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第十章その2 想い人は

「大八木さん、いかがでしたか?」


 お見合いの間、別室で待機していた室田さんが期待混じりに尋ねる。


 1時間ほどのお見合いを終えた俺は、仲人の室田さんとふたりきりで話していた。本来ならここで結婚を前提とした交際を申し込むか、断るかを伝えてもらうところだ。


「はい、大変素敵な方だと思います」


 よし、と室田さんが拳を握る。男女の仲を取り持つという仲人としての務め、その最初のステップを達成したことへの喜びだろう。


「それなら良かった、ではこれから――」


「あの、その前にひとつよろしいでしょうか?」


 俺は室田さんの話を中断させる。


「話してみてわかったのですが……安井さんには今、思いを寄せている男性がいらっしゃいます」


「なんと!?」


 思わず大声をあげてしまい、慌てて口を押さえる室田さん。どうやら仲人さんも、安井さんの事情については知らないようだった。


「どなたですか、その方は?」


 そしてじっと顔を俺に近付け、小声で尋ねる。


「はい、おそらくですが」


 俺は周囲をちらっと見まわした。そして誰もいないことを確認すると、耳打ちするように告げた。


「グエンさんです」


 耳にした途端、室田さんは信じられないと言いたげに顔をひきつらせた。


「まさか、あの技能実習生の青年ですか!?」


 そして驚きを精一杯に押し殺したように、小さくも力を込めて訊き返したのだった。


 千秋さんより年下で、しかもベトナム人技能実習生というグエンさんだ。長くこの土地に暮らす人間から見れば、結婚相手の選択肢にも含まれなかっただろう。


「あの様子だと、ご両親もまだ存じてないのではと思います」


「そうですか……いや、よくぞ気付かれましたなぁ、そんなこと」


 室田さんが腕を組んで考え込んだ。本来なら俺からイエスかノーかを聞き出すところなのに、そんな新事実が発覚するとはと面食らっていることだろう。


「大八木さんはどうされたいですか?」


 しばらく間を置いて、室田さんが俺に訊いた。


「今日お見合いをして、安井さんが素敵な方だと思ったのは本当です。もし何も無かったら交際を申し込んでいたでしょう。ただ――」


 息を整え、俺はきっぱりと言い放つ。


「ただ少なくとも、私より先に安井さんとグエンさんふたりの意思を確認したいのが、私の正直な気持ちです」


 室田さんは大きく頷いた。そして「わかりました」と一回手をパンと叩くと、男二人部屋を出たのだった。




 俺たちが向かったのはまた別の部屋だ。ここは安井さん夫婦、つまり千秋さんのご両親の待機室で、娘がお見合いをしている最中ふたりで待っていたらしい。


「え、ロン君が!?」


 座って聞いていたお父さんが、驚きのあまり立ち上がった。そりゃお見合い直後に娘に慕っていた人がいたなんて聞いたら、平常ではいられない。


 しかし隣に座っていたお母さんは俯きがちにため息を吐くばかりで、大きなリアクションは見せなかった。


 ちなみに千秋さん本人は着付け室で料亭スタッフの方に着物を脱がせてもらっているので、この場にはいない。


「やっぱり、そうだったのですね」


 静かに、ぼそりと奥さんは漏らす。そんな妻の一言に、旦那さんはさらにぎょぎょっと目を剥いた。


「お前、気付いていたのか!?」


「そりゃそうよ、見てたら分かるわよ」


 奥さんは俯いたまま話した。


 当然ながらショックのあまり旦那さんは口を震わせながら言葉を失う。だがしばらくして怒鳴るように問い質した。


「なぜ教えてくれなかったんだ!?」


「受け入れることができなかったのよ、私自身が」


 間髪入れず奥さんが返す。その言葉に思うところがあるのか、旦那さんは何も言い返すことができないようだった。


「まあまあ、落ち着いてください」


 すっかり雰囲気が重くなってしまったところで、室田さんが割って入る。


「大八木さんも千秋ちゃんには自分の意思で相手を決めてほしいと思い、ここまで話してくださったのです。お父さんとお母さんは、千秋ちゃんの幸せを望むのでしたらどうすれば良いと思いますか?」


 年長者のリードにクールダウンしたのか、お父さんはゆっくりと腰を下ろすと、重々しく話し始めた。


「私自身もわかっています。あの青年が悪いわけではありません、真面目で穏やかで、自分の息子だったならと思ったことは何度もあります。娘ともまるで姉弟のように打ち解けていました。ですが、もし彼が娘の結婚相手になると思うと……」


 お父さんはそれ以上言葉を続けられなかった。


 ずっとこの土地に根差して暮らしてきた農家だ。それを娘が外国人、それもベトナムから技能実習に来た若造に奪われるなんてことになったら。娘が好いた相手とはいえ、親としては複雑な心境だろう。


「私もです。私たちにとって大切な一人娘、ずっと傍にいてもらって欲しいと思います」


 言葉に詰まった旦那さんに付け足すように、奥さんが話し始める。


「仮に結婚したとして、ずっと日本に留まってくれるでしょうか。それに先祖代々受け継いできた土地のことも気がかりです。ですが――」


 そこで奥さんは顔を上げた。目は赤く充血し、必死で涙をこらえているのが見て取れた。


「ですが、それ以上に娘には後悔のない人生を送ってほしい。あの時ああしていれば良かったと思うような人生を我が子に送らせるのは、親としてこの上なく辛いものですから」


 力のこもった奥さんの言葉に、部屋にいた男たちは皆静まり返っていた。


「母さん……」


 机の上に置かれた妻の手を、旦那さんがそっと握る。直後、旦那さんはまっすぐ俺に目を向けた。


「大八木さん、頼みがあります」


 そして畏まったように話し出す。


「大八木さんのことをロン君は信頼しています。だからお願いです、ロン君がうちの娘をどう思っているのか、探っていただけないでしょうか?」




「ということがありまして、ロンさんの本心を聞き出すことになりました」


 帰宅した俺は天花ちゃんに報告する。


 場所はなぜか床の間、しかも上座に天花ちゃんが陣取っていて俺は向かい合う形だ。これじゃどっちが家主かわからんな。


(なんかうまいこと利用されてない?)


 手にしたタブレットに打ち込んで天花ちゃんが答える。言い知れぬほど疑り深い目つきで、こちらをじっと見据えながら。


「うん、俺もそう思う。けど、ふたりがあのままなのはこっちも辛い。結ばれるか結ばれないかは今は問題じゃない、このまま何も無く別れてしまうなんて辛いから、せめて背中を押そうという話だよ」


 俺は力説した。しかし天花ちゃんはどうにも腑に落ちないと言った様子で、ぽちぽちと文面を打ち込んだ。


(それは良いことだけど、全面的には賛成できない)


「どうして?」


 てっきり「頑張って!」とか言ってくると思ったのに。俺は口をとがらせて訊き返した。


(いくら互いに思いが強くても、うまくいくとは限らないもの。まして結婚となると恋人じゃなくて家族として暮らしていかなくちゃならない)


 ずらっと液晶画面に並ぶ文字を見せられ、俺はうっと返事に詰まる。外国人との結婚は苦労が絶えないとよく聞く。ただ好きだからで結ばれて、その後どうなるかは未知数だ。


 どうやら天花ちゃんの結婚観は、俺以上に大人のようだ。


(で、創太さんはどうするの?)


 しばらく俺が何も答えられないでいると、天花ちゃんが追加で質問する。


「俺はグエンさんが安井さんをどう思っているか、それとなく聞き出してみるよ」


(不安)


 速攻で心配された。俺ってそんなに頼りなさそうに見える?

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