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第五章その1 70年の重み

 翌日、俺は再び集会所を訪ねた。


「まさか天女祭について知りたいなんて、熱心だねえ」


 鍵を開けてくれた室田さんが給湯室で嬉しそうにお湯を沸かす。久野瀬さんを通して頼んでみたところ、ふたつ返事で引き受けてくれたのだ。


「ええ、仕事で祭りの風景を描くことになりまして。取材に協力してくださりありがとうございます」


 片手にスケッチブックを持つとそれっぽく見えるだろうが、本当の目的はちょっと違うんだよな。とはいえ実際に祭りの様子はイラストでも使えるので、吸収できるものはしていこうと思っている。


 室田さんは気付いていないが、ここに来ているのは俺だけではない。俺の隣にはセーラー服姿の天花ちゃんがついてきていた。


 金属製のキャビネットから取り出した古いアルバムを開く。戦後すぐだろうか、もんぺや割烹着、浴衣と今とはまるで異なる服装の人たちが映り込んだ白黒写真が何十何百も綴じられていた。


 その中の一枚に、湖畔に組み立てられた舞台の上で巫女の装束を纏った少女の舞う姿が写り込んでいた。


「これが天女の舞か」


 最前列に並ぶのは若い男たちだ。全員が優美に舞う少女を食い入るように見つめている。


 久野瀬さんに教えてもらったことが正しければ、彼らは帰還兵だろう。地獄のような戦地から生還し、故郷で新たな人生を送っている青年たちだ。


「その写真に写ってるの、青山商店のお爺さんですよ。天女役になった奥さんとその3年後に結婚したんですよ。ふたりとももう90超えていますが、今でもまだ元気です」


 室田さんがお茶を運んできたので、俺は「ありがとうございます」と受け取った。


 そこからも年ごとに写真がまとめられていた。1950年代、60年代。木造の家々が鉄筋コンクリートに作り替えられ、着物や甚兵衛の見物客もアイビールックやミニスカートに様変わりする。


 しかし天花ちゃんの姿はどこにも無い。1枚1枚じっくり眺めても、見慣れた少女の顔は写っていなかった。


 やがて記録は70年代に突入し、写真もカラーになった。


「写ってないね……」


 ため息とともにアルバムを閉じる。これは貴重な資料なので自宅に持ち帰ることはできないのだ。


「すみません、祭りの参加者の名簿って残ってますか?」


「ああー最近のはあるんだけど、その頃のは俺も見たこと無いなぁ。昭和の終わりにこの集会所建て替えてね、その時に古い物をだいぶ捨てちゃったみたいなんだよ」


「そうですか……」


 アルバム以外の資料は残っていないのか。俺はまたため息を吐くしかなかった。


 これでは天花ちゃんが祭りで実際に舞ったのかわからない。


「祭に興味あるなら、これも見ますかい?」


 肩を落とす室田さんが持ってきたのは黒い何か……ビデオテープだった。


「VHSなんて久しぶりだなぁ」


 今となっては珍しい逸品の登場に、俺は思わず手に取ってしまった。


 まさかビデオテープに懐かしさを覚える日が来るなんてな。家庭に広く普及していたビデオテープがDVDに取って代わるのが2000年代前半だから、だいたいその時以来か?


 当然家にビデオデッキなんて置いていないので、集会所にあった古い機械を使わせてもらう。


 ビデオには『天女祭1998』とマジックで書かれている。なんと20年以上前、俺もまだ小学生だ。


 ビデオデッキにテープを挿入れ、映像が再生される。やはり画質も音質も良くないが、人が集まり出店もあって楽しそうだ。


 厚底サンダルのガングロギャルとか、今ではもう絶滅危惧種通り越して保護対象レベルだよ。あ、近鉄バファローズの野球帽被った男の子が持ってるの、ゲームボーイカラーだ。


 そんな会場の人々の声も、お囃子が鳴り始めるとともにしんと静まる。


 横笛の旋律を主体とし、横笛と鉦鼓しょうこによる優しく上品な音色で勇壮な和太鼓の音は聞こえない。庶民の祭りとは思えぬ、雅で儚げな空気に包まれていた。


 人垣を超えたカメラがとらえたのは天女の舞だ。床を擦るほどの長さの羽衣を巻いて、舞台の上を巫女装束姿の少女が舞う。


「かわいいだろ、それうちの娘だよ。彦根に嫁いで孫も3人できたけどな」


 後ろから室田さんが得意げに言う。たしかにかわいい、きっと自慢の娘さんだったのだろう。


 それにしても……抱き続ける違和感に、俺は思わずつぶやいた。


「舞がちょっと違うなぁ」


 天花ちゃんの舞とは細かいところで違っていた。きっと数十年と受け継がれていく中で少しずつ変化していったのだろう。もしかしたら今現在の舞は、このビデオのものとも違っているかもしれない。


 時折映像を止め、スケッチブックにさらさらと鉛筆で描き出す。瞬間瞬間、その躍動を静止画に落とし込む。


「へえ、大八木さんは絵のお仕事と聞いていましたが、本当に見事なものですね」


 写真に残すだけでなく、このように身で感じたことを即座に描き出すのが俺のスタイルだ。後で思い出しながら描くよりも、その時見て思ったことをよりストレートに表現できる。


 絵は写真とは違い、見たまま全てをそのまま再現することはできない。だからこそどこを残してどこを省略すべきか、その取捨選択こそが絵描きの腕の見せ所だ。


「祭りのポスターはいつも同じような写真を使い回していますし、せっかくなら今年は大八木さんに頼んでみましょうかねえ」


「是非是非、料金は要相談ということで」


「ははは、ちゃっかりしていらっしゃる」


 ビデオを見終わった俺は集会所を後にした。シオカラトンボの飛び交う田んぼ道を歩きながら、俺はずっと隣についてきていた天花ちゃんに声をかける。


「どう、何か思い出したことあった?」


 天花ちゃんはゆっくりと首を横に振る。何かわかるかもと期待していたのに、残念でならないといった様子だ。


 しかし収穫が無かったわけではない。むしろ不自然な事実を確認し、天花ちゃんの思いとは別に俺は新たな疑問を感じ始めていた。


 それは天花ちゃんは本当に舞を披露したのだろうか、ということだ。


 あれほど古い写真が残っているのに、よりにもよって祭りの主役である天女の写真が見つからないのはおかしい。舞を披露したのなら、1枚くらい写真が残っていてもおかしくはないのに。


「天花ちゃん」


 俺の声に少女が重々しくおもてを上げる。


「あの部屋、調べてもいいかな?」

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