癒しの朝食
「専属教師、ですか」
「えぇ。難しいかしら」
わたしは、前にサティからもらったアドバイスを元に、煌紳に相談してみることにした。実際、煌紳は口元で何人かの名前を転がしている。
「そうですね。私がお勧め致しますのは、三人ですね。男二人、女一人、合計三人の」
「特徴を教えてくれる?」
煌紳は細やかな特徴を全て教えてくれる。おかげでわたしも分かりやすく状況を飲み込めた。
「なら、上級貴族のオーヴォシュリを雇います。この世界のことを知りたいの。詳しく教えてくれる先生が欲しかったから」
わたしが嬉しそうに言うと、煌紳は目元を緩めた。
「それは良かった。私の知識が少しでも役立ったのなら、私は光栄です」
あぁ、ゼーフィートさんって良い人。
翌日、わたしは側近全員を集めてオーヴォシュリのことを話した。
「オーヴォシュリをわたくしの専属教師にしようと思いますが、苦しいと思う人はいますか?いるなら、正直に教えて下さい」
わたしは皆を見回す。誰も、口を開く者はいない。わたしは安心して、「今からオーヴォシュリに依頼の手紙を書きますね」と言った。
「レムーテリン様、クィツィレア様から面会以来のお手紙が届きました!明後日の午後だそうです!ニハッ!」
「分かりました。有難う、陽満」
わたしはオーヴォシュリに向けての手紙を書き始めた。珠蘭がアドバイスをくれるから、本当に助かる。
オーヴォシュリに手紙を送ってから二日後。早朝に返事が届いた。もちろん、了承。わたしがここに来てから八日目の朝に来てくれるらしい。よし!
そして今日は、クィツィレアとの面会日。わたしは早速、ごてごての洋服に着替え始める。もふもふのベッドから腰を浮かせて、重いドレスを着るなんて……。寝ていたいし、Tシャツが良いし。そんなことを思いながら、わたしはサティの腕を引っ張る。
「何でしょうか、レムーテリン様?」
「あのね、わたし今、眠いから、温かい朝食にしてね。まどろみ、まどろみ~」
「ど、どうなさったのでしょう?まどろみ、ですか?まどろむのではなく、お目をお覚ましになられた方が良いのではないですか?」
「良いの、良いの。ほら、女の子はおしとやかにって、ずっとサティは言っているでしょ?」
「レムーテリン様、ここは自室ですから、言葉を崩されても構いませんが、大広間に行きましたら、言葉を整えて下さいね?とにかく、リッフェルヴィとユーザンドに言っておきましょう」
「有難う、サティ」
わたしが半開きの目でにまりと笑ったら、サティも苦笑いを返してくれた。ハァ、良い側仕え。わたしは、洋服を映す鏡の前に立って、アクセサリーを決める。元々、洋服を自分で着るのではなく、選んだりするのは好きだった方だ。似合う色や飾りをチョイスするのは、楽しいものである。
「さぁ、サティ。出ましょうか」
「えぇ」
サティが開けてくれたドアを出ると、大広間に煌紳と泰雫がいた。二人とも座って、楽しそうに話をしている。
「おや、ミズキ様。申し訳ありません」
「あら、座り方なんて良いのよ、二人とも。どうぞ、お話をしていて下さいな。ここにいるということは、もう起きた人を知っている?」
「ミズキ様以外、全員起床しておりますよ」
「まぁ、大変。わたしだけ遅れてしまいました」
「大変ではありません、ミズキ様。身分が上の者は、下の者より遅く起きるのがしきたりですから。早く起きてはなりません」
え、知らないよ。何それ。早起きは三文の損?
