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第三章その1 お仕事再開!

 家の掃除も一通り終わり、段ボールもおおむね片付く。引っ越し作業もようやく一段落つき、この家は名実ともに俺の城となった。


 さあ、これからは大自然に囲まれたのんびり里山生活を……と言いたいところだが、生きていくにはまずお金が必要になる。


 そう、自分の本業はイラストレーターであることを忘れてはいけない。


 仕事部屋のデスクトップパソコンに電源を入れる。そしてネットにつなぐと、やがてビデオチャットの映像が表示される。画面の向こうに現れたのは、眼鏡をかけた若い女性だった。


「先日送ったイラスト、どうでした?」


 パソコンに備え付けられたウェブカメラで話しかける。すぐさま女性はにこりと笑い返した。


「はい、最高です。大八木先生のおかげで私もイメージが膨らみました!」


 女性が少し頭を傾ける度に黒のロングヘアがなびく。画質の悪い画面なのに、滑らかな肌触りが伝わってきそうだ。


 この人こそ今をときめく人気ラノベ作家の菫坂すみれざかいのりさんだ。大学在学中の18歳で新人賞受賞、デビュー作がレーベルの記録を塗替える大ヒットとなり、とんとん拍子にアニメ化まで進んだという若手作家の出世頭だ。


 今年大学を卒業した菫坂先生は専業作家として活動することになった。そしてこれを機に、現行のシリーズに加えて新シリーズの刊行が予定されている。


 レーベルでも特に人気な作家の新作とあって出版社も総力を挙げてバックアップしており、すでにキャラクターグッズの展開も予定されている。そんな一大プロジェクトにメインイラストレーターとして参加できることは、クリエイターとして誇らしいことこの上ない。


「それは良かったです。で、以前お話しした主人公の友人のデザインなのですが……」


 そこから俺と菫坂先生は作品についてとことん話し合った。


 先生のイメージと俺のイメージをすり合わせるだけでなく、俺のイラストから先生がさらにイメージを膨らませてシナリオに反映させる。最終決定稿ができ上るのはまだ先なので、多少の変更は問題ない。


 仕事の話を終え、互いに今後の予定を確認し合う。そして最後に手元のインスタントコーヒーを口に含んで喉の調子を整えていると、菫坂先生が「そう言えば」と話を切り出した。


「大八木さん、新居はいかがですか?」


 興味ありげに先生が尋ねる。たしか前のチャットで、もうすぐ田舎に引っ越すとか話していたっけな。


「ええ、東京とは何もかも違いますけど良いものですよ。家は広いし空気はきれいだし、近所の方も親切です」


「羨ましいですね。私も原稿上がったら、一度お邪魔してみたいものです」


「ええ、是非是非」


 俺は軽口交じりに返した。ビジネスの場ではこういう嘘とも本当ともつかないジョークはよくある。


 先生との通話を終了した後、俺はイラストを描くためペンタブを握りしめていた。


 今回の舞台は日本の地方都市。初々しい高校生の恋愛と、並行して起こる謎の連続失踪事件を描く青春ミステリーだ。


 キャラはもちろんだが、この作品はシチュエーションや場を包む空気が重要だ。背景にも気を使いたい。


 昨日今日と本物の田舎の風景をこの目で見ているおかげか、文中の情景を絵に起こすのは実に容易だった。ここまで悩まずにすらすらと描き上げたのは久しぶりかもしれない。


 ちょうどキリがついたので、俺はうーんと背中を伸ばす。そこでふと横を見ると、セーラー服姿の少女が立っているのが目に入った。


 仕事中はてっきりテレビを見るか漫画を読むかして過ごしているだろうと思っていたのに。俺が「どうしたの?」と聞くよりも先に、少女はぐいっと電話メモを突き出す。


 電話メモには鉛筆で「夕飯どうする?」と書かれていた。


「あー、そういや……テキトーに作るよ」


 時計を見るといつの間にか午後5時を回っていた。買い物は午前中に行ったところだし、もう一度行くのはちょっと面倒だ。冷凍食品も買ってあるし、今日はそれで済まそう。


 しかし面倒くさげに応える俺が不満なのか、少女はむっと頬を膨らませると、電話メモにさらさらと鉛筆を走らせる。そして再び見せつけた紙面には、「イワナはどうする?」とやや乱暴な字で書かれていた。


 痛いところを突かれ、俺は顔を歪める。


 昼過ぎに久野瀬さんからもらったばかりのイワナのことだ。美味しいんだろうけど、食べ方が分からない。とりあえず冷蔵庫にしまっておいたけど、正直なところ俺には貰っても困る代物だ。


「どうしようね、調理方法ネットで調べてみるよ」


 そう言って俺は検索サイトを開く。だがその時、パソコン画面の前に少女が電話メモを割り込ませた。


 そこには「私に任せて」と力強く書かれていた。


「ん、任せてって……料理できるの?」


 俺は眉をひそめながら幽霊の少女に尋ねる。当の本人は自信ありげににかっと笑って白い歯を見せつけていた。


(だから炊飯器の使い方教えて)


 そしてすぐさま書き足す。


「ああ、そうだね」


 せっかくだし、この子を信用してみるか。俺は椅子から立ち上がり、台所へと向かった。少女も現代の炊飯器が自分の生きていた時代のものとはだいぶ違っていることを自覚しているようだ。


 しかし炊飯器からご飯が炊けましたよと『アマリリス』のメロディーが突然鳴り響いたら、彼女驚いて昇天してしまうかもしれないな。

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