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第十四章その3 あけましておめでとう

 クリスマスからの日々はあっという間だった。出版社に送る今年最後のイラストを完成させ、正月飾りを買い、家を大掃除していたら師走はその名の通り過ぎ去っていく。


 そして俺と天花ちゃんは雪積もる我が家で新年を迎えた。


 元旦から天花ちゃん手作りのお雑煮をいただき、家から徒歩圏内にある乎彌おみ神社に初詣に向かう。


 かつては村社だった名残か、社務所には日の丸の旗が立てられている。とはいえ観光地としてはほとんど知られていないためか遠方からの参詣者はおらず、近所の住民が入れ代わり立ち代わり現れては本殿にお参りし、少しおしゃべりして帰っていくのがお決まりの流れとなっていた。


 すれ違う皆さんに「あけましておめでとうございます」と挨拶しながら、俺と天花ちゃんも石階段の上の本殿に参る。


 一年の計は元旦にあり。俺は財布から小銭を取り出すと、賽銭箱に投げ入れた。


 そして二礼二拍手、最後に一礼と作法に則って今年一年の無事を願う。


 今年も仕事がちゃんと入ってきますように、新刊売れますように。


 俗っぽいと思われようがこっちにとっては死活問題なんだよ。忘れられたフリーのイラストレーターほど惨めな生き物もなかなかいないからな。


 しっかりと神様にお願いを済ませて振り返る。偶然にも、そこには見知った顔が立っていた。


「あ、グエンさん。あけましておめでとうございます」


「大八木さん、あけましておめでとうございます」


 にこりと笑顔を向けたのはマフラーとダウンコート姿のグエンさんだった。




「日本の文化を知る良い機会です」


 俺とグエンさんは境内のベンチに腰かけ、無料で配られていた甘酒を飲みながら話していた。


「ベトナムは中国の影響が強いので、お正月をここまで盛大に祝いません。1月2日には町は元通りです。ですが旧正月は大きなお祭りが開かれ、お店もセールを開きます」


 世界的にも正月を最大の年中行事としているのは日本くらいだろう。欧米ではクリスマスが、アジアでは旧正月こと春節の方がより大きな祝祭として取り扱われている。最近は旧正月の大型連休でアジア各地からの観光客が日本に大勢旅行しに来るので、国内でも広まっているのではないだろうか。


「日本の正月もだいぶ変わりましたよ。昔はどこのお店も閉まってて、家族でおせち食べながらのんびり過ごすのが多かったみたいですが、最近は福袋目的で大晦日の夜からデパートの前に並んだりして、普段よりエネルギー使ってるみたいですよ」


 俺は皮肉っぽく笑うが、かく言う自分も過去に何度か初売りで開店前のデパートに並んだことがある。


 若い頃、話しのネタにと1万円のメンズ福袋を買ってみたら、コートやジーンズ、Tシャツなど合計なんと8万円分もの商品が入っていて、それ以降その年の衣類を正月に買いそろえるという他人が聞いたらアホみたいな習慣を繰り返していた。


 当時はまだ売れていなくてお金が無かったんだ……。まあ今でもファッションに関しては無頓着な部分があるけれども。


「いつになってもお正月はみんなで楽しく祝うのは大切なことですし、日本の素敵な文化だと思います」


 グエンさんは白い湯気を立てる甘酒に口をつけながら話した。


「ですがやはり私は部外者なんだと思う時が、たまにあります」


 だがそう言い終えると、彼はずずっと残りの甘酒を流し込んだ。


 そう言えばグエンさんは町内会の活動に参加していない。世帯としての安井さんは加入しているが、集まりで姿を見せるのは旦那さんか奥さんだ。そもそもが数年で帰国してしまう技能実習生、やはり一時的なお客さんという意識が強いのだろう。


 夏の天女祭でも旦那さん夫婦はスタッフとして参加していたそうだが、グエンさんは一日中祭りを見物していたらしい。


 ここに住んでいる期間の短い俺でさえ、強面のおじさんといっしょに焼きそば屋を任されていたのに。グエンさんと俺とでは、近所からどう見られれているのかが大きく異なるようだ。




 数日後、集会場でこの年最初の集まりが開かれた。


 昔は会議の後に新年の宴会も催されたそうだが、最近では住民の高齢化もあって準備が大変なので代わりに迎春祝いの紅白饅頭を配っている。


 町内会長の新年のあいさつや今後の行事予定を確認し、最後に4月の曳山祭りの参加者を決める運びとなった。


「では今年参加される方は、挙手をお願いします」


 畳敷きの広間に集まった住民たちの前で、ホワイトボードを背にした室田さんが声高らかに問いかける。


「はい」


 脚本というか不文律というか、俺と久野瀬さんがほぼ同時に手を挙げる。この地域に暮らす若手の宿命だ。


 しかしこれだけでは足りない。


「あとひとり、どなたかいらっしゃいませんか?」


 室田さんはより大きく声を響かせて尋ねた。


 うちの町内からは3人を出す約束になっているのだろう。もしこれに達しなかったら、次の夏祭りでスタッフの応援が受けられなくなるかもしれないのでそれだけは避けたいところだ。


 しかし他の住民も互いに顔を合わせるばかりで、一向に手は挙がらない。皆あちこち声をかけてみたのだろうが、結局見つからなかったようだ。


 このままでは埒が明かないと踏んだのか、室田さんは渋い顔を浮かべながらも「期限は来月までなので、前向きにご検討ください」と会議を打ち切ってしまった。


「みなさん息子や孫にも声をかけたでしょうが、だいたいは遠くに住んでいるので難しいですね」


 会議が終わると同時に隣に座っていた久野瀬さんが俺に話しかける。


「祭りの前にも打ち合わせなどがありますので、何度か長浜まで行かなくてはなりませんし。やっぱり地元に住んでいる誰かが参加することになるのでしょうか」


「地元に住んでいる若い男、ですか」


 俺は顎に手を当てて考える。高齢化と過疎化の進行する地域、そんな都合の良い人材なんて……。


 いや、ちょっと待てよ。もしかしたら、あの人ならいけるかもしれない。


 思いついたが早いか、俺は座布団から立ち上がると落ち込んだ様子の室田さんに駆け寄った。


「あの、室田さん」


 俺の声に室田さんは重々しく「はい?」と返す。


「祭りの参加者に規定はありますか?」


「いえ、特にありません」


 極端な話、祭りの引手は適齢の男手なら誰でもよい。今までも実家を出て遠方に住んでいる息子が祭りのときだけ帰ってきて参加してくれたという例もある。


 とりあえずこの町の代表として参加してくれれば、これといった条件は無いようだ。


 それなら話もうまく通るかもしれない。


「実はひとり、私から参加を誘いたい方がいるのですが」


 思わぬ僥倖だったのだろう、聞くなり室田さんは目を大きく見開いた。

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