ちゅき
で。
「わたしはレムーテリン。リーミルフィ。羽葉澤水樹」
「ど、どどどれなんスかっ、ホントはっ……偽名ありすぎじゃありませんっ?」
「全部ホントよ!一個目は恩人に、二個目は恩人に、三個目は……ここは恩人と言っておくわ。につけてもらった、正式名称」
「せっ、正式名称っ。自分の名前が正式名称ってっ、……ぷくくっ」
「何か嫌だわこの雰囲気!」
何だか最初からここまで長引いて、「~~だわ」になっているが仕方ない。この少女――リゼッテ・シャンク=ヴィル――と話す時は、この口調にすればいいだろう。
しっかし名前&雰囲気&見た目と性格&口調&声が合わないのなんの。違和感しかないわ。
「そろそろ講義が始まるんだから、しゃきっとなさい、リゼッテ」
「ひゃいっ!」
わたしが一喝すれば、ピシッと姿勢を正して汗を浮かべて顔を真っ赤にして前を見据えてピクリとも動かない始末。何がしたいんだか。
まぁいいけど。こういうタイプも好きだったよ、わたし。
と思っていた瞬間、原始的なチャイムの音が響く。ベンボロバンボロチリーン……と。
「「ぷくく」っ」
これには思わず、陳家すぎてリゼッテと二人で噴き出してしまった。
笑いのセンスは良いよ、リゼッテ。
「はいォホン、じゃあねぇォホン、講義をォホン始めようかねぇォホン」
そして、入って来たのがこの老講師なのだから――
「「ぶくく」っ」
というしかないだろう。これは。
「ままま魔物学って難しいっスねっ」
「そうねぇ。でもまぁ、頑張れば行けるわよ。こういうのって大体暗記モンでしょ?なら大丈夫ね」
「ボクっ、暗記は苦手でっ……!」
「さっきから思ってたんだけど、そのカッコでその性格で『ボクっ子』と『ス』と『っ』はないわ……いや、案外ギャップ狙いで行けるんじゃん?わたしの友達ギャップ萌え類が多いな」
「ぼくッ子っ?ぎゃっぷねらいっ?ぎゃっぷもえっ?……ハバサワ様はっ、ぎゃっぷとやらがお好きなんスかっ?」
「え、えっ、えぇ好きよ!大好きよ!ギャップ女子ギャップ男子どんどん来いどんと来い!全部受け止めてあげるわよ母の愛ならぬギャップ愛で!だからぶっちゃけ、アンタもいい路線行ってんのよ、わたしの中じゃね」
魔物学の講義が終わり、わたしたちは片づけをして講堂を去ろうとしている。なんと、発覚したのだが、リゼッテはボクっ子。会話通りギャップが半端ない。
だが、わたしは萌えている場合ではないのだ。燃えねばならない。颯と話し合うのだから!
ふんぬっと全身に力を入れると、「あわわわわわ……!」とリゼッテが騒ぎ出した。
「どうしたの、リゼッテ」
「だっ、だだだってぇっ、ハバサワ様から魔力がぶわんぶわんと溢れ出していて怖いんスぅっ」
「魔力なんてないでしょう、この世界に。エネルギーじゃなかったの?」
「えっ……エネルギーと魔力は別っスよっ?ぷくくっ」
「っ⁉颯ぉ……ふざけるんじゃないわよ、魔人戦でもっと力を出せたかもしれないじゃない。例えば魔力とエネルギーの二重構成とか……。やっぱり魔力って言葉わくわくするね!異世界きたーっと言いますか!」
「何言ってるのか分かんないっスっ」
はいまたまた新発見でーす。魔力ありましたー。何だよ!早く言ってくれよ!魔獣とか魔物とかって魔力で出来てたりするのかなぁ!想像すると止まらないねぇ!ふわっははは!
