第十一章その6 新居へ
「これでよし、と」
早朝から家の裏庭に出ていた俺は、一仕事終えて冷えた麦茶を流し込む。
屋根裏で保護したムササビの子供をとりあえず段ボールに入れて朝を迎えた俺と天花ちゃんは、納屋に放置されていた木箱をひとつ改造してムササビ用の巣箱を作ってやった。
中には屋根裏で削られた木屑を撒き、寝床として快適な環境を再現した。
そうやって完成した巣箱は軒下の壁に打ち付けた。高さもあるので外敵も簡単には侵入できないだろう。
実は昨夜、ムササビの子供を捕まえたことを久野瀬さんに報告したところ、子供を別の巣に移すのは難しいと言われたのだ。というのも子どもはまだ滑空ができないため、巣立ちまでずっと同じ巣で母親から世話を受けるという。屋根裏で育った子ムササビを今森に放つのは見殺しにするのと同じだ。
そこで俺は巣箱を作り、ムササビ親子にはそっちに移住してもらうことにしたのだった。
「ここに子供を入れて、と」
慎重に脚立に上り、抵抗もせず丸まる子ムササビをふかふかの木屑の上にそっと置く。子ムササビはお気に入りの布団を発見したように、木屑のなかに潜り込んだ。
「これで完璧!」
俺が脚立から降りると、中を覗くため天花ちゃんも続いて上る。そしてタブレットのカメラを向けると、愛くるしい子ムササビの姿をパシャパシャと連写したのだった。
俺は裏庭の柿の木にちらりと視線を移す。そこには生い茂る葉やまだ青い柿の実に身を隠すように、一匹の大きなムササビが枝の上からじっとこちらを見つめていた。
夜の間ずっと屋根の上にいた母ムササビは、太陽が昇ると同時に姿を消した。しかし朝ふと柿の木を見てみると、我が子を案じるように木陰に身を隠していたのだ。
天花ちゃんも脚立から降りてしばらく経つと、ずっと見守っていた母親が木の上から滑空して軒下の巣箱に飛び移る。そしておそるおそる、子供の待つ巣箱に潜り込んだのだった。
(お引越し成功(*^▽^*))
タブレットに顔文字と一緒に打ち込んで喜びを表現する天花ちゃん。これで我が家も傷めないしムササビ親子も安全が確保されたしと万々歳だ。
ふと庭を見回す。もうすぐ9月、畑に植えた時はあんなに小さかったトマトの苗も、いつの間にか腰以上の高さまで育って赤い果実をたわわに実らせている。
柿の木も実を徐々に膨らませ、天花ちゃんのキンモクセイも枝から青いつぼみが顔を出している。特に柿はもう少し熟れれば、ムササビにとって大層なご馳走になるだろう。
「さ、もうすぐ業者さんが来る時間だから、俺は一旦シャワー浴びて着替えるよ」
あの居間の天井はさっさと直さないとな。しかし俺の声など再び脚立に上り、ムササビ親子の仲睦まじい姿を撮影する天花ちゃんには微塵も届いていないようだ。
「それと天花ちゃん」
だがさすがに自分の名前を呼ばれれば、幽霊も振り返る。
「大変お伝えしにくいことなのですが……」
そう言って俺はぐいっと自分の手を彼女に突き出した。
タブレットを貸して。
天花ちゃんは目的が今ひとつ理解できないようで首を傾げながらも、撮影に使っていた端末を素直に手渡す。
受け取って俺はすぐにファイルを開いた。昨日、屋根裏で撮った写真だ。
そして映し出された画面を見るなり、天花ちゃんは目を点にした。
たしかに昨日、俺はムササビをつかんで笑う天花ちゃんを撮ったはずだった。しかしそこに写されていたのは、暗い屋根裏部屋の中、謎の力で首根っこをつかまれて空中浮遊する子ムササビだけだった。




