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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第三章
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お風呂編 Part 4 ~復活~

「何でそこまで無理して風呂入ってんだよ」


「いっ、いや、違うの、颯。それに颯、三人を待ってるんでしょ?わたしいいから、もう」


 わたしは、力の抜けきった体を辛うじて颯に支えられ、部屋に戻っている。必死に手助けを拒否しているのだが、長風呂しやがる仲間よりへたり込む元後輩の方が大事だとか、目の前で倒れられたら精神的にキツイだとか、わたしの心境を全く持って理解していない言葉を平然と投げかけてくる。


 ――その言葉一つ一つで、どれだけのダメージがわたしの心に加わるかも知らないで。


「颯。わたし、歩ける。ごめん」

「いや、おかしいだろ。いつもあんなに俺の事ビシバシ叩きまくって笑いまくってるお前がよ、こんなへたるとか。ねぇわ、いつもならって思うだろうが」

「馬鹿颯!今すぐに離れなさい!」

「はいったいちょーっ!……じゃねぇし、何だよいきなり」


 せっかく離れたと思ったのに、と呟くのもつかの間、颯という支えが消えた体が、ふらりとよろめき出

す。


「っと」

「……ども」

「ウス。……マジ、平気か?体調悪そうだぞ?いつもの調子が出てねぇ」


 思わず、唇を噛む。そんな些細な動きも見逃さずに、颯は言葉を重ねる。


「それとも、物理的ダメージじゃなくて、精神的ダメージ」

「……」

「図星か」


 今、彼はわたしの悩みを全て受け止めるつもりでいるはずだ。心が優しすぎて、損ばっかりして、でも結局一生懸命で馬鹿で――一番、誰よりも知っていたいと思わせてきて。


「分かんないんだもん――」

「何が」

「――気持ちが。自分の気持ちが」

「あぁ」


 もう、どうすればいいのさ。全部お前のせいだなんて言える訳ない。言える訳、ないだろうがっ!


「っ、好きっていえるのか、今更不安になっ――」

「あっ!いましたわ、リンコさん、サヤカさん!ハヤト様と……あれは、レムーテリン様、でしょうか?」

「お前、榎賀見つけんの早すぎだろ」

「わたくしのアンテナを舐めないで下さいませ」

「ちょっとビビるわ」


 ……本当に、わたしに、何を、どうしろと。神様さんよ。何を、ご所望かい?







 完全シャットアウト。


 音も光も皆無。


 落ち着いたざわめきの時間を、わたしはただ強く瞼をつぶりながら過ごしていた。

 

 分からない。わたしが分からない。いつ……惚れた?惚れるところなんてあった?レーイレアに譲った方が?ううん、それは嫌だ。わたし、愛されたい。


 眩暈がする。永遠に続く思考ループだ。どうすれば、ループに終わりを告げられる?


 ふいに、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。


「……ん」


 凛子やさやかたちはともかく、ルームメイトならばまだ部屋に入ってきても大丈夫だ。


「己だ、ミズキ殿」

「セーリーラ」


 わたしは、扉に背を向け窓側を向いていた体を起こし、上半身だけ置きあがった。そこには、水色と茶色の浴衣のようなパジャマを着た美女――セーリーラが立っていた。


 いつの間にか結い上げられた紺青の髪に、真っ白なうなじ、後れ毛。非常に似合う浴衣が、彼女の魅力を引き立たせ、非常に色っぽく艶がある。とにかく綺麗だ。


「辛い所恐縮だ。己が感情に乱入すること、先に詫びよう」

「畏まらなくて平気。なんか……気持ちが落ち着かないだけ」

「波のように動く感情は、押さえ辛いものだ。少しでも力になれれば良いが、申し訳ない、己にはその手立てがない」


 悲しげに瞼を伏せるセーリーラ。その麗しさに、わたしは自分の悲壮感も忘れ、セーリーラに笑みを浮かべる。


「大丈夫、セーリーラ、心配いらない。ね?」

「……笑みが、弱い。暗く重いぞ、ミズキ殿」

「っ⁉」


 突然、彼女から辛辣な言葉が出て、びくりと体を震わせる。驚いてセーリーラを見ると、セーリーラも驚いてわたしを見つめていた。自分で発言しようと思っていなかったことを言ってしまったのだろう。


 すまなそうな顔で、セーリーラは零す。


「すまない、気を遣うべき相手に気を遣わせて。辛い笑みを浮かべさせて。……未熟だ。ため息しか出ない」

「そんなこと――」


 お互いに唇を噛む時間が少し続く。二人とも歯がゆくて仕方ないのだ。セーリーラはわたしの一件を知らないが、ララノラとわたしの表情や声の高低、仕草などで何か危ないことがあったと察したようだ。


