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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第三章
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昔も今も

「ハバサワ様~っ!」

「いやあぁぁっ!誰⁉あぁ、リゼッテ、貴女ね」

「貴女ねってっ、何スかぁっ!ずっと楽しみにしてたんスよぉっ」


 いきなり背中にダイビングシュートをかましてくる、思ったより運動神経抜群のリゼッテをやっとのことで引き剥がし、わたしは講堂のドアを開ける。


 講堂前だったからよかったものの、講堂内で抱き着かれたら死ぬ。恥ずかしさとか成績とか諸々で。だからリゼッテ――


「少しくらい落ち着きなさいよ!」

「はいっ、すみませんしたっ!ハバサワ様がそう仰るならボクっ、真剣に黙るっスっ!」


 リゼッテがお口チャックのサインをする。この世界でもそのサインはあるのか、と感心した瞬間――講堂内の皆の視線が完全にわたしたちへ向いているのが分かった。


「いやぁっ、講堂内で騒がないでリゼッテ!」

「――」

「返事くらいしなさいよ」

「だってぇっ、今っ、ハバサワ様が仰ったんスよっ、黙れってぇっ」

「落ち着けって言ったのよ!違うわよ、最初に怒鳴ったのはわたしよ!貴女は何も悪くないわよ!」

「ならなんでそんな怒ってるんスかっ?」

「うっさいわね」


 あぁ、ドアを開けなくて良かったと内心自分をフォローした瞬間に自爆だ。ダイビングシュートでヒリヒリしている肌が恥ずかしさで何故か今度はチリチリしてきた。


早くに目立つなんて、完全にやらかしたね。もう姫騎士ってことで目立ってるけど、やっぱりね。やらかすと気分が悪いわ。







 あの日、颯は「好きが分からない」と言った。わたしは、そんな風になったことがない。初恋も、はっきり自覚していた。


 高校生に上がる直前、中学三年生、春休みの前の二月頃。たまたまくじ引きで、席が左隣だった男子がいた。名前は、もう朧気だ。よく覚えていない。


『おい、羽葉澤~。体育遅れるぞ~』


 そう、呼びかけられたときに、グッと心臓の鼓動が高まったというか……そう、ビックリしたのだ。


『うん、分かってます~』


 軽く返したけれど、体育の時間はドキドキでいっぱいで、いつもは得意なバドミントンなのに空振りをしまくって、ペアだったさやかに『大丈夫?』と何回も言われた。


 しかも、隣にいるのがその男子なのだ。『ほいっ』とか『よっしゃ』とか、小さい彼だけの言葉が聞けるのが幸せで、集中なんてとてもできなくて。彼とペアとしたいと、初めて思った。


 彼のペアのAくんが、さやかと仲が良くて、彼とはまたキャラが違う、面倒見のいいお兄さんタイプだったのを覚えている。だから、わたしたちはいつも隣でやっていた。今でもさやかとは連絡を取り合っているようだ。


 でも、Aくんとさやかは、彼の話なんて全然しないから、わたしも今では、彼の記憶なんて失せかかっている。


『なぁ羽葉澤。次ペアやらね?』


 って、体育が終わった瞬間に呼び止められて言われたときの驚きは、言葉にできない。


『うん、いいよ』


 即刻了承したけれど、集中なんてできるものか。体育館から更衣室に帰る時も、ぽうっと二人でするバドミントンを想像して、次の授業に遅れた。そう、その時も彼は、『遅刻かよ、羽葉澤。さっきの体育でも遅刻しかけてたから、声かけてやったんだぞ。褒めろ』というメモを回してきた。


 「褒めろ」って何よと思った。そこは普通、「感謝しろ」とか、そういうことを言うんじゃないのって。真っ赤になりながら、必死で『バカ野郎。わたしのペアらしくシャキッとしろー』と書いた。それを渡したら、彼は唇を尖らせて姿勢をのばして前を見て懸命にノートを取り始めて、すごく可愛かった。


 その日のお昼の直前、彼が早退した。お母さんが、亡くなったそうだ。それから彼は、学校に来れないまま引っ越した。わたしたちクラスメイトには、家の都合としか知らせがなかった。


 三日後のバドミントンは、またさやかとやった。隣には、あまり好きじゃない男子がいた。前まで彼とペアをやっていたAくんは、いつもと同じように的確な球を出していた。


 彼ならまた上手い位置に持って行ってラリーを続けようとするのに、新しいペアは唸りながらギリギリの位置に球を落として得点を取っていた。


 彼ならあそこに出すって、確信できる予想があるのに、新しいペアは正反対の位置に打って、決めようと本気を出している。楽しさのかけらもない。さやかと仲のいいAくんも、やりにくそうだった。


 最後の会話は、『次ペアやらね?』『うん』だった。最後のやり取りは、『褒めろ』『バカ野郎』だった。


 全部が愛おしくて仕方なくて、毎日夜、一人で泣いて過ごした。いつの間にか寝ていた。朝起きれば、必ず、手の中には、彼から帰って来たメモがあった。


『オレはバカ野郎だから、お前に一個聞いてやるよ。好きな人いるか?』


 答えはいつ、返せばいいんだろう。

 もう、君に返事、返せないのかな。

 いるよ。君じゃない、好きな人が。

 出来たんだ。出来ちゃったじゃん。

 あの時、君と会話しなかったから。

 あの時、君に告白しなかったから。

 今は君じゃなくて、颯が好きです。








「レムーテリン様ォホン!聞いていらっしゃいますかォホン!」

「あ……はい。聞いてました」

「ではォホン、この魔物の特徴をお願いしますォホン」


 老講師のわたしを呼ぶ声で、現実に舞い戻った。右隣でリゼッテが笑っているが、わたしの頭の中はパニックだ。


その魔物の特徴?分からない。『バカ野郎』とあの男子の顔しか出てこない。今日の講義は捨てたのだ。


「ハバサワ様っ。分裂するんスよっ。鳴き声が高いんスっ」

「え、えと、分裂します。あと、鳴き声が高いです」

「聞いてらっしゃったんですねォホン。ならばきちんとこちらを見て講義を受けて下さいねォホン」

「す、すいません」


 椅子に腰を下ろし、リゼッテにそっと「ありがとう」と囁く。リゼッテは、「いえいえっ」と嬉しそうに言って、またノートのような紙にメモを取り始める。


「名前がないんでっ、魔物って厄介っスよねっ」

「ん、えぇ、そうね」

「……ハバサワ様っ、今日っ、どうしたんスっ?様子おかしいじゃないっスかっ」

「違うのよリゼッテ。ちょっと昔のことを考えていただけなの」

「あれぇっ?現実逃避ってやつっスかぁっ?まさか好きな人に振られちゃいましたぁっ?」


 小声で、リゼッテがわたしの顔を覗き込んで的確に茶化してくるものだから、わたしは「なっ……」と零してしまった。


「わぁおっ、図星でしたかっ……ごめんなちゃいっ」

「いえ、良いのよ。わたしが自分で自分を卑下するパーティーを一人でぼっち開催しているだけなのだから」


 虚ろな目でそう答えると、リゼッテは分かりやすく眉を顰める。


「なんかっ、ネガティブのぞんどこじゃありませんっ?」

「まさか、これだけでどん底判定されるほどの人間じゃないわよ」

「ぞんどこ人間っスかっ」

「黙りなさい能無し」


 楽しそうに何を抜かすかと思いキッパリと鋭く切り捨てると、ジョークでもボケでもなくただただ真剣に問うていたバカが喚き出した。


「うわぁーんっ、ハバサワ様がボクをいじめるぅ~っ!」

「リゼッテ様ォホン!お静かにォホン」


 わたしもう知ってるんです。この人がユフィアナたんの代替品になんてならないことを。ユフィアナたんの方が尊かったりしちゃ――


「何考えていらっしゃるっスっ?」

「ぅわっ⁉ちちち違うわよなぁんにも考えてないわほらこの通りね!」


 真面目に可愛らしく再び覗き込むリゼッテに正直に驚き、わたしはすぐさま自分のノートを見せる。


「書いてないだけじゃないっスかっ」

「うっさいわね!えぇそうよ、その通りよリゼッテ。貴女はひとっつも間違っちゃいないわバカめ」

「ボク褒められてるっスっ?それともけなされてるっスっ?それに何で間違ってないのにバカなんスっ?」

「全面的にけなしてるわよ」

「ぅえっ……」


 苦い顔で元の席に戻ると、彼女は何事もなかったかのようにノートを取り始める。一件、真面目な理系女子なのに、勿体ない。白衣を着ているところとか、ピッタリだ。


ちょっぴりぶっきらぼうで素っ気ないけど優しさなら負けてない。そんな女子じゃなかったのね、リゼッテ。名前は見た目にピッタリだよ。


 ひょいっと顔をあげると、前にいた颯がレーイレアの背中を乗り越えて不安げにわたしを見ている。大丈夫だよ、という意味を込めて、わたしは笑って見せた。颯は、とりあえず許してくれたようで、呆れたような笑みを浮かべた。


まずい。一つ一つが好きだ。ヤバい。心配してくれたよ。すごい。これが進歩なのか。駄目だ。熱っぽいんだけど。


「好きが分からないが、分からない……」

「ふぇっ?どったんスっ、ハバサワ様っ?」

「あぁ、いえ、何でもないわ」

「……?」

「んっ、ほら、講義に集中なさい」


 不満げに羽根ペンを操りながら、リゼッテがノートの一部をトントンと叩く。そこを見てみると、『バカなんスかっ?告白しちゃえばいいのにっ』とあった。


書いても『ス』と『っ』を付けるところと、『。』を付けないところ、さすがはファンタジー物語と言ったところか。でも現に命は宿ってるわけだから……凛子、マジ何者なんだって話。


『バカじゃないの?告白なんてできると思うの?』


 少しだけ強い口調で書いてやったら、リゼッテはいつもと変わらない顔でサラサラと書き返してくる。


『できるっスよっ。だってっ、ハバサワ様ってっ、むりやり雰囲気強くしてますけどいい人じゃないスかっ。ボクとも付き合ってくれるしっ』

『誤解されそうな言い方は直ちにやめなさい』


 筆圧濃く、力いっぱい書く。


『でもとにかくっ、ハバサワ様ならいけるっスよっ。ボクも応援してるんスからっ。見たところロガ様っ、メルゴライル様とハバサワ様にしか目ぇ向いてないですしっ』

『それが困るのよ。ライバルなんだから。その前に何故貴女、わたしの好きな相手が颯だってことを知ってるの?』


『えとっ、好きな相手が、のあとっ、なんて書いてるっスっ?』

『あぁ、漢字を知らないのよね。ハヤト・ロガだってことを知ってるの?』


『見りゃわかるっしょっ!こんな分かりやすい好意見たことないっスよっ』

『ハヤトからレーイレアに向かってる好意よりわかりやすいとでもいうつもり?』

『はいっ。ロガ様からメルゴライル様への好意よりっ、ハバサワ様からロガ様への行為の方が圧倒的に上っスよっ』


『何それ恥ずかしい。でもって何故わたしの「好意」が「行為」なのよ。貴女漢字知らないんじゃなかったの?というか人の名前以外漢字で通じるのが不思議よね』

『ホントっスもんっ。最後何言ってるのか分からんかったっスけど』


 ハァ呆れたと、わたしは羽根ペンを置いて老講師を見る。あの魔物は何だ。全く聞いていなかった。また当てられたらどうするよ。


わたしは羽根ペンで魔物の形を真似て絵を描き、特徴を書き込む。一応眼鏡がなくても露河では見えるから、黒板――否、赤板に書き込まれた老講師の文字だって読めるのだ。


「えぇォホン、それじゃあハヤト様ォホン、この魔物の特徴がもう一つありますねォホン。それをお延べ下さいォホン」

「はい」


 ドクン、と心臓が、心臓ばかりでなく体までピョコンと跳ね上がる。右からリゼッテがえいえいして来るので、むっとして頬をつついてやった。


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