第二章その1 引越し完了!
プロパンガスも運び込まれ、ネットの回線工事、エアコンの取り付け工事も完了した。とりあえず生きていけるだけの設備はすべてそろっただろう。
「ありがとう、手伝ってくれたから思ったより早く終わったよ」
書斎兼仕事部屋となる和室の本棚に、何百冊という本をふたりがかりで詰め込んだ俺は汗を拭いながら脇に立つ幽霊の少女に話しかける。そんな俺の言葉に、少女は疲れのひとつも見せず得意げに微笑み返していた。
さすがに業者の前には姿を見せなかったが、彼女はこの引っ越し作業中ずっと俺の手伝いをしてくれていた。この家の新しい家主である俺を彼女なりに歓迎しているのだろうか、その真意はわからないが幽霊だからと気分の悪いものではない。
「ところで、あの部屋はどうする?」
途端、少女はじっとうつむいた。親切な幽霊だが、あの奥の閉ざされていた部屋に俺が入ろうとすると、すごく嫌そうな顔をするのだ。
あの部屋に関しては触れないでおこう。どうせ部屋は余るほどある、一部屋くらいこの子のために残しておいてどうってことはない。
とりあえずライフラインのセッティングは完了したものの、衣類やオタグッズなどまだまだ段ボールに収められたままの荷物は多い。これから生活していく中で、必要な物を買いそろえながらこいつらの収納もどうにかしていかなければならない。
しかし今は何よりも食料品だ。非常用の食料品はだいたい使い切ってしまったので、今日食べる物も今この家には無い。他にも洗剤やトイレットペーパーといった日用品も買い足しておきたい。
「じゃあ俺買い物行ってくるから、待っててね」
そう言って部屋を出ようとした時だった。後ろから服をぐいっと引っ張られ、俺は思わず転びそうになった。
振り向くと、幽霊の少女が俺のシャツの袖をつかんでいる。じっとこちらに向けられた視線、それはまるで何かを期待してねだっているようだった。
「外、行きたいの?」
こくりこくりとしきりに頷く。やはりそうか、幽霊とはいえ年頃の好奇心旺盛な女の子ならそうなるわな。
にしてもこの幽霊、太陽の下に出ても平気なのかな? まあ本人が言ってるんだし、大丈夫だとは思うけど……。
「うーん、俺はいいんだけどさ……」
もし霊感の強い人なんかがいたら、俺は幽霊を連れ回して歩いている変な奴に移るだろうな。特にこんな頭から血を流している見た目なんて、害はないとしても不気味に映るに違いない。すぐさまお払いのため神社か寺に引っ張って連れていかれるだろう。
「せめてその血、なんとかならない?」
俺は女の子の額のあたりをそっと指差すと、少女はきょとんと瞳を丸めた。何を言っているのか、さっぱりわかっていないようだ。
「ほら、これ」
俺はちょうど机の上に置いていた手鏡をそっと差し出す。
それを受け取った少女は鏡に映り込んだ自分を見た途端、顔から血の気を引かせた(いや、血なんかもう無いけれども)。どうやら彼女は自分が今どんな見た目をしているのか、ずっと気付いていなかったらしい。