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第一章その4 幽霊と過ごす一夜

 夕飯のカップ麺を完食した俺は、リラックスするとともにどっと身体の内側から疲れが押し寄せるのを感じた。


 今日一日、いろんなことがあった。早朝から高速道路を7時間マイカーで走り抜け、引越しの荷物を運び込んで幽霊の少女と出会って……。体力の衰えを自覚し始める三十路にはもう辛い。


 もうさっさと早めに寝てしまおう。俺は段ボールから取り出した寝巻きに着替えると、とりあえず掃き掃除だけした床の間に布団を敷き、すぐさま潜り込んだ。


「明日、とりあえず業者に連絡だな」


 スマートフォンの目覚ましタイマーをセットして枕元に置く。


 しかし業者に連絡したところで、幽霊がどうにかなるものだろうか。場合によってはこの家を出ることにもなるけれども、間取りや内装、ロケーションは気に入っているだけに惜しい。


 ふと目を開くと、例の少女が襖の陰からこちらを覗き込んでいた。ずっと部屋に封印されていた幽霊に睡眠は不要なのだろうか。


 怖くないとはいえ、落ち着かない。幽霊とはいえ年頃の女の子だ、自分の寝床姿を異性にじっと観察されて、何も気にせず眠れるほど俺は大物ではない。


 気にしないよう、俺は布団を頭までかぶる。そしてそんな状況であっても疲れた身体というのは正直で、すぐさま眠りに落ちてしまったのだった。




 翌朝、目を覚ました俺は寝ぼけ眼のまま廊下を歩いて洗面所に向かっていた。


 この家は風呂場前の脱衣所に洗面所が設けられている。脱衣所に入った俺は歯ブラシに歯磨き粉を塗りつけ、口の中を強く磨く。


 水の冷たさとミントの香りで徐々に眼が冴え、ぼうっとしていた頭もスッキリ覚醒する。


 ふと、俺はこの部屋に漂う違和感を覚え歯磨きの手を止めた。昨日は疲れてろくに脱衣所の掃除ができていなかったはずなのに、やけに綺麗だ。


 家主がいなくなり埃をかぶっていたはずの洗面台付属の棚から、きれいに埃が落とされている。さらに無造作に置かれていた洗剤類も、整然と並べ替えられていた。


 俺は歯ブラシを咥えたまま脱衣所を出た。よくよく見てみると、廊下も壁際の隅っこまで積もっていた埃が拭われており、昨日は掃除していなかった和室も塵ひとつ落ちていなかった。


 つまりこの家全体、俺が寝ている間にきれいに掃除されていたのだ。


 これはまさか……ある程度予想はついていた。しかしまさかそんなことがと無理矢理笑いながら、居間の襖をがららと開けた時だった。


「おいおい、マジかよ」


 思った通りだった。


 例の幽霊の少女が、雑巾で居間の箪笥をせっせと拭き掃除している。その脇には水の入ったバケツに、竹ぼうきやはたきが置かれていた。


 幽霊も俺に気付いたようで、朝一番にこりと微笑みを向ける。頭から血が流れ出ていようとも、最高の笑顔だった。


 どうやら少女は一晩かけて、この古民家を埃ひとつ無い家に仕上げてくれたらしい。


「な、何してるの?」


 ありがとう、と先に感謝するのが正しい順番だろうが、あまりに理解をかけ離れた彼女の行動に思わず問いかけてしまった。


 少女はどこからか古ぼけた電話メモと鉛筆を取り出し、さらさらと何かを書くと、文面を俺に見せる。


(ヒマだったので、お掃除しちゃいました)


 彼女は自分の言葉が俺に届いていないことを理解しているようだ。


「はは、ありがとうね」


 俺は朝から脱力した気分だった。引越し後最大の面倒事である家の掃除が、まさかこんな形でクリアされてしまうなんて。


 しかもこの子は幽霊なので睡眠不要の疲れ知らずときた。もしかしたら、俺はある意味で超優良物件を引き当ててしまったのかもしれない。

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