる。店の看板も多く、商店街として機能していた。


 ここは木之本きのもと。余呉からひとつ谷を抜けた地区で、かつては木之本町という独立した自治体だった。


 木之本は江戸時代、米原から直江津(現在の新潟県上越市)を結ぶ北国街道の宿場として栄えた宿場町でもある。多くの人々が行き交った名残か、古い寺社があちこちで見られ、それが今なお生活に根差している。


 そんなのどかな町の駅からほど近い市街地の一角に、ちょっとしたスーパーマーケットがある。


「ここか」


 俺は屋外駐車場に車を止め、目の前の2階建てのスーパーマーケットを見上げた。


 食料品以外にもドラッグストアや100円ショップ、クリーニング屋や飲食店と、コンパクトながら生活に必要な物は何でも売っている。平日昼前でも出入りする車は多く、地元住民の買い物の中心になっていることは一目で感じ取れる。


 俺はスマホの画面を開き、買う物のメモを確かめていた。洗剤やトイレットペーパーのような日用品は最低限しか持ってきていない。家も広く収納も余裕があるので、少し多めに買って備蓄しておいてもよいだろう。


 そして何より食料品。カップ麺やレトルト食品も残り少ない上、冷蔵庫はまだほとんど空っぽだ。炊飯器はあっても米さえ無い、そんな我が家だ。


 さあ行くかと車のドアを開けて外に出る。だが数歩歩いて、例の少女が助手席から出てきていないことに気付いた俺はすぐさま引き返した。


「どうしたの?」


 俺は助手席のドアを開けながら訊いた。そこにいたのはぽかんと口を開いたまま硬直している少女だった。


 こんな大きな建物、初めて見た。顔がすべてを語っていた。




 スーパーに入っても、少女はきょろきょろと忙しなく首を動かしていた。


 初めてここに来た、というよりもこれだけの商品を大量に陳列して売るというスーパーの存在自体を知らないような雰囲気だった。こういうスーパーは高度経済成長期に誕生したと聞いた覚えがあるけど、それすらも知らないとなると少女の没年はかなり昔のようだ。


 俺たちはまずは2階のドラッグストアに向かい、トイレットペーパーや洗剤、それから雑巾やスポンジを購入する。そして一旦車に戻って積み込んだ後、いよいよ食料品売り場へと踏み込んだ。


 今日は朝から掃除で疲れたので昼食は弁当や総菜を買って済ませるつもりだが、米や調味料、それに味噌や冷凍食品など常備しておくべき食材もカートに載せた。


 幽霊の少女は食料品売り場を回る時も、ずっと俺からあまり離れない位置でついてきていたが、陳列棚を埋め尽くす食材に終始落ち着かない様子で首を動かしていた。


 それにしてもさすがは西日本、東京のスーパーとはラインナップが微妙に異なる。


 米の産地は滋賀県産がほとんどで、調味料もあまり馴染みないメーカーの製品が並ぶ。ポテトチップス関西だし醤油味なんて初めて見た。鮮魚コーナーにもマグロや鮭のようなおなじみの海の魚だけでなく、コイだのマスだの川魚も堂々と目に付くように売られ、精肉コーナーでは高級和牛の近江牛が比較的手頃な価格で並べられているのはさすがは産地だと感心するばかりだ。


 特筆すべきはソースだ。定番の中濃ソースがどこを探しても売っておらず、代わりにウスターソースにとんかつソース、お好みソースにタコ焼きソース、焼きそばソースとやたらと細分化されている。全種類コンプリートしたら冷蔵庫がソースでいっぱいになるぞ。


 しかしこんなのはいずれも想定の範囲内。想像を超えたそれは、惣菜コーナーにあった。


「焼きサバそうめんって、何だよ……」


 俺はプラスチック容器にラップがけされている、見慣れぬメニューを手に取り苦笑いしていた。


 醤油のような色のついたビーフンにも似た細い麺。そこに焼いたサバの切り身が山椒さんしょうを添えてのっけられている。


 しかも驚くべきはこれが単なるネタメニューではなく、から揚げやコロッケ、酢豚のようなおなじみのメニューの一角に平然と混じっていたことだ。さっきから見ていると買い物客のおばちゃんたちが何の躊躇もなくサバそうめんを手に取り、買い物かごに放り込んでいる。単なるイロモノ枠ではないらしい。


 え、何? 西日本では焼いた鯖と麺をいっしょに食べるのが一般的なの?


 自分の世界が常識だとは思ってはいけない、なんて偉い人なら言いそうだが、こればかりはさすがに理解が追いつかない。


 容器を手にしたまま固まっていると、ふっと隣に誰かが近付く気配を感じて我に返る。


 例の少女だ。俺の持っているサバそうめんの容器を覗き込みながら、目を輝かせている。血色が良かったらおそらくは頬を紅潮させていただろう。


「これ、知ってるの?」


 俺が訊くと、少女は即座に何度も頷いた。


「じゃあこれ、美味しいの?」


 少女はさらに激しく首を縦に振る。目の輝きは生者にも負けてはいなかった。


 本当かよ……半信半疑ではあったものの、せっかくだから珍しいものを食べてみたいという好奇心は少なからずある。こんなわけわからん料理食べてみました、という怖いもの見たさにも似ているが。


 それにこの子がこんなに物欲しそうにしているんだ。


 部屋を掃除してくれたこの親切な幽霊のためにも、俺はサバそうめんのパックをふたつ、そっとカートに載せた。

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