「そうだ、ミズキ殿。『ここあ』を持ってきた」

「ココア?この世界にココアなんてあったの?」

「ララノラ殿が教えてくれたのだ。甘くてとろける、美しい飲み物だと。これならば少しは、ミズキ殿の決して晴れやかではない気分も少しはまぎれるのではなかろうか、そう言っていたぞ」

「……っ、セーリーラ、ララノラにもありがとって、言っておいてくれる?」

「分かった」


 わたしは、お盆を手にしたセーリーラからカカオ色の綺麗なココアを受け取り、コクリと一口飲む。さすがは天乃雨出身だ。ココアが美味しい。でも……。


「少しだけ、味が違うような」

「そういえばララノラ殿は、『かかお』がないからヴェアで代用すると言っていたな」

「ヴェア……うん、ヴェアなら、カカオの代わりになるかもだね。実際、ココアみたいな味になってるし」


 ララノラにまた気を遣わせてしまったと思うと、自分の無力さが浮き彫りになって苦しい。恥ずかしすぎる。でも悩みは拭えない。


「セーリーラ、やっぱりちょっとララノラを呼んできてくれる?」

「了解した。……ミズキ殿。ララノラ殿は、ミズキ殿を本当に心配していた。彼女らしからぬ重く沈んだ顔で、憂いげにため息を着いていた。ミズキ殿を責めるようで悪いが、ララノラ殿のミズキ殿を案じる気持ちを分かってあげて欲しい」

「――ん。分かった。ありがとセーリーラ。また、明日かな」

「あぁ、また明日。せめて、そのしこりが心から少しでも取れることを祈ろう」


 セーリーラは悲しそうな笑顔を残して、お盆を手に去って行った。ベッドの側の棚の上にココアを置くと、「失礼するよぉ」とどこか沈んだ声のララノラが入って来た。


「ララノラ。ココアありがと。そんでもって、ごめん。さっきは、迷惑かけた。……ララノラには全部、知っていてほしくて」

「ん、分かってるよぉ。ララで良ければぁ、なんでも聞いたげるぅ」

「ありがと」


 相変わらずどこか気の抜けた喋り方で心が落ち着く。ララノラの暖かな笑みにつられ、ぽろりと言葉が漏れる。


「わたしが、分かんないだけ。うん……わたしが、見えない」

「うん。そぉねぇ。確かにミズちゃんはぁ、周りは見えてるけど自分が見えてないとこはあるよねぇ。あとはぁ?」


 驚いた。


 平然とわたしの弱気を肯定して、わたしを追い詰めるララノラに。でも、彼女の笑みは太陽より暖かい。わたしを否定しないでいてくれることが、彼女の優しさなのだと、気付いた。


「颯のことも、レーイレアのことも分かんない。颯が、わたしとレーイレア、それぞれをどう思ってるのか、レーイレアはいつ、どのタイミングで颯に惚れたのか」

「うん」


「でも、そんなこと、関係ないし必要ないんじゃないかって思う」

「うん」


「だってさ、人が人を好きになるってことは当たり前だし、ライバル同士で戦争勃発なんて小説ではよくあることじゃない。わたしからしてみればこの世界は小説みたいなものだから。でも、痛いし辛いし悲しいし、傷も出来る。もちろん、心にも。ダメージは沢山もらうよ」

「うん」


 ララノラの相槌にせかされるわけでも、息を止めて深呼吸し話をまとめる訳でもなく、口からついて出た言葉をサラサラと語って行く。話しているうちに、それが自分の本音だと分かる。


 自分が、見えてくる。


「だからこそ、だよね。この世界は小説じゃない。現実だもん。楽しいし痛いし、喜怒哀楽満載。だからこそ、わたしは勝負する」

「うん」


「レーイレアにも颯にも、七愚の魔物にも、反対勢力とかにも。いやいないけど」

「あは、うん」


 いつになく可愛らしい笑みを漏らすララノラを見て、わたしは拳を握る。


「勝負して、勝つよ。絶対勝つ。勝たなきゃ意味ないじゃん、つまんないじゃん!どんなちっこい勝負にも、規模でかでかの勝負にも、勝ってやる!って挑みたい。だから、この精神を持てたら、きっと大丈夫。勝負に勝てば、わたしの勝利!同じこと言ってるだけだけど、心理的には矛盾してないし、わたし勝つし!自信あるし!勝ってやるし!負けないし!あんたなんかにめざめざと敗北してたまるかって話だし!絶対に、わたしの完全完封勝利!第一ラウンド一発KO!メンタルが弱いなら強くして見せる!やってやりますよ、ええ、やってやりますともさ!」


 わたしは怒涛の勢いで語った。ララノラは、にこりと笑いながら静かに彼女らしくわたしを見ている。わたしの後ろで、勝負の荒波がざっぱんと音を立てた。


 次の瞬間、わたしの顔は、花開くような満面の笑みを浮かべた。


「だって、事実は小説より奇なりって、言うじゃん!」


セーリーラ=詩的表現を使いたがる

水樹さん=ことわざを使いたがる?

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