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第五章その4 イイ感じのふたり(プラス幽霊)

 俺と菫坂先生はきんつばを食べながら長浜城の駐車場まで歩いた。


 ここからも長浜城の天守が見える。3重の城郭は長浜の街を今なお見下ろしながら守っているようだった。


「こういう湖に面したお城ってかっこいいですよね。本当、絵になるというか、シチュエーション最高です」


 この角度は初めて目にするのだろう、菫坂先生が何度もカメラのシャッターを切る。このような風景からストーリーを作り出すのも菫坂先生の得意とするところだ。


 俺は先に車の運転席に座り、エンジンをかけて空調を入れる。5月とはいえ太陽の光が当たっていたせいで、車内はかなり蒸し暑くなっていた。


 そしてショルダーバッグを置くために後部座席に腕を伸ばすと、そこにはすでに天花ちゃんが座っていた。きんつばだけでは機嫌を取れなかったのか、やはり普段は見せないぎょろっとした目で瞬きもせずじっと睨みつけている。


「静かにしてろよ、いいか、絶対静かにしてろよ」


 俺は口をとがらせて何度も忠告する。今のところ菫坂先生は天花ちゃんの存在に気付いていない。俺と同じくサブカル世界のお仕事に就いている先生であっても、さすがに現実世界の幽霊となるとどんな反応をするかわかったものではない。無用なトラブルは予防するのが一番だ。


 そんな俺の念押しに天花ちゃんは頷くこともせず、ただ言いようのない視線をこちらに向け続けていた。


「すみません、遅くなりました」


 ひとしきり写真を撮り終えた菫坂先生が助手席に座る。


「いえ、せっかくなんで是非滋賀の風景を楽しんでください。気になるところあったらいくらでも車停めますよ」


 さっき天花ちゃんに向けていたどこぞのお笑いユニットのような態度をコロッと一転させ、俺はへこへこと頭を下げた。


 そして車を発進させる。目指すは天女伝説の地、余呉湖だ。


 長浜市街地と余呉地区は同じ長浜市内に含まれるが、これらふたつの地点はなんと20キロ以上離れている。車でも30分はかかる計算だ。しかしこの辺りは東京ほど電車が張り巡らされていないし、路線バスも朝と夕方の2、3本しかないなんてのもザラだ。住民にとって移動は車が前提であり、ここではマイカーがライフラインになっている。


「あ、綺麗な山」


 助手席の菫坂先生が車窓にカメラを向ける。壁のように山々が連なる鈴鹿山脈、その連峰でさえ凌駕する巨大な山容。なだらかながらどっしりとした横綱のような存在感は、目にした者を惹きつける力がある。


「あれは伊吹山です。県内最高峰で、ヤマトタケルが山の神を倒そうと登ったら返り討ちにあったという伝説も残っているのですよ」


「え、ヤマトタケルが!? 初耳です」


 ここぞとばかりに俺は最近仕入れたばかりの地域の逸話を披露した。謂れを聞いて先生のシャッターを押す速度もさらに増す。


 しかし先生は何枚かカシャカシャとフィルムに収めると、あんなに連写していたカメラを膝の上に置き、窓の外に顔を向けたまま感慨深げに話し始めたのだった。


「伊吹山はきっと昔から信仰の対象だったのでしょうね。力強い山の姿を見て、神様が棲むと考えていたのではないでしょうか」


 先生はずっと山を眺めていたが、その顔はうっとりと恍惚に満ち、俺が今目にしていない過去、そして未来のことまで見えているようだった。


 だがそんな先生もすぐに現実に引き戻される。


「あれ、なんだかいい匂いしません?」


 俺は「へ?」と返し、すぐさま鼻をくんくんと鳴らせる。たしかに、甘い香りが車内に漂っている。車用消臭剤の匂いとも違うようだ。


「あれ、何でしょう……て、うお!?」


 ふとミラーを目にした俺は、運転中にもかかわらず思わず叫んでしまった。


 なんと後部座席の天花ちゃんが俺のバッグから勝手にきんつばを取り出し、その場でむしゃむしゃと頬張っていたのが映り込んでいたのだ。


「大八木先生、いかがしました!?」


 もちろんのこと、突然の奇声に菫坂先生もぎょっと驚く。


「いえ、さっき買ったきんつばの袋がいつの間にか破れていたみたいです」


 とっさに思いついた嘘で誤魔化すも、内心は冷や汗でどくどくだった。幸いにも「そうですか、美味しそうな香りで好きですよ」と先生は気付いていないようだ。しかし今先生が後ろを振り向いたら、きんつばはどのように見えるのだろう?

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