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第八章その3 田舎のホームセンター最強説

 久野瀬さんが帰宅したその後、俺は天花ちゃんを車に乗せて隣町の木之本まで買い物に出た。


 食料品を買うためであるが、今日はもうひとつ重要な目的がある。スーパーより先に向かったのは、大通りに面したホームセンターだ。


 広々とした駐車場。店の前にはプランターや苗木、袋詰めの堆肥といったガーデン用品がずらりと並ぶ。


 都市部でホームセンターと言えば郊外に広い敷地を備え、インテリア用品や日用雑貨を幅広くそろえている印象がある。特に2階建ての場合、上のフロアはお洒落な家具屋さんになっているイメージが強い。


 しかしここは農業従事者が多く、家の敷地も広いため、それだけ需要が異なるのだろう、店側も園芸と建築資材に力を入れている。


「大八木さん、こっちこっち」


 入り口近くで久野瀬さんの奥さんが手招きする。私服姿の美里ちゃんもついてきていた。


 旦那さんが園芸初心者の俺に色々と指南してほしいと、奥さんに頼んでいたのだ。


 久野瀬家の庭はもっぱら奥さんの領分らしい。移住当時は農作業に適した広々とした実用第一、悪く言えば無味乾燥な庭だったらしいが、奥さんの手によりイングリッシュガーデンに様変わりしたそうだ。


「コスモスを植えるのなら土を耕して、緩効性肥料を与えたらいいわ。種も地面に直接まいて上から土をかぶせるだけでいいし、育てやすいわよ。でも苗から買って植え替えるのは根が傷むからおすすめしないわね」


 奥さんは陳列された商品を横目にカートを押しながらまくし立てる。


「すみません、お母さん園芸の話になるといつもああで」


 ぽかんと口を開ける俺の傍らで、美里ちゃんがぼそっと呟いた。奥さん、想像以上にガチ勢のようです。


「花壇も作りたいなら境目にレンガやブロックを埋め込んでやるといいわ。後から土を盛り上げても、流れ出にくくなるから」


 とはいえ奥さんの話はガーデニング経験ゼロの俺にとっては次々と考え付きもしない視点を提供してくれるものだった。テキトーに種をばらまいておいたら水と日光だけで勝手に生えてくるものかと思っていたが、発芽のときと大きくなるときとで土や肥料を変えるなんて初耳だ。


 ふと商品を見てみると、ブロックや仕切りなどが思いの外安い値段で売られている。こういうのを使って自分好みの庭に改造していくわけか。DIY好きにはたまらないだろうな。


「野菜は苗から植えても収穫はできるわよ。ただ、買った後すぐに植え替えてあげてね」


 トマトやキュウリの苗が土ごとポットに入れて売られているコーナーを目にし、奥さんが思い出したように話す。


「あ、除草剤が安いわ。少なくなってたし、買っときましょ」


「ガーデニングに除草剤て大丈夫なのでしょうか?」


「使い方を守れば平気よ。雑草だけに効果がある商品もあるし、かけた部分だけ枯らすのもあるわ」


 除草剤イコール怖いというのはあくまで外部のイメージのようだ。使用方法さえ守れば恐れるものではないと。


 考えてみればあの庭の草刈りだけであんな重労働なのだ。もっと広大な畑が戦場の農家にとっては、農薬でも使わないとやってけんわな。


「あ、これかわいい」


 そう言って美里ちゃんが目を向けたのは、金属でできた椅子と円卓だった。ガーデンファニチャーと呼ぶのだろうか、野外の庭に置いてくつろげるあれだ。海外のドラマとかで金持がコーヒー片手に新聞を読んでいるイメージがあるな。


 他にも商品を見回してみると、実用はもちろんのことデザインにも力を入れた園芸用品は多い。アンティーク調の木箱やブリキ缶、犬のオブジェなどなど、お洒落な雑貨屋でそのまま売っていそうなアイテムもある。こういうの好きな女の子、結構いそうだな。


「天花ちゃん、こういうのどう?」


 同居人の意向を尋ねようと振り返る。しかしそこには少女ではなく、代わりにハゲ頭の見知らぬおじさんが立っており、しかも目を合わせてしまった。


 俺もおじさんも妙な気まずさに苛まれる。俺は慌てて天花ちゃんを探した。


 本物の天花ちゃんは、少し離れた鉢植えのコーナーにいた。


 気になった花や観葉植物をしげしげと眺め、可愛がるように観察している。特にクチナシの花はお気に入りのようで、顔を近づけると深く息を吸い込んで香りを楽しんでいた。


「花、好きなんだね」


 隣まで近付いた俺が尋ねると、天花ちゃんはさらさらと筆談で答えた。


(好きよ。それにここには珍しいお花もたくさんあるし)


 この田舎のホームセンターも、彼女には新鮮に映るようだ。花の品種についても次々と新しいものが開発されていったし、日本では珍しい花も海外から輸入できるようになったからかもしれない。


「あと大八木さん、虫が出るならこれを買っとくといいわ」


 そう呼ぶ奥さんが立っているのは、虫除けのコーナーだ。


 その棚を目にした途端、俺は「うわあ……」と絶句してしまった。虫除けスプレーかクローゼットに吊り下げておくタイプしか馴染みのない俺にとって、ここのラインナップはあまりにも圧倒的すぎた。


 よく知るスプレーはもちろん、リットル単位で詰められた瓶や石灰のような粉末状のものまで見た目は多種多様。さらにゴキブリや蚊のようなありふれた害虫は当然のこと、ムカデ専用だのネズミ除け、ナメクジコロリ、果てはマムシ用まで対象も様々。


 しかもそれぞれの商品に、イラストとはいえターゲットの害虫がでかでかと描かれているのだ。


「なんかこっちまで気分悪くなってきた」


 こういうのに抵抗を感じる辺り、俺もまだまだ田舎ライフひよっこなのかもしれない。


 天花ちゃんが見たら卒倒してしまうかもしれないな……と、天花ちゃんはどこだ?


 見ると天花ちゃんはどこかからカートを持ってきて、棚の虫除け薬を次々に放り込んでいた。もうゴキブリにスズメバチに毛虫にと見境なく、目についた薬品を一心不乱に。


 そんなに虫がイヤなのか……。

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