第十三章その5 祭りは地元の誇り
「天花ちゃん、長浜曳山祭りって知ってる?」
夜、帰宅した俺は居間で寝転がりながらテレビのバラエティ番組を見ていた天花ちゃんに尋ねた。
(ここらへんじゃ一番大きなお祭りだよ)
せっかくのおもしろいところを邪魔されてか、面倒くさそうにタブレットで返事する。
「俺、それ出ることになりそう」
途端、天花ちゃんは起き上がり驚きの目で振り向いた。そして慌ててタブレットに打ち込み、見せつけたのだ。
(なんで?)
この反応、さすがと言ったところか。
時間は少しさかのぼる。室田さんの家でおでんをいただいていた最中のことだ。
曳山祭りの話題になって男たちが殊更に盛り上がる中、俺は久野瀬さんに件の祭りについて質問した。すでに徳利を2本空にしているにもかかわらず、久野瀬さんは丁寧に解説してくれた。
「曳山祭りは毎年4月に長浜の市街地で開かれるのですが、舞台付きの曳山を街中で巡行させます」
「曳山って、どんなんですか?」
「車輪のついたお神輿みたいなものですよ」
つまり山車のことか。東京では神田祭が山車を出すことで有名だが、それ以外ではほとんどが神輿に取って代わられているので都民にとって直接目にする機会は案外少ない。
京都の祇園祭や青森のねぶた祭りのように、日本各地には車輪の付いた大きな装置を引いて回る祭りが根付いている。
この長浜も古くから交通の要衝として栄えた城下町だ、大規模で格式高い祭りが現在も伝わっているのだろう。
「曳山祭りの山車はそれぞれに舞台が設けられていて、その上で子どもたちの歌舞伎が上演されます。町内ごとに山車を所有していて、役者に選ばれるのはその町の子にとってとても嬉しいことなんですよ」
「県外からの客もたくさん来るよ。日本三大山車祭にも選ばれているし、ユネスコ無形文化遺産にも指定されているんだ」
「昔『男はつらいよ』の映画にも映ったんだぜ。寅さんが撮影に来たの、俺も見に行ったわ」
他の男たちも久野瀬さんの説明に混じってやんややんやと自慢げに話す。とりあえず地元民なら誰しも沸き立つような一大行事らしい。
「でも最近は引手が足りなくてねぇ。近くの大学に応援呼びかけてるんだけど、それでもやっぱ足りないんだ。だからうちの町内からも何人か助っ人を出してほしいって要請が来るんだよ」
そこでため息とともにひとりのおじさんが呟くと、他の面々も呼応するようにずーんと沈む。
「こっちも夏の天女祭では助っ人頼んでいるからねえ、お互い様だよ」
そうか、美里ちゃんの舞った天女祭でも、そんな事情があったのか。たしかにこの町内の人口だけであれほどの規模のお祭りを実行するなんて、現実的ではないわな。まさかこんなところでも相互扶助の関係が成り立っていたとは。
「引手は力仕事だから、男手が必要なんだ。久野瀬さんなんか毎年参加しているよ」
久野瀬さんが小さく手を上げてアピールする。無言ではあるが、その眼からは仲間を求めるような哀愁がにじみ出ていた。
おっと、このパターンは読めてきたぞ。助け合いで成り立つご町内、久野瀬さんが出ているのなら最若手である俺も必然的に参加することになるんだろうな。
「大八木さんもどうだい? 若い男は喉から手が出るくらい欲しがられるからな」
ほらね。
「ええ、まあ時間が合えば」
俺はとっさに苦笑いして返した。
てか時間って、俺フリーのイラストレーターなのに。我ながら苦しい返答だなぁ。
「次の集まりで日程が発表されるはずだよ。だから大八木さん、グッドラック!」
おじさんがぐっと親指を立てる。途端、期待とプレッシャーに胸の奥にうっと何かがつっかえた気がして、俺はそれ以降おでんを今ひとつ味わうことができなかった。
「というわけです」
点けっぱなしのテレビを前にして話し終える俺に、天花ちゃんはじっと目を細めて聞き入っていた。
やっぱり天花ちゃんも地元の子だなあ、長浜曳山祭に対しては彼女も強い思い入れがあるのだろう。目の前のテレビよりも何か月も先の祭りについて興味を示すなんて、生前は見物に行って楽しかったとか、きっとそういう思い出があったに違いない。
真剣な少女の眼差しを見ていると、さっきの妙な気まずさもすっかり薄れてしまうのが不思議だ。
正直あまり乗り気ではなかったものの、ここに越してきたのも祭りに参加するのも何かの縁。この可愛くて生意気な同居人を楽しませられるなら、こちとら一肌脱いでみようじゃないか。
そう思って自らのモチベーションを高めていると、天花ちゃんはタブレットに文字を打ち込み始めた。
きっと俺を激励してくれるんだろう。がんばれ、とか私も見に行きたい、とか。
そして画面がこちらに向けられる。
(寅さんって誰?)
そっちかい!
そういえば天花ちゃんはフーテンの寅次郎が生まれる前に事故死してるんだった。
「そういう映画シリーズだよ。同じ主演で48本作ってる」
(えげつねえ!)
天花ちゃんはここ最近で一番、驚嘆した顔を見せた。俺は天国の渥美清に負けたのか……。
にしてもあのシリーズ、なぜか年末になると無性に見たくなるよね。