「初めて知りました。覚えておきましょう。わたくしはもうリビングへ行っても構いませんのね?」
「はい。それと、ミズキ様。リビングに、変化がありましたよ」
「変化?」
泰雫の爽やかな笑顔に送られて、わたしはサティが開けてくれたドアの向こうを見る。
「わぁっ、広くなった!」
「レムーテリン様」
わたしが驚いていると、皆が一斉に私に向かって跪いた。
「皆、跪かなくて良いですよ。驚かなくて?凄く大きくなりましたね」
左右のスペースが共に、三倍以上に大きくなっている。ソファの大きさもどでんと伸び、クッションまで付いた。右は、椅子の数がちょうどピッタリになり、机の数もしっかり合っている。
「凄いですよね!わたくしもビックリしました!」
「そうですね。二日の間に調整が行われたのでしょう。ふふっ、この二日間は大変でしたものね。小さなソファに、レムーテリン様とわたくし、煌紳と泰雫がお座りになって、床に沙庭たちが座ったのですものね」
珠蘭は嬉しそうに笑って、真華に笑いかけた。真華は、わたしの叫び声で何かあったと判断し、急いで厨房から飛んできたらしい。厨房は、貫春と真華の部屋の奥に共同部屋として繋がってある。そこからダーッとここまで飛んできてくれた真華の足は、結構速いのかもしれない。
「良かったです。それでは、真華。朝食の準備をお願いね」
「あと十分ほどで終わります。もう少しお待ち下さいませ」
真華は一度跪いて、笑顔を見せてから去って行った。
「そうだわ、二つお知らせしますね。オーヴォシュリから返事が届きました。了承してくださいましたから、今度からまたもう一人、メンバーが増えますよ。それと、もう一つ。今日の、クィツィレア様との面会に連れて行く人を言いますね。珠蘭、陽満、煌紳、それに、笑照。頼みますね」
「畏まりました」
いつの間にか大広間から出てきていた煌紳も、即座に跪いてくれた。それからわたしたちは、それぞれに自由なことをやり始めた。わたしはもちろん、読書をする。
「レムーテリン様。それは、何の本でしょうか」
いつの間にかソファの右に、珠蘭が座っていた。綺麗な笑顔で問いかけられ、わたしはほにゃっと顔を崩して「物語ですよ」と答える。
「小説、と言った方が正しいかもしれませんね。素敵なお話ですよ。シリーズなのです。そうです、今、一巻も持っていますから、珠蘭も読みますか?」
「えぇ、是非。わたくしは外見にそぐわず、本が好きなのです」
「あら、外見にそぐわないことは無いですよ。珠蘭は優等生に見えますからね」
「そんなことを言って下さるのは、レムーテリン様だけですわ」
わたしが珠蘭に、側にあった一巻を差し出すと、嬉しそうに笑って本を受け取ってくれた。
「序盤から、素敵な書き出しでは?と思う本ですね」
「そうでしょう?大体、書き出しが素晴らしい本は、中身も素晴らしいのですよ、珠蘭。そういえば、珠蘭たちは何歳なのです?わたくしは17歳ですが」
「そういえばお話していませんね」
珠蘭はそう言って、一度本を置いた。そして、皆を指差し始める。
「わたくしは18、笑照は17ですね。確か真華は、24だった気がします。貫春は16。陽満は15です。煌紳と泰雫は、28ですわ」
「そうなのね。しっかり書き留めておかなくては。わたくしの側近には30代がいないのね」
「あら、オーヴォシュリ先生は36歳ですよ?」
「まぁ!」
クスクスと二人で笑っていると、真華の「朝食の準備が出来ましたわ」という声が聞こえた。見ると、温かそうなサンドウィッチ、みずみずしそうなサラダ。それに、甘そうなクッキーや目玉焼きや卵焼きもあった。
「わぁ、美味しそう!いただきます!ほら、皆も温かいうちに食べて!」
「では、いただきます」
珠蘭を始めに、皆がサンドウィッチに手を伸ばし始めた。ちょうど人数分ある。わたしも、適当にサンドウィッチを取り、はむっと噛み付いた。
「ぅわぁ、甘くて美味しい……!チョコとミルクのクリームジャムね、真華」
「はい、そうです。お気に召しましたでしょうか」
「えぇ、とても美味しいです。甘いですねぇ」
「ふふっ、女の子向けに作りましたからね」
たおやかに光る艶やかさをまとった長い栗金色の髪を高い位置から一つに縛り、髪と同じ色をした目を細め、嬉しそうに笑う真華は、本当に美少女。
でも凛々しいよ。わたしの側近、綺麗な人ばっかりだね!
もきゅもきゅと厚めのパンを噛んでいくと、眠そうな貫春が現れた。
「皆様、美味しいですか?」
「えぇ、美味しいわ、貫春。ねぇ、レムーテリン様?」
「確かに、美味しいですね。貫春、真華。慣れない厨房でこんな美味しい料理を作ってくれて、本当に助かります。有難う」
「いえ、お褒めの言葉は受け取れませんわ。わたくしたちは側近として当然のことをしたまで。そうでしょう、貫春?」
「はい、そうです」
慌てて便乗したね、貫春。爽やかイケメン、可愛いなぁ。16だもんね。年下か。えへへ。
ファンタジー濃度=1%




