リゼッテの部屋の中二病
リゼッテと一緒に行動から帰る時、ふと気になったので「貴女はどこの部屋なの?」と尋ねてみた。するとリゼッテはらしくなく萎れてぼそりと零した。
「ボクリゼッテとっ、ベルツィ――ベルツィーナ様とっ、トクテル様っ」
「あら、仲が良いみたいじゃない。ベルツィーナ様はベルツィ様とでも呼んでいるの?それに対してわたしには随分他人行儀なのね」
わたしがちょっぴり皮肉っぽく言ってみると、リゼッテはもっと萎れて、「すみませんっ」と謝り出した。
「いや、いいのよ?ほら、ハバサワ様って呼ぶキャラいなかったし、キャラ被りとかの恐れもないし、そうそうわたし安心したのよ、この間。貴女はユフィアナたんの劣化版じゃなかったわって」
「むぅぅっ……もうっ、ハバサワ様のイジワルっ。ボクの苦労も知らないでっ、なんかわけわからんこと喋り出してっ、人生楽しいでしょーにっ」
「貴女の方が楽しそうだと思うのはわたしだけかしら?」
軽口を言いつつも、わたしは何やら悩みがあるらしいリゼッテの話をちゃんと聞こうと、ふわふわの茶髪をそっと撫でる。
リゼッテは、少し唇を尖らせた後、「むぅぅ」と唸って話した。
「ボクとベルツィ様とトクテル様っ、あともう一人が――」
「えぇ」
「――レナ様っ」
「ふぇ?レナ様?そんな方いらっしゃった?」
新入生一人一人の名前を憶えているわけでもないからお嬢様らしく困ったわポーズをしてみる。リゼッテは、「違うっスっ」と小さく怒鳴った。
「罰当たりじゃないっスかっ。カレナ様っスよっ」
ぎゃーっ、言っちゃいましたーっ、と騒いでいるリゼッテをよそに、わたしは記憶の奥をごそごそ漁っていた。
「カレナ?どこかで聞いた名前だわね……」
「ふぁっ⁉ちょっ、ハバサワ様っ、貴女本当におバカなんスかっ?カレナ様は勇者様の一人っスよぉっ」
「……セーリーラとララノラとヴェクさんを呼んで相談する必要があるわね。このままわたしがリゼッテと一緒にカレナ様にお会いしてもいいのか、作戦会議よ。行くわよ、リゼッテ」
「はいっ!……ぇっ?今何て仰いましたっ、ハバサワ様っ?ってあれっ、ちょぉっ、ハバサワ様ぁ~っ!」
全力疾走とはまさにこのこと。制服の可愛いヒラヒラスカートを翻しはためかし、長い袖をぶんぶん振り回し、やっとのことで自室にたどり着いた。幸い、今日はこの後セーリーラもララノラも、ヴェクは知らないが講義はなかったはずだ。
わたしは、一気にドアをバンと開け放ち、中にいる驚いた顔のルームメイトの顔を一人一人見回し叫ぶ。
「ただいま、皆!ちょっと、セーリーラ、ララノラ来てくれない⁉って、ヴェクさんもいるじゃないスか!ちょ、皆さんで来てくれないスかね⁉」
リゼッテと話し方のキャラ被りだぁと悲しくなりながら、ヴェクがいるためわたしはこの喋り方で通す。
「お、おかえり、ミズキ殿。その、何かあったのだな?」
「ララたちで良ければぁ、何でもするよぉ?」
「おかえり、ミズキちゃん。何があったのか、簡潔に述べてくれるかい?」
「うわ……逆にこういう緊迫な雰囲気になっちゃうとどうでもいい話な気がして話せない」
セーリーラと椅子に座って頬を赤らめていたヴェクも発見し、わたしは全力で応援をお願いする。すると、やっとリゼッテが追いついて来た。
「ハっ、ハバサワ様ぁっ……」
「あら、遅いわよリゼッテ。ほら、これがわたしが提供できる犯行&反攻&反抗陣営よ。どうかしら?」
「んなっ⁉ちょいちょいハバサワ様っ、こりゃやりすぎでございますよっ!ボクの話なんてどーでもよすぎて悲しくなっちゃうなぁオウオウっ」
その場で泣き真似をし出すリゼッテの頭をバシッと叩き、わたしは、呆然としている勇者組に朗らかに明るく笑いかける。
「実はね、カレナ様との接触の可能性ありなんスよ!」
ただいま、わたし、リゼッテ、セーリーラ、ララノラ、ヴェク、ユフィアナの大所帯で大移動中である。わたしの居場所が場違い過ぎて居心地が悪い。
それを隣にいるリゼッテに言ったら、「ボクの方がまずいっスっ!ハバサワ様は姫騎士じゃないっスかっ」と歯向かってきた。ユフィアナたんも頷くのだから、仕方ない。
「ここ、だな?」
「あっ、はいっ、ここっスっ」
後ろからセーリーラが声をかけてきたことに驚いたのか、リゼッテが真っ赤になりながら答える。本当に、格好をロリにしたほうがいいと思う。
「では、失礼するよ、リゼッテ嬢」
「はははいぃっ!」
爽やかイケメンのヴェクに上から笑いかけられ、リゼッテはヒクヒクと顔を引きつらせ目を狐にして笑い返す。めっちゃ怖い。正直ブスい。
まぁでも、リゼッテからしたらこれは羞恥プレイも同然。ヤバそうな『カレナ』からしたら、自分より格上の誰かに助力を頼んでやり返すいわば「成り上がり者」というやつにリゼッテがなってしまうわけだ。
といっても、わたしだって後悔くらいはしているんだ。リゼッテの事情は、誰も知らない。ただ、皆が皆、カレナが関わっているならばそれはカレナに否があると思い込んでいるだけだ。またカレナが何かをやらかした、対処せねば、と思っているだけで、事情は誰も――
「我の闇の誘惑に逆らえずのこのことしゃしゃり出てきた愚民共よ!我の力の強大さを知り、其方の力など我の足元にも及ばぬことを自覚するが良いわ!出でよ、ダークムーンファイアの僕、ダークムーンデビル!己の主の源を、彼の者に見せつけるため、今、全能力を引き出せ!全ては我の生命のもとに!全ては神の御心の下に!」
目の前のドアが乱雑とも優雅とも言い難く開けられ、奥にいる人物を目にした瞬間、わたしは言葉を忘れた。
脳が動きを停止しているわけではない。しっかり、ちゃんと……正常に動いているといって、良いのかな。
「カレナ……学園の部屋でもその態度と言うのは、あまり褒められたものではないね。またダークムーンファイアの僕のダークデビル――」
「ダークムーンデビルだ」
「――ダークムーンデビルを可視化させる実験をして爆発するのを繰り返してはいないかい?」
ヴェクの面倒そうな声で、我に返った。そして、また目の前にいる人物を直視し、身動きが取れなくなる。
そして、やっとのことで唇から零れ出したのは、
「こっちにも、中二病ってあったんだ……」
それだけだった。




