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第十五章その2 疑われる俺

「だから仕事の知り合いだってば、うっとうしいな」


 車の中からずっと続いている両親からの「あの女の人は誰?」攻撃に、俺はうんざりしながら自宅玄関の鍵を開ける。


「でも東京の人なんでしょ? そんな人がわざわざここに来るなんてねぇ」


 母さんと父さんが「ねえ」と顔を合わせて意味深に首を傾ける。


「取材で来たって話してたろ」


 俺は靴を脱ぎ捨てて家に上る。


 先生が長浜まで来ていたなんて、本当にこれっぽっちも知らなかった。


 というのも先生は長浜を作品のモデルに決めた頃から曳山祭りに興味があったようで、祭りにあわせて駅近くのホテルを予約していたらしい。しかも今回は今までのようにひとりではなく、親御さんも招待しての訪問らしい。さっき会った時は一人だけで買い物に出てきたところで、ご両親はホテルで休んでいたそうだ。


 親子水入らずの旅行を兼ねた取材。俺みたいな仕事つながりの人間が出てくるのは無粋だし、事前に行きますよと教える必要も無い。


 しかし結果として客観的に見ると、知り合いの男が住む町に足しげく通う若い女性、という状況になってしまったのは事実だ。どう誤解されるか、容易に想像がつく。


「美人で売れっ子作家だなんて、羨ましい限りじゃない」


「お前とも親しく話していたしな。父さんも大賛成だぞ」


「勝手に話し進めるな!」


 一度こうなってしまった親の誤解はそう簡単に解けない。


 なんだかどっと疲れた。俺は居間に立ち寄らず、仕事部屋に逃げ込んだ。


 襖を閉めて大きくため息を吐く。だが直後、俺はびくっととび上がってしまった。


 部屋の中にはすでに、天花ちゃんが仁王立ちで待ち構えていたのだ。


(いつの間に呼んだの?)


 暗闇の中でタブレットの画面が妖しく光る。液晶の光に照らされながら、幽霊は疑いの目を向けた。


「呼んでないよ、偶然だよ、本当だよ」


 必死で弁明するも、天花ちゃんは眉ひとつ動かさなかった。この子、なぜか菫坂先生に関してだけは露骨に嫌な顔するんだよな。


「そもそも誘うのなら親御さんもいっしょに呼ぶわけないだろ」


(フェイクかもしれないじゃん)


 あらまあ、いつの間にかそんなネットスラングまで使いこなしちゃって。


 て感心してる場合じゃねえ、これは俺がどれだけ話してもお互いに平行線になる流れだ。口喧嘩になったら一番面倒くさいパターンだな。


 こういう時は下手に反論せず相手の機嫌を損なわない程度に有耶無耶にさせるのが鉄則だ。


「先生も曳山祭り見に来たんだってさ。はい、これお土産」


 俺はカバンから小さな包み紙を取り出し、天花ちゃんに手渡す。大好物のきんつばだ。


 おおっと目を開いた天花ちゃんは躊躇するようすもなくそれを受け取る。そしてタブレットに次の文章を打ち込んだのだった。


(まあ今回の件に関しては不問とします)


 ゲンキンな幽霊だなぁ。




 夜、俺たちはひとつの座敷に3組、布団を並べた。


「まるで旅館だな」


 布団の上に座り込んだ父さんが床の間や欄間などの設えをしげしげと眺める。実家のマンションにはリビングの脇に申し訳程度の和室が用意されているだけで、昔ながらの床の間なんて作るスペースすらない。


 こうやって親子3人で寝るのも久しぶりだ。俺がイラストを担当したラノベのアニメがヒットした時に、熱海まで家族旅行した時以来じゃないかな?


 それにしてもこの前セールで予備の布団を買っといて良かったよ。意外と忘れがちだけど、狭い家だと来客用の布団って収納に困るよな。


「明日はどこに行こうかしら」


 母さんは布団に寝転んでガイドブックを眺めている。


「彦根か近江八幡がちょうどいい距離だと思うよ。ほらもう消すよ」


 どちらも琵琶湖東岸部の古くから発展してきた町で、歴史ある街並みが残されている滋賀を代表する観光地だ。


 しかし両親もかなりの歳だ、新幹線での移動はやっぱり疲れたことだろう。観光は明日に回すことにして、明かりを消した俺はさっさと布団に潜り込んだ。


 襖も締め切られているので座敷は真っ暗だ。しばらくして親父の寝息が聞こえてきたものの、いつもより少し早めに就寝した俺にはまだ眠気がそんなに湧き上がってこなかった。


「あんた、前より元気になったみたいね」


 見えなくとも俺が起きていることなどお見通しなのだろう、母さんがそっと尋ねてきたので俺は「そうかな?」と返した。


「なんだかアクティブになってるっていうか、余裕があるって感じがするわ」


「仕事がうまくいってるからじゃない?」


「仕事もだけど、なんだか違う気がするのよね。それこそ普段の生活が満ち足りているからカツカツしてないみたいな」


 生活が満ち足りている、か。たしかに狭いアパート暮らしの頃は描いてアニメ見て寝て、の繰り返しみたいな生活だったからな。今みたいに車に乗ってちょっと遠出してみようとか思う余裕も無かったと思う。


 テレビのチャンネルも少なく交通も不便なド田舎ではあるけれども、外からの刺激が少ないだけ変に心苛まれることも無いのが越してきてからの実感だ。


「まあ、余裕出来たってのは事実だね」


 俺は暗闇の中にぼうっとだけ見える天井を眺めながらふふっと漏らした。


「うーん、トイレ」


 その時、父が布団をめくってゆっくりと起き上がる。風呂上がりにビールを飲んでいたのが、今になって膀胱にきたのかもしれない。


「トイレは廊下の奥だよ。迷わないでね」


 目が醒め切っていないのか、ふらふらとした足取りで父は襖を開けると、ぺたぺたと足音を立てながら廊下を渡っていった。


 数分後、父がトイレから帰ってきた。だがずっと頭を掻きながら「うーん」と唸っており、様子がおかしい。


「父さん、どうしたの?」


「寝ぼけてるのかな、さっき廊下で箒がひとりでに動いて床を掃いてたんだよ」


 俺は一回、びくっと身体を震わせた。ひとりでに動く箒……それって夜ごとに掃除してくれているうちの幽霊だよな?


「そんなアニメじゃあるまいし、夢と勘違いしたんじゃない」


 冷静な母さんの突っ込みに、俺も「そうそう、寝ぼけてただけだよ」と乗っかる。


「夢かなぁ。しかも一緒にチリトリも動いてて、まるで人が掃除してるみたいに見えたんだけど」


 怖い、というよりは不思議だと言いたげな父の様子に、俺は内心すごくハラハラしていた。


 天花ちゃん、もうちょっと気付かれない程度にお願いします。

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