「あっ、あああぁまた魔力がどうんどうんとっ、波打って色気が加わって流れて来てるっスぅっ」
「何でよ⁉興味が湧いただけだし⁉そしたらしょっちゅうわたし魔力放出させちゃってるじゃないのよ⁉」
涙目でブルブル怯えるリゼッテも可愛らしいが、わたしは早く颯を探さにゃならんのだ。レーイレアに颯が連れ去られないうちにね。
「それじゃあリゼッテ。わたしには用があるから、また講義でお会いしましょう。それじゃあ」
「えっ!ハバサワ様はボクを捨てるんスかっ?そっ、そうっスよねっ……ボクなんてどうせっ、ハバサワ様の記憶の端っこに残るか残らないかのっ、いえ残らない程度のっ、雑魚サブモブキャラっスよねっ……分かってますっ……うぅっ……」
「あーっもう鬱陶しいわね!そんなにキャラが濃いあんたの事なんてねぇ、だぁれも忘れたりしないわよっ!っていうか忘れようとしても忘れられないわよっ!」
「わぁっ、そうっスかっ?ボクってそんなに影響力強いっスかっ?いやったぁっ!ハバサワ様の記憶の中でも一際目立って色鮮やかっスかっ?」
「押しの強さなら一位二位を争うけどねぇっ!それじゃあ、ま・た!次の講義で、お会いしましょう?」
楽しそうな顔で、全力で手を振ってわたしを見送るリゼッテも、またキャラが濃い。別に構わない、こういうご学友を待っていたのだ。愉快な仲間たち!みたいな。一人一人キャラが濃い!みたいな。
まぁ、リゼッテは押しが強いユフィアナって言う懸念もある。ここからどうやって個性を出していくか……じゃないね、今は颯だ。
「颯」
「水樹」
レーイレアに腕を引かれながらリゼッテに喚くわたしを見つめずっと困った顔をしていた颯が、「ついに来たか、いや来てくれたか!」という顔でわたしを見てくる。
それだけで胸が苦しいのだ。それがどういう感情であれ、颯がわたしに向けてくれる表情一つ一つが愛しい。
レーイレアは本当に、颯に惚れたんだろうか?こうやって、真剣に、好きなんだろうか?
「来て、颯」
「おう。レーイレア、先に部屋、戻っててくれ」
「……分かりましたわ。お早めに。わたくし、ハヤト様のお帰り、待っていますわよ」
「あぁ」
何だかレーイレアに向ける颯の笑顔が爽やかで……むっとなる。大人げないなぁ、水樹。ため息が出てしまう。
颯は、すぐに不安そうな瞳で手を引くわたしを見てくる。背中越しでも伝わる視線が熱い。颯に触っている手が火に包まれているようで、必死に隠しているが顔は林檎だ。
きっと今は、颯の心はわたしよりレーイレアに傾いている。何故かって?颯はちょろいからだ。天乃雨にいた頃は、女子に見向きもしなかったが、露河に来てから表情も感情も豊かになっている。
天乃雨時代の颯なら、レーイレアなんかにひっかからなかったはずなのに。露河が颯を変えたのなら、わたしだって颯を変えちゃいたい。
「ここで、いいかな」
「いいだろ」
講堂の裏側に、小さな裏庭のような場所がある。プチパラソルが立っているのを、講義中に発見したのだ。とりあえずここに座って、颯の話を聞く。
「颯。もう、単刀直入に聞いちゃうからね?」
「おぉ」
向こうも、真剣な顔でわたしを待っている。
やっぱり、颯の顔見ると、すっごい安心しちゃうよ。駄目だ、レーイレアなんかにやれない。わたしがとってやらなきゃ!
