第十一章その2 犯人は誰だ!
それから数日、俺と天花ちゃんは姿を見せぬ同居人に翻弄され続けた。屋根裏を覗いてもこちらの気配に勘付いてか一向に姿を見せず、監視カメラを置こうかと考えたもののどこから出入りしているのか見当もつかない。
しかし何日か経つにつれ、なんとなく音の出る時間がわかってきた。
夕方、陽の沈む前後、それから日の出前だ。それ以外の時間は寝ているのか、もしくは外に出ているのか。おそらくは後者で、夜行性の動物なのだろう。
「あ、また動いてる」
居間で夕食のから揚げを食べていると、またしてもトットットと天井を踏む音が響く。
現状さほど迷惑にも思わないので放っているのだが、隣に座っていた天花ちゃんは不満げにタブレットの画面をタップした。
(どうにかしないの?)
「どうにかって言われても、相手が何者かまだわからないからねえ」
そもそもうちには既に幽霊という超レアな存在が住み着いているわけで、多少動物が住み着いてもそこまで気にならないよなぁ。
(動物が家に住み着くと糞で家の傷みが早くなるし、ダニが湧いたり材木が食い破られることもあるよ)
「え、そうなの?」
そういう実害もあるならたしかに困る。東京では動物が家に住み着くなんて想像する余地さえ無かったけど、山林の近い田舎では現実的な問題のようだ。
そもそも東京の街中では野生動物自体滅多に見られるものでは無かった。まあやたらでっかいネズミが歩いてるのを一度だけ見たことがあるけど……そういえば夕方ビルの間を忙しなく飛んでいる生き物が鳥じゃなくてコウモリだと初めて知った時はかなり驚いたな。
虫は困るが動物なら半野良猫みたいにあわよくば仲良く共存できないかと思ったものの、それはあくまでおとぎ話の世界だけのようだ。
そうとなれば正体不明の同居人には出て行ってもらうしかない。俺は箸を置くと、玄関から外に出た。
いつも決まってこの時間に音が鳴り、しばらくすると止む。きっと屋根裏のどこかをねぐらにして、夜になると外に出ているのだろう。まずは何が潜んでいるのかを確かめるため、外に出てきたところをばっちり目にしたい。
しかし屋根裏への出入り口がどこかわからない上、そもそも家自体が大きいので監視するのも大変だ。家の周りをぐるぐると回ってみたものの一行に相手の姿をとらえることはできず、いたずらに時間だけが経過していった。
結局陽が完全に沈み周囲が真っ暗になった頃、縁側の掃き出し窓越しに天花ちゃんが「もう音しないよ」と打ち込んだタブレットを見せつけ、俺は溜息を吐いて落胆した。
どうやら今日も俺たちは負けてしまったようだ。
翌日、日没の時間に俺は裏庭に出てじっと屋根の上を睨みつけていた。
今日こそヤツの正体突き止めてやる。懐中電灯に履き慣れたスニーカー、さらには久野瀬さんから借りた動物用の捕獲網。準備は万端だ!
陽も沈んで辺りが宵闇に覆われ始めた頃だった。慌ただしく縁側に駆けつけた天花ちゃんが、さっとタブレット端末を見せつける。
(音がした、洗面所の上!)
そっち側か。俺は外から洗面所側にダッシュで回り込んだ。
そして屋根の上に懐中電灯の光を向けると、まさに瓦屋根の上を走る黒い影をとらえたのだった。
意外と大きい、サイズは猫くらいある。黒い影は大きな尻尾を揺らしながら不安定な足場もすいすいと駆け抜ける。かなり素早いぞ、人間でも走って追いかけるのは大変だ。
そして軒の先端で足を止め、じろっと首を上げる。そして影をライトで照らした瞬間、その謎の動物は迷うことなく宙に飛び出したのだった!
「へ!?」
俺は声を上げて立ち止まった。
影は勢いよく軒先から飛び出すと、そのまま地面には降り立たずに空を飛んで……いや、滑空していた。グライダーのように風を受けながら、俺の頭の上を悠然と飛び越える。そして裏庭の柿の木に突っ込むと、そこからさらに飛び出して、田んぼを隔てた雑木林の中へと消えていったのだった。
「モモンガ……いや、ムササビか」
俺は興奮混じりに漏らす。てっきりネズミかイタチか、大穴でテンかと思っていたが……まさか考え付きもしなかったわ。