序章
自宅にあかずの間がある。正確にはあった、と言うべきかな。
家の一番奥、廊下の突き当りの古ぼけたドア以外に入り口は無い。
そのままデッドスペースにしておくのももったいないので、俺は強引に蹴破って突入してやった。
そうしたら真っ暗な部屋の真ん中に、セーラー服を着た女の子がいた。
病的なまでに青白い顔、そして頭からべったりと血を流した女の子が、こちらに目を向けてにたにたと笑いながら立っていたのだ。
「はあ、どうしたものかなぁ」
今となっては珍しい白熱灯の明かりに照らされた和室で、俺はパソコンデスクに突っ伏した。
周囲には未開封の段ボールがうずたかく積もれている。今日引っ越してきたばかりなので部屋の片付けはまだほとんど済んでいない。
そんな俺の背後、畳の上に寝そべって段ボールから取り出したばかりの漫画を熱心に読んでいるのは、セーラー服の少女だった。
「あのさ、君さあ」
声をかけると女の子はきょとんとした眼をこちらに向ける。切れ長の瞳にボブカット、そろったパーツは可愛らしいのだが、青白い肌と何よりも頭に貼り付いた鮮血のせいで何もかもが台無しだった。しかしそんな痛々しい姿でも、少女はすこしも苦しそうな様子を見せない。床の畳にも血痕の一滴すら落ちないのは実に不思議だった。
「俺の言ってること、わかる?」
こくんこくんと頷く。どうやらコミュニケーションは取れそうだ。
「君は誰? どうしてこの家にいるの?」
少女はうーんと考え込む。しかし頭を掻いて渋い顔をするばかりで、一向に返事は得られなかった。
「思い出せないのかな?」
しびれを切らしたこちらからの問いかけに、少女はうんうんと頷いて返す。
「弱ったなぁ」
これは前の持ち主に連絡入れてみるか。でも、仲介業者は前の持ち主の連絡先を教えてくれなかったし……。
期待に胸を膨らませて思い切って購入した古民家。せっかくの憧れの広い家での生活だと言うのに、まさかこんな瑕疵物件だったなんて。