独占欲と使命感に駆られて、わたしは問いを口にする。
「颯はあの人――」
「二つに分かれてるんだ」
「……へ?」
完全に的外れな意見が出て来て、思わず情けない声を出してしまう。対して颯は、真面目な顔で指を一本出して説明を始める。
「俺も最初は疑問に思った。お前は複名があるのに、俺とかレーイレアとかにはない」
「あぁ、なるほどね、だから付ける場合と付けない場合がある、と」
「そうだ。いや、正確に言うと違ぇな。場合じゃなくて、国だ」
「へぇ、国ね……じゃないんだけど⁉え、颯ってこういうの疎いの⁉こう来たらこうだろってのがあるでしょ⁉ホントにギャルゲー経験者⁈」
「馬鹿だな、甘いぜ水樹。雰囲気作りだ、ギャルゲでもよくあるだろ?」
颯が、指をパチッとならす。全力で突っ込んだのに、イケメンスマイルでサラッと躱されて、わたしはご立腹だ。
「その複名の話、最初に聞きます。だからそのあと、話しますね」
「おう」
颯が言うには、複名を付ける国はユラクソウとスィンクしかないらしい。わたしはたまたまユラクソウに入ったため、複名が付いたらしい。
面倒な。でも、ナイテクスト――ヴィートレート王様が付けてくれた名前、わたしは大好きだよ。
「で、水樹の話」
「はい」
わたしは、ゆるっと緩んだ話を固めるために、咳払いをして姿勢を正す。空気も緊張感も固まったところで、わたしは唇を緩める。
「好き」
「……お、おぅ」
「……え?えっ⁉わ、わっわたし今なんて言った⁉」
「あ、お、ぅ……好き」
「んぎゃーっ!ヤベっ、颯の『好き』で見悶えて恥ずかしさに見悶えて!」
「え?俺の『好き』で見悶えて……?」
「んぎゃーっ!ききき聞かなかったことにして下さい!」
違うのだ、違うのだ。伝えたいことは違うのだ。真逆なのだ。好きなのって、そう聞きたいのだ。なのに、颯は――
「前、好きって慰めてくれたけど、あれ、冗談じゃなかったんだな」
なんて真面目に受け止めやがって!
「噛んだ!噛んだんです!言いたいことは全然違います!分かりましたか榎賀颯!」
「だって、今『好き』って――」
「分かりましたか榎賀颯⁉」
「はい、貴女は噛みました。好きだなんて言おうとしてませんでした。噛んで言っちゃいました。オーケー?」
「オーケー」
バカバカアホアホ。ただのダサい自爆野郎に成り下がったか、羽葉澤水樹クンよぉ。
「えぇっと。好き、ですか」
わたしがサラッと聞きたいことを聞くと、颯は顔を真っ赤にして聞き返してきた。
「俺が、み、水樹を?」
「違うわ!馬鹿か!」
「馬鹿だ!」
「そうだよね!知ってるよ!空気読めないK・Yの達人だもんね!」
「え、そうなの、か……?」
「水樹ジョォォォク!本音5割!」
本当は、颯がレーイレアをどう思っているか、主に好きかどうかを知りたいだけなのだ。きっと、好きだ。わたしだって分かるあからさまな好意を、分かりやすい親しみで返す颯。
嫉妬心の塊にしかならない。
だって、水樹ジョォォォク!って叫ばなきゃならんほどの落ち込み方する可愛いイケメン見たことある?いや、中身も最高とか、いわゆる王子様系っていうのかなー、やっぱりわたしも一般人だったのかぁ。
「レーイレアが、好きですか」
「俺が?」
「颯が」
「……知るかよ」
暗く淀んだ答えに、思わず息を呑む。
ボソリと零された答えが、何故か知らないがわたしの心を抉る。
「颯は、好きじゃないの?レーイレア」
絞り出すように出した問いも、震えすぎた声でよく聞き取れない。なのに颯は、鋭い瞳でテーブルを見つめ、「分っかんねぇ」と、先程よりいくらか明るい声で返した。
「そ、なの」
「……お前もか」
「――」
再び、黒い声に戻って、颯が呟く。恐る恐る彼の方を見ると、バッチリ目が合ってしまった。睨むような眼光の鋭い、颯と。
「お前もかよ、水樹」
「何が?」
「お前も、俺がレーイレアのこと、好きだと思ってんのか」
「……ごめん」
別に謝んなくていいんだ、と颯は言って、頬杖をついてわたしを見る。ごくりと生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。
「好きの基準って、何だよ。俺、知らねぇもん。だから今、俺が水樹に対して抱いてる感情、レーイレアに対して抱いてる感情、これが好きって呼ぶものなのか、俺は知らねぇ」
「そういう、ものだよね。わたしの場合、颯に対して強い独占欲とかがあったから明確だったけど」
「ど、独占欲って……面と向かって好きだって、独占欲が湧くって言われると、恥ずかしいもんだな」
赤面してる颯も可愛いよ、という勇気はさすがにわたしにもなく、ただ林檎になりながら黙る颯の顔を見ていることしか出来なかった。
自分も、林檎になっていることにも気づかずに。




