第十一章その3 人類Vs齧歯類
「ムササビですか、それは厄介ですね」
朝、ゴミを捨てに行ったらちょうどゴミ袋を引っ下げて歩く久野瀬さんの旦那さんとばったり出会ったので、ゴミステーションの金網を前に男二人での立ち話が始まる。
「でしょ? だからすぐに捕まえて追い出したいのですが」
「いえ、ムササビは勝手に捕まえてはいけないんですよ」
俺の言葉を久野瀬さんが遮る。
「鳥獣保護法でムササビは非狩猟鳥獣に指定されています。素人は捕獲も飼育もしてはいけないことになってるんですね。特別な許可を得ている業者に頼むか、ムササビに自分から出て行ってもらうよう仕向けるしかないんです」
「そんなぁ」
朝一番から、俺はすっかりへこんでしまった。わなを仕掛けるなりして捕らえればいいかと考えていたのに、出鼻をくじかれてしまった。
ちなみにムササビと同じく滑空するリス科の仲間にモモンガという動物もいるが、こちらはムササビよりもかなり小さく、体長20センチほどしかない。ムササビは大きいものでは50センチほどになるので、並べれば一目瞭然だ。
「とりあえず出入口を塞ぐのが一番ですよ。ただもしかしたら巣を作って繁殖している可能性もあるので、屋根裏を一度徹底的に掃除してみるのをおすすめします」
あのだだっ広い屋根裏を……。庭の除草の比でないほど骨が折れそうだ。
今回ばかりは業者を呼ぼうかしら?
「あとは殺虫剤や煙で燻して追い出すか。昔の家は囲炉裏の煙で虫の発生を抑えていたそうですし、ゴキブリ用の燻煙剤でも小動物は嫌って逃げていくと聞いたことがあります」
「あ、それなら簡単かも!」
すっかり落ち込んでいた俺はたちまち目を輝かせた。
たしか前に燻煙式の殺虫剤は買ったし、何せうちには囲炉裏があるからな。
「燃やせ燃やせー!」
帰宅した俺は居間に備え付けられた囲炉裏に火を起こしていた。木炭は煙の発生が少ないので、燃やすのは庭で拾った小枝や乾いた藁など手あたり次第だ。
久野瀬さんの話をヒントに、俺は囲炉裏で火を燃やして煙を発生させていた。この囲炉裏の天井には排煙のための隙間が設けられており、屋根裏を通って煙が外に出される仕組みになっている。
つまりここで火を起こして煙を発生させるだけでも、十分燻煙の効果が見込めるわけだ!
さらに事前に屋根裏に上って、ゴキブリ用の燻煙式殺虫剤も屋根裏のあちこちにセットしている。今頃煙と殺虫剤のダブルパンチでさすがのムササビもたまらず逃げ出していることだろう。
(いつもより多く燃やしておりまーす!)
天花ちゃんもぱきぱきと小枝を折っては燃え盛る炎の中に放り込んでいる。にしてもこの幽霊、ノリノリだな。
「ファイガ!」
(カイザーフェニックス!)
めらめらと勢いを増す炎を見ていると、二人そろってテンションがおかしくなってしまったようだ。部屋に煙が充満し始めても、俺はなおも小枝を放り込んで煙を発生させ続けた。
そんなトランス状態に陥る俺たちを現世に引き戻したのは、外から響くサイレンの音だった。
消防車だ。ウーという電子音の後に、カンカンカンと甲高い金属音が響く。
「火事かな? 物騒だなぁ」
まあ都会じゃ緊急車両のサイレンなんて珍しくもなかったし……とここは田舎だったな。
そんなことを思い出しながらさらに燃料を投下していると、サイレンは徐々に徐々に大きくなる。そしてなんと、家のすぐ近くで止まったのだった。
そして直後、ピンポーンと呼び鈴が鳴らされ、同時に「すみません、中に誰かいらっしゃいますか!?」と叫ぶ男性の声。
これはただ事ではない。俺は立ち上がると玄関へと急いだ。
玄関の引き戸を開けた時、そこに立っていたのは防火衣とヘルメット姿の消防士だった。
「火元はどこですか!?」
「え、どうされたのですか!?」
きょとんとする消防士。この人は何を言ってるんだ、と目が代弁していた。
「どうしたも何も、この家からすごい煙が出てるって通報がありまして。外から見ても屋根から煙がもくもくと上がっていましたよ」
結局、近所迷惑だからそういうことはやめてほしいと消防の職員から叱られた俺は、囲炉裏の火を消して消防士の皆さん、そして近所の皆さんに頭を下げて回った。
「疲れた……」
そして夕方、居間のちゃぶ台に突っ伏す。なんだかすっげー無駄に一日を浪費した気分だ。
冷たいお茶の入ったコップを、天花ちゃんがそっと傍らに置いてくれる。俺は「ありがとう」と受け取ると一気に喉に流し込んだ。
調子に乗って火を焚き過ぎたせいか、時間が経ったにもかかわらず家中そこかしこが煙臭い。本当、燃え広がらなくてよかったと今さら思う。
しかし体力よりむしろ気力の方を削がれた気分だ。食欲もあんまり湧かないし、今日はそうめんみたいな軽めのものがいいな。
「天花ちゃん、今日のご飯は――」
言いかけたまさにその時だった。
トットット。
天井の上から、一定のリズムを刻んで響く乾いた足音。途端、俺も天花ちゃんもばっと眼を開き天井を見上げた。
ここまでやったのに、まだいるじゃん!
どうやら我々人間の浅知恵など、野生動物には通用しないようだ。




