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第三章その5 熱い、熱すぎる!

「はい、これで出来上がりです」


 庭の中でも堅い土の剥き出しになった縁側近くの一角。俺と久野瀬さんはその地面の上に中空のセメントブロックを平行に並べて簡単なかまどを作り、さらに桶風呂を乗せた。あとは下で火を起こすだけだ。


 幽霊の少女が「かまどを作って火を起こせばいい」と筆談で教えてくれたので久野瀬さんに伝えると、彼はすぐさま自宅にブロックを取りに行って戻ってきた。


 とりあえず面白そうな物があれば試してみたい根っからのアウトドア派なのだろう、久野瀬さんは終始ノリノリだった。


「おもしろいわねえ、前にキャンプで入ったドラム缶風呂を思い出すわ」


 いつの間にか久野瀬さんの奥さんも来ていた。ドラム缶風呂経験のある久野瀬さん夫婦にとっては桶風呂についても同じようなもので、桶の中に水を入れてかまどに火を点けると、炎は瞬く間に大きくなった。


 金属製の平釜が熱され、桶の中の水が加熱される。湯気が立ち昇り、湯加減も良い感じになってきたのが見て取れる。


 旦那さんと俺が火を見ている間に、奥さんは台所に向かった。今日は桶風呂の礼にと、料理を振る舞ってくれるらしい。


「お父さん」


 火加減を調整しながら旦那さんと談笑している時だった。学校帰りだろうか、家の庭先でにブレザー姿に長い黒髪をなびかせる少女がちょっと居心地悪そうな様子で立っていたのだ。


「おお美里みさと、こっちだこっちだ」


 旦那さんが手招きすると、少女は「失礼します」と言って敷地に入る。


「うちの娘の美里です」


 久野瀬さんの隣に立った美里ちゃんは、照れ臭そうに「初めまして」と頭を下げた。


 久野瀬さんの一人娘こと美里ちゃんは、地元の公立学校に通う中学2年生だ。実は先ほど旦那さんが娘も呼んでもよいかと尋ねてきたところ、別に困る物でもないからと俺は二つ返事で承諾した。直後、旦那さんはスマホでメッセージを送っていたので、授業を受けていたところで受信したのだろう。


 それにしても凛とした顔立ちで正統派美人といった印象、お母さんに似たのだろうか。きっと学校でも男子たちの注目の的になっていることだろうが、ちょっととっつきにくい雰囲気もあった。


 うちの幽霊が切れ長の瞳と白い肌、そしてボブカットといったパーツがややアンバランスに組み合わさることでかわいらしさが強調されているタイプだとすれば、この子はすべてが均整の取れた理想的な顔つきをしていると言える。


 ……あれ、旦那さんと話しててすっかり忘れてしまっていたけど、そう言えばあの幽霊はどこに行ったのだろう?


「お、ちょうどいい感じに沸きましたね」


 娘の紹介もほどほどに、旦那さんがお湯に手をつっこみながら言う。


 俺と美里ちゃんは互いに黙ったまま旦那さんの背中を見ていた。いくら気さくな久野瀬さんの娘さんでも、今初めて会ったばかりの中学生女子にどう話しかければ良いものか正直わからなかった。


「今が一番のタイミングです。一番風呂ですから、どうぞ大八木さんから入ってください」


「はあ、ありがとうございます」


 すっかり旦那さんのペースに乗せられてしまっているなぁと思いながらも、桶風呂というものにも多少なりとも興味はあったので俺は服を脱ぐため一旦縁側から家の中に入った。


 もちろん外で全裸になることはできないので水着だ。4年前、学生時代の友人と久々に海で遊ぼうという話になって三浦半島まで車で行ったことがある。その時急いで買ったペイズリー柄の海パンだが、まだ持っててよかった。


 座敷のひとつを閉め切り、更衣室代わりにして着替えると、俺は縁側から海パン姿のまま庭に飛び出た。まだ上半身裸で夕暮れ時に外に出るのは少々肌寒い季節だが、目の前でめらめらと赤い炎が焚かれる桶風呂を見ると多少の寒さなんかどうでもよくなる。


「では早速」


 俺は取っ手をつかんで桶風呂の中に入る。猛烈な熱気が全身を包み、一瞬にしてぶわっと汗が噴き出る。


 扉を閉めれば中は真っ暗。座り込んでもお湯は腰ほどまでの高さにしかならず、あとはもうもうと立ち込める蒸気だけで全身が滴る。


 まるで蒸籠せいろの中の小籠包になった気分だった。毛穴のひとつひとつにまで蒸気が入り込んで汗腺を刺激し、骨の髄まで温められる。低い天井からは水滴が絶え間なく降り注ぎ、ちゅんちゅんに熱された身体を多少なりとも冷やす。


 しかしスーパー銭湯のサウナが軟弱に思えるほどの圧倒的な熱量と蒸気。これは堪らないと、俺は5分ともたず飛び出した。


「あっちちい!!」


 桶風呂から飛び出すなり、俺は水道の蛇口をひねりホースの冷水で全身を濡らす。身体の奥底まで温まったのか、冷水にも関わらず頭からかぶってもまったく冷たいとは感じず、むしろ快感にさえ思えた。


「気分はどうです?」


 旦那さんが豪快に笑いながら俺に冷たいお茶を運んでくる。


 俺は「最高にさっぱりしました」と、お茶を受け取って一気に飲み干した。

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