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第六章その1 田舎あるある

「え、家まで来たんですか? 町内会の皆さんが?」


 座敷に通した久野瀬さんは、すっかり困憊しきった様子だった。


「はい、今日も役員の方が家に来まして……何言われるのかわからないので、娘を家から連れ出したのです」


 久野瀬さんも近所に馴染んでいるとはいえまだ3年目、古くからここに住んでいる住民にとってはまだまだ新参。高齢世帯が多い中で比較的若い夫婦とあっては、様々な役割を任されるのも自然な流れ。


 同年代の仲間も少ないこの地域、同じく新参者の俺に相談と愚痴吐きにきたのだろうが、かと言ってぺーぺーの俺に何かできるわけでもない。ため息を漏らす父子を前にどう答えればよいのか悩んでいると、台所からお茶を持ってきた天花ちゃんが座敷に現れる。


「あ、どうも」


 全員の前に湯呑を置くが、旦那さんには天花ちゃんの姿は見えていない。きっと湯呑だけが空中浮遊しているように映っていたことだろう。


「それだけじゃないんです、学校でも同級生からいろいろ言われてるらしいんですよ」


 吐露するお父さんの言葉にあわせ、美里ちゃんがさらに項垂れる。


「踊らないなんてありえない、祭りを台無しにするつもりかって、男子から……」


 ああ、だからあんな表情かおしてたんだな。家でも学校でも肩身が狭い思いをして、美里ちゃんも限界だったのだろう。


 そんな彼女を見かねてか、天花ちゃんが美里ちゃんの前にそっときんつばを置いた。昼間買ってあげたものの余りだ。


「学校で代役やってくれそうな子はいないの?」


 俺は質問をはさむ。だが美里ちゃんは即座に首を横に振った。


「無理です、この町内に住んでる中学生の女子は私だけだから」


「ここらは町内同士の関係が強くてですね、互いの面子を守るのが最優先事項なんですよ。うちの娘が天女を務めないと、町内会の面目が丸つぶれになってしまう。毎年招待している別の町内の役員にも申し訳が立たないって」


 つまり美里ちゃんがやる以外、選択肢は無いというわけか。こういう地縁は心強くもあれば足枷にもなる。


 話を聞いていた天花ちゃんがじゃあ私がって感じですっと腕を伸ばしたが、俺の「姿見えないでしょ」の一言ではっと気づいたように固まってしまった。


「え、幽霊の子、踊れるのですか?」


 美里ちゃんが目を丸くして尋ねる。


「実際に祭りで踊ったのかはわからないけど、振り付けは身体が覚えているみたいなんだ」


 実体のない幽霊に身体が覚えているなんて表現使うのも妙な話だが。


 ずっとこの地域で暮らしていた天花ちゃんならば天女を務めるのは名誉なことだと前向きにとらえるだろうが、大阪から引っ越してきた美里ちゃんにとってそう簡単には切り替えられまい。


 この状況にどう落としどころを着けるべきか……考えていた俺は苦しくも「そうだ」と切り出した。


「久野瀬さん、ちょうど良いコーヒー豆あるんですけど、淹れます?」


「ええ、是非とも!」


 俺の意図を読み取ってくれたのか、旦那さんはわざとらしく立ち上がる。そして男二人、速足で座敷を出て台所に向かった。


 赤みを帯びた白熱電球の明かりに照らされた台所。俺は食器棚からコーヒー豆の入った缶を取り出すと、旦那さんと声を潜めて話し始めた。


「美里ちゃんはイヤと言ってますが、どう思います?」


「うちは嫁が断ればいいとは言ってますけど……私個人としては娘には申し訳ないが踊ってもらいたいのが本音です。町内の付き合いは今後何十年も続きます。できれば波風は立てたくありません」


 しかし娘に苦労を掛けるのもなぁと、旦那さんも相当なジレンマに悩まされているようだ。見た目は逞しいのに、内面は奥さんのようにバッサリと割り切れない性格なのだろう。


 まあ家庭の問題をぶちまけられて突っぱねない俺の方も相当なお人好しだろうがな。


「難しいところですね。幸い美里ちゃんは俺の話なら聞くと思いますし、俺からも天女の舞をやってみないかってすすめることはできますけど」


 ドリッパーにぺーペーパーフィルターを装着した俺は缶の蓋を外す。


「ありがとうございます。うちの娘にとっても人前で何かするのは良い経験になると思います。何せ……」


 芳醇な香り漂うコーヒー豆に匙を突き刺す俺の隣で、旦那さんは言葉を詰まらせた。


「うちの娘、実は引っ越す前まで不登校だったんですよ」


 聞くなり、豆をすくっていた俺の手が止めてしまった。

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