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第十一章その4 ラウンド2

「今度はこれでどうだ!」


 俺は今しがたホームセンターで買ってきたものをビニール袋から取り出し、居間の机の上に置いた。


 忌避剤という固形カレー粉みたいな見た目の薬剤だ。これはイタチやモグラといった小動物の嫌がる臭いと味で作られており、その名の通り小動物が寄ってくるのを防ぐという。


 これなら煙も出ないしご近所さんに迷惑かけることもないぞ。


(本当に大丈夫?)


 心配、というよりも疑いのこもった眼で天花ちゃんが俺を見つめる。


「やってみないと分からないだろ。じゃあ行ってきます」


 勝ってくるぞと勇ましく、俺は屋根裏に乗り込んだ。


 相変わらず暗く埃っぽい屋根裏。古い物も多く置かれたままで一度掃除しなくてはと思うのだが、まずは不法占拠する輩を追い出すのが先だ。


 壁際や柱の根元など、目の付いたあらゆる場所に忌避剤を撒く。ムササビがどういう習性を持っているのか素人の俺にはわからないので、とりあえず通りそうな所を重点的に薬剤を仕掛けた。


「地雷をセットする工作兵になったみたい」


 意気揚々と踏み込んだ屋根裏だが、あまりに地味な作業に俺はぼそっと声を漏らした。まあぶっちゃけ人間とムササビの領土争いみたいなものだし、間違っちゃいないよな。


 屋根の傾斜にともない低くなる天井と交錯する梁をかわしながら奥に進むと、やがて外の光の差し込む穴を発見する。煙や空気を入れ替えるための排気口だ


 だがそれらにはいずれも金網が張られており、出入口となるには狭すぎる。ここから侵入するのは不可能だ。


「たしか出入口は洗面所の方だったよな」


 そう呟いてぐるっと首を回した、まさにその瞬間だった。


 トットット。


 床を踏む音、距離はそう離れていない。耳に届いたその瞬間、俺は全身をびくりと震わせた。


 間違いない、奴は近くにいる!


 音のした方向に懐中電灯を向ける。そして照らし出された蠢く影に、俺はまっすぐライトを向けて硬直した。


「あ!」


 暗闇から現れたのは、妖しく反射させるふたつの目。わずかの時間、俺とその眼は互いに視線を交わして固まった。


 こんなところでご対面してしまうとは!


「見つけたぞ!」


 禁猟鳥獣なんて言葉、俺の頭から吹き飛んでいた。暗く狭い空間で走り出した俺は、まっすぐ相手に突っ込んだ。


 当然、ムササビはくるりと方向転換して逃げ出す。埃が舞い上がるの気にも留めず、俺とムササビの激しいチェイスの火ぶたが切られた。


 身軽なムササビは屋根裏を縦横無尽に駆け回り、時には梁や箱の上に跳び乗って俺を翻弄する。しかしここ数日のフラストレーションがたまって変なスイッチが入ってしまった俺は、懐中電灯の明かりを向けながらヤツの逃走に必死で食らいついていた。


「待てえ!」


 そしてムササビがすいすいと渡った床板を踏んだ、その時だった


 バキバキっと音が鳴り、俺の右足が床に沈む。


「うわ!」


 とっさのことに内臓が口から飛び出そうなほど俺は叫ぶ。なんとか太腿あたりで止まったものの、心臓はドキドキドキドキと高鳴り続けた。


 どうやら経年劣化した床を踏み抜いてしまったらしい。生地の分厚いジーパンを履いていて正解だったが、太腿あまですっぽりはまってしまった俺は必死で足を抜こうにも身動きが取れない。


 そんな俺を嘲笑うかのように、ムササビはくるりと振り返る。そしてなんだか勝ち誇った笑みを浮かべているように映る目をこちらに向けると、そのまま屋根裏の奥へと消えていったのだった。


「くそう!」


 悔しさに俺は手で床を叩く。絶対にとっつ構えて、山に放ってやる!


 だがその時、目の前にぼうっと別の影が現れる。


 天花ちゃんだ。だがその顔は三白眼で、見るからにご立腹のようすだった。


(ちょっと!)


 暗闇の中、タブレットの画面を見せつける。


(下の部屋に凄い量の埃が落ちてきてるんだけど!!)


 続けて今先ほど撮影したのだろう写真を映し出す。


 居間、その天井から俺の右足が生えている。その下のちゃぶ台には、屋根裏から落ちてきた埃が大量に降り積もっていた。


「すんません、調子に乗りました」


 俺は今すぐこの暗闇の中に消え入りたい気分だった。


 こうして人類はまたしても森からの侵略者に敗れてしまったのだった